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It's time to say... 5



 月が変わり、東京の桜は若い緑色の葉が太陽に向けて伸び出している。アパートでの新生活をスタートさせた新も、これからの四年間どんなかるたが取れるだろうかという期待を胸に、空を仰ぐ。
「……かるたの前に、トースター買わんとあかんけど」
 買い物の前に原田先生の所へ挨拶に行こうと、新は栗山先生が営んでいる土産物屋で買っておいた羽二重餅を一箱紙袋に入れ、府中市へ向かう電車に乗り込んだ。
「……あれっ、新?」
 駅の改札を抜けた時、不意に名前を呼ばれた。声のした方に向き直ると、千早が大きな目をさらに見開いてこちらを見ていた。
「偶然だね。何か、用事とか?」
「あ、うん。原田先生んとこ挨拶行くのと、あとちょっと買い物。……千早は?」
「お母さんの代理で図書館の本返してきたとこ。……新の買い物って、時間かかりそう?」
 新はかぶりを振る。

 「……あの、さ。ちょっと……話聞いてもらっても、いいかな。あ、もちろん原田先生のとこ行ってからで構わないし」
 何となく千早の様子が新の覚えていたものと違う気がした。
(……って事は、かなり真面目な話なんやろの……最悪、おれが前に言うた事にノーって返事もあるかもやなあ……)
「ほしたら、先生の家の方、道案内頼んでいいやろか」
 原田先生の所へは東京に引っ越してきた挨拶と、在学中は白波会で練習させて欲しいというお願いのための訪問だから、千早が同行しても差し支えはない。
「あ、うん。もちろん、いいよ」
「ありがとう、助かるわ。……なら、行こっさ」
 原田の自宅への道を、言葉少なに歩いていく。

 「引っ越しの片付けとか、もう終わった? 新」
 間が持たない、と千早は口を開いた。
「まあ大した荷物もないし、大体は済んだざ。ただ炊飯器とか、家に一つしかなかったで持って来れんかった物は今から買わなあかんけど」
「あ、さっき言った買い物って、それ? ……え、炊飯器って……新、自分でご飯作るの?! すごーい……」
 千早がまた目を丸くしている。
「……ほら一人暮らしやし。自分でせな(しないと)どもならん(どうにもならない)がの。……まあ、福井でも言われたわ。おれが台所立つ所なんか想像出来ん、とか」
「ご、ごめん。……実は私もちょっと、想像ついてない、かも……」
 ようやく千早の顔に笑みが戻り、新は内心安堵する。そうこうしているうちに、原田の自宅が見えてきた。

 「私、どっかで時間潰してるね」
「や、いいよ。引っ越したって挨拶だけやし」
 慌てて答えながら新はインターフォンを押す。
「こんにちは、綿谷です。原田先生いらっしゃいますか」
 門の前で待っていると、玄関の扉越しにどたばたと足音が聞こえ、原田が顔を出してくれた。
「やあメガネくん。しばらくだね。千早ちゃんも一緒だったのかい。……どうぞ、上がりなさい」
 話には聞いていたが、原田家の応接間には本当に虎の敷物があり、初めて通された新は少々面食らう。
「……前に、千早から聞いたんやっけ? この虎の事……」
 小声で千早に聞くと、肯定の意味だろうか千早はクスクス笑う。そこへ原田が入ってきて、二人は笑いを引っ込めた。

 「原田先生。おれ、大学進学で引っ越して来たので、今日はご挨拶に上がりました。……これ、つまらない物ですけど召し上がって下さい」
 持参した羽二重餅の包みを原田に手渡す。
「そうか。君たちももう、大学生なんだねえ。……練習場に見学に来た時は、まだランドセルだったのに。月日が経つのは早いね」
「……はい。それで、かるたの事なんですが……大学卒業まで、白波会で練習させて下さい。お願いします」
 新はソファから立ち上がり、身体を二つに折る勢いで頭を下げた。
「メガネくんも律儀だねえ。勿論大歓迎だとも。……ふっふっふ、何なら今から試合したって構わないよ?」
 原田が言うとどうしても冗談に聞こえない。新は釣り込まれて「今日は家電を買わないと」と生真面目に答えてしまった。
「まあ冗談はさて置き、ぼくも、君からもっと色々吸収したいところだ。練習日や時間は昔のままだから、いつからでも来てくれて構わないよ」
「ありがとうございます。ほんなら、今日はこれで失礼します」
 新はもう一度頭を下げ、千早と共に原田宅を後にした。

 「原田先生、相変わらずで何か安心したわ。……試合って言い出したけど、あれ半分本気で言うてたみたいやし」
 新は苦笑を押し上げて言う。
「……それはそれで見たかったかも、私。まあ、これからいつでも見られるし、新ともいつでも取れるからいいけど」
「そう言うたら、おれと千早って公式戦で当たってえんのやな。……て言うか、最後に千早とかるたしたのって、あのアパート引き払う前の日か? ……何べんも試合場で顔合わせてんのに、不思議なもんやな」
 新とかるた、という二つの言葉で、千早は今日同行した理由を思い出す。
「あ、の……新。来る時言ったけど……いいかな、話……聞いてもらっても……」
「うん、もちろん。……公園かどっか、腰下ろして話す?」
 千早が頷き、自分達が卒業した小学校の近くにある公園へと新を案内した。

 「新の高校、卒業式っていつだった?」
 千早が口にした日付は偶然、藤岡東高の卒業式と同じ日だった。そう新が答えると、千早もまた驚いた顔を見せる。
「……でね。私達五人、部室で色々話してから解散したんだけど、やっぱりなかなか立ち去りづらくて」
「ほうやろなあ。瑞沢の部は、千早と太一で作ったんやし」
「うん。……で、やっぱり太一もそうだったみたいで、しばらく残って喋ってたんだ……」
 一度そこで言葉を切り、千早が新の顔をじっと見上げてきた。
「あのね、新。私さ、話すのあんまり上手くないと思う。……けど、嘘とか誤魔化しみたいな事も言いたくない。……だから、言ったまま、聞いたままをそのまま新に言おうって思ってるけど、それで、いいかな」
「……もしかしたら千早が話す事が、おれにとって面白くない事かも知れん、って意味で合うてるか?」
 真剣な顔のまま、千早が頷いた。

 (千早に好きやって言うてから、おれも自分なりに色々考えた。たとえ千早がおれの告白を断っても、それは千早の決断やから受け入れる。そう決めてきた)
 新も告白以来、自分達三人の関係性について考える事が増えた。太一の性格を考えれば、もし千早と交際を始めたなら絶対に新にその事を伝えてくる筈だ。
(……まあ、太一が言うてくるとしたら報告っちゅうより『千早はもう自分のもんやで近付くな』って意味んなるかも知れんけど……)
 もちろん太一の事は今でも友人だと思っているし、太一もなにがしかの反発は抱きつつ、やはり自分を友人と思ってくれている事も疑ってはいないが、小学生の頃の千早への接し方を思えば、自分の存在は「途中から割り込んできた邪魔者」だっただろう。
「分かった。とにかく今は、千早の話を最後まで聞くで」
 それがどんな内容であれ、真剣さには同じだけの真剣さで返すしかない。新は一度だけ深く呼吸をし直し、千早が口を開くのを静かに待った。





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written by Hiiro Makishima