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It's time to say... 3



 『競技かるた部・新入部員いつでも大歓迎!』
 扉に貼られたポスターを指先でそっと撫でてから、千早は部室に入った。
「遅ぇぞ、綾瀬ー」
 先に来ていた肉まんくんにゴメンと謝りながら、一つだけ空いている椅子に腰を下ろした。
「じゃあ揃った所で初代部長、音頭お願いします」
 かなちゃんがジュースを注いだ紙コップをみんなに回しながら、太一に乾杯の音頭を頼む。
「ん。じゃあコップ持って。……三年間、お疲れさん! みんな進路は結構バラバラになっちまったけど、お互い頑張ろうな。乾杯!」
「カンパーイ!」
 ジュースで乾杯をし、瑞沢高校かるた部初代部員の五人は卒業式のこの日、これまでの三年間を振り返る。

 「僕さ、綾瀬にこの部室まで引きずられて来た時は、何て強引な奴って思ったけど……今はあの時の綾瀬の強引さに感謝もしてるんだ」
 机くんが噛み締めるように言ってきた。
「私もです、机くん。千早ちゃんが私の教室まで来て、歌の意味を教えてって言ってきてくれたおかげで、私は素敵な仲間に恵まれたって思ってます。千早ちゃん、ありがとう」
「えっ、いや……そんなお礼なんて……。わ、私の方こそ、一緒にかるたしてくれて……みんな、本当にありがとう」
 二人から礼を言われて真っ赤になっていた千早も、表情を戻して深く頭を下げた。

 「いやー、でもさ。綾瀬がかるたバカなおかげで、おれや真島はA級に上がれたし、団体優勝だって出来たんだもんなあ」
 肉まんくんの口調もどこかしんみりしていた。
「……勿論真島のフォローや、机くんのデータ収集、それにかなちゃんの細かな支えがあっての事だけど、出発点は綾瀬の『かるたがしたい』って一念だった。正直、すげえよな」
 彼の言葉に誰も異論は挟まなかった。彼ら五人が個々の得意を活かしてきたおかげで瑞沢かるた部は強くなったのだが、彼らの入部や顧問の宮内がこの部室を死守してくれた事、それら全ての「原点」は千早の熱意である事は間違いない。
(……西田の言う通りだ。おれだって高校入りたての時は、部の立ち上げどころか、かるた自体見切り時って思ってたしな。……千早に付き合って福井まで行って、昔、新とした約束……千早がずっと信じ続けてたものを、おれも信じてみようって思ったから、かるた部作って……)
 部員達がわいわいと喋っている中、太一は自分自身の原点を思い返していた。

 太一にとって、かるたに取り組んだ原点と問われれば、やはりどう突き詰めても「千早と新」という答えに辿り着く。
(勿論初めは新への対抗意識だったけど……それでもかるたの楽しさをおれに最初に教えてくれたのは新だ。その事だけは、今も新に感謝はしてる。……ただ、感謝の表し方が変わったって事なんだ)
 引っ越し前日にアパートで千早と新がかるたを取った時、喜怒哀楽をあまりはっきり表に出さない新がぼろぼろ泣きながら「かるたを一緒にしてくれてありがとう」と自分達に告げてきた。あの頃の太一ならやはり、言葉でありがとうと言ったに違いないが、自分も二人と同じA級に上った今は言葉ではなく、自分の全力をもって千早を、そして新を降す事で応えたいと太一は思っている。

 「どした、真島?」
 西田が訝しむように太一に視線を投げている事に気が付き、太一は一旦考え事を打ち切った。
「あ、いや。ちょっと色々思い出してた。……こう言うと何だけど、実を言うとおれさ、大江さんや駒野を千早が部に入れた時は競技かるたの激しさ考えると厳しいんじゃないかって最初は思ったんだ。……ごめんな。けど、実際練習始めて、おれ考え改めた。大江さんの和歌の知識はうちの部の誰も太刀打ち出来ないし、情報収集と分析にかけちゃ、駒野の右に出る奴はいない。おれも二人から色々教えられたよ。ありがとう」

 太一が頭を下げると、駒野や奏は赤くなって、今度は千早が一体何を基準にして自分達をかるた部に勧誘したのかと問うてきた。
「え? だって、かなちゃんは部室来てくれた時から百人一首好きって言ってたし。机くんはすごく頭いいし」
「……それだけ?」
 机くんが聞き返すと、千早はあっさりと「そうだよ」と頷く。そのシンプルすぎる理由に残りの四人はしばらく言葉を失ってしまう。
「綾瀬ってさー? かるたにだけはこう、動物的な勘みたいなもんが働くんじゃねえか?」
 肉まんくんがぼそりと言う。
「勘ってーか、嗅覚……かな。向いてる奴を嗅ぎ分けるっつーか」
 太一が付け加えるように言ってきた。
「二人ともちょっと酷くないー? ……でも、こうしてみんな一緒に頑張れたのは、ほんとに……嬉しいんだ。大学はバラバラだけど、きっと私達はかるたで繋がってる。大会でもまた会える。だからその時はお互い全力で戦おうね」
「おうよ。特にかるた会ごとの対抗試合なら、おれと机くん、それにかなちゃんは同じ翠北会だしな。お前と真島、全力で潰しに行くぜ」
 肉まんくんの頼もしい一言に、千早は目に強い光を宿らせて頷いた。