It's time to say... 4
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「太一、医学部に進んでもかるたは続けるんでしょ? 時間が出来たら白波会で取ろうね」 考え事をしていたせいで、千早の話への反応が少し遅れた。 「あ、いや……あんまり時間作れそうにねえんだよな、悪い」 確かに初年度は研修がある訳ではないが、やるべき事は多い筈だ。 「けど新がこっち来るんだから、そんでいいじゃん」 太一のこれは虚勢だった。千早が「私は太一とかるたがしたい」と言ってくれやしないかという淡い期待も混じっていたが。 「え、あ……うん、あ……新とも……する、けど。かるた。……うん」 前回の決定戦後に千早の様子がおかしかった事で、太一はなるべく主観を排除して、千早や新の言動をそれこそ新の転校当初まで色々思い返した事がある。 そうして気付いたのは、子供の時から新の視線はまず千早に向いていた事と、その後の会話の中でも自分達二人を呼ぶ時でも新はまず千早の名を先に挙げている事だった。 (おれと新も友達なのは……いや、友達『だった』のは確かだけど。言葉は悪いが新の目線から見たら、おれは千早のオマケみたいな位置付けでもあるよな。……おれから見た新も、同じだけど……) 多分自分達が疑いもなく友人同士で居たのは、二人が「千早を挟んで等距離」であった時までなのだろう。高校一年で千早が参戦した東日本予選。あの時千早への気持ちを自覚して以来、太一にとって新は友達で敵という、複雑なものに変わった。 (そりゃあ勿論、今だって友達には違いねえんだけど……ガキの時みたいな、そんなシンプルなもんじゃなくなってるよな……) かるた選手としては新の才能に憧れているのも事実だ。その意味においての新は、追いつき追い越して、戦う相手として「その視界に入りたい」存在の一人と言える。 (好敵手として近付きたいのに、男としては千早から遠ざけたい。一番ややこしい友達だな……) (……そして千早や新も、やっぱり少しずつ変わっていったんだ……) もし新が単に、東京の大学に進むと言っただけなら、かるたバカの千早の事だ。四月が待ちきれないと手放しで喜び、また三人でかるたが出来ると言ってきたに違いない。だが現実には千早のリアクションが時々おかしいだけで、太一には何も言っていない。 (だから、新が何か言ったとしたら大学の事以上……きっと、告白したんだ。千早に……好きだって) だがあの律儀な新なら、千早との関係がはっきり進展したとなれば、筋を通す意味で太一には必ず何か知らせてくる筈だ。だから現時点までの太一の推測は「新は告白したが、千早はまだそれにイエスともノーとも答えていない」だった。 けれど今、目の前の千早は「新」という言葉を聞いて、頬をバラ色に染めて目の前の太一さえ見えていないような顔つきになっている。 (千早、おまえ……) 太一にはその表情に見覚えがあった。中学生の頃、小学校の同級生に紹介されて付き合い始めた小倉香澄───お互い打ち込む物を見つけた事で話し合って別れた、初めての彼女が交際当初、自分に向けて浮かべていた表情によく似ていた。 (……分かるよ。どういう、意味か……) ───そして今の千早が浮かべている表情で、太一は自分の推測が当たっていた事と、返事こそまだだが「千早が新をどう思っているか」はっきり理解してしまった。 (四月になれば、新がこっちに越してくる。……おれが伝えられる機会は、きっともう……今しか、ない) そう思った瞬間、太一は千早の腕を掴んで引き寄せると、自分より細い身体をきつく抱き締めた。 「……たい、ち?」 腕の中の千早が苦しい、と言ってくるが、太一は取り合わず逆に千早の後頭部を手で押さえて抱擁をさらに強くした。 「千早。おれ、おまえにはおれだけを見て欲しいって、そう思って……頑張ってきた」 息が詰まった千早が身体を一歩下げようと身じろぐのを太一の両腕は許さなかった。 「……ずっと、おまえが好きだった」 「太一……ごめん」 短い一言が太一の耳に届く。 「私、太一はいい友達だって……そう思ってた。ずっと一緒にかるた頑張ってきてくれて、時にはちゃんと叱ってくれて、ありがとうって」 そこで千早は口を噤んでしまったが、太一には千早がその後に何と続けるつもりだったのか、分かってしまう。 (……それでも、もうお前の心は……新に向いちまってる、って事だろ……) 千早の背中に回されていた腕から力が抜け、千早は一歩だけ後ろに下がった。 「千早、去年……原田先生と新が戦った決定戦の時。二試合目譲られて苛立ってた新に、おまえ何か耳打ちしたよな」 あの時は「見てて思った事をちょっと言った」としか聞いていないが、それを聞いた新は三試合目、まるで別人のように見えた。千早への気持ち云々を抜きにしても、聞いてみたかった事だった。 「あ、うん。私達にとって原田先生はどこまでいっても『先生』なんだよって。……そう言っただけだよ」 それだけで新の取りがあんなに変わるものかとも思ったが、同時に納得もしていた。 (弟子にとって先生ってのは、常に見上げてる存在だ。……だから千早は、戦うなら目線は同じにしなきゃダメだって、新に教えたのか……) ずっと背中を追い掛けていた存在だった筈の新に対し、いつの間にか千早はアドバイスが出来るまでになっていたという事だ。そして新も、それを実行したという事は、千早の意見が正しいと認めたという事に他ならない。 「……おれが周防さんにマフラー返しに行ってた間も、何か……話したのか?」 二人の間に何かあったとすれば、この時以外考えられない。 「……うん。新が、私なら終盤どうしたかって聞いてきて。だから、私は攻めがるただから二枚とも送るって答えたの。『ふ』も『ちは』も、私にとっては特別だから、手に入れるために一度手放して必ず取るんだって。新、しばらくびっくりしてたみたいだけど……その後でふっと笑って……好きだって。それから手を付いて、『大学はこっち来ようと思ってる、もし気が向いたら一緒にかるたしよっさ』って……そう、言って、くれた」 千早が話してくれた新の告白は太一の胸に鋭く突き刺さった。 (他の奴が言ったんなら、単純にかるたっていう『競技』への誘いでしかねえけど……新にとっちゃ人生懸けてる物だ。それを一緒にって事は、千早を……認めたって事だ。自分と同じにかるたに全部懸けてる相手だって。一緒に懸けていきたい奴だ、って……) 基本照れ屋な新がストレートに「好き」と口にした事より、その後に続いた言葉への驚きの方が大きかった。 太一自身、かるたを好きになったからこそ分かる。新にとって「一緒にかるたしよっさ」という一言が持つ意味の大きさと真剣さは、「好き」と告げる事とは比べものにならないと。 太一にしても、本当は千早に自分の事を好きになってもらえてから、こうして腕の中に抱きたかった。腕に抱いて、好きだと告げて、自分もだと言われたかった。けれど自分よりも奥手だと思っていた新は、断られるかも知れないというリスクを恐れずに、新しい場所へ既に飛び込んでいた。 (……遅かったんだ。何もかもが。……懸けて何も残らないかも知れない事を恐れたおれと違って、新も千早も……おれが恐れるものを怖がらずに、前へ進んだ。……その差が、今なんだ……) 「……じゃあな、千早」 千早の耳元で短く告げると、太一は背中を向ける。一年の時の大会で負けた時は「まだ泣いていい程懸けてない」と涙する事を自分で禁じたが、太一も太一なりに千早に対しては精一杯を懸けてきた。 (最後の虚勢、かも知んねーけど……見せたく、ねえんだ。……お前にだけは) 「───さよなら」 部室の扉を開ける手が少し震える。ぐっと奥歯を噛み締めて、ついに千早の方を振り向く事なく、太一は瑞沢高校かるた部の部室を後にした。 後に残った千早は、太一が出て行った扉をじっと見つめて立ちつくす。 「ごめん、太一……でも、太一に嘘は吐きたくない。だから……ごめん」 せめて、涙を見せたくないと振り向かず立ち去った太一の気持ちを尊重しようと、千早は辺りが薄暗くなってようやく部室を歩き去った。 |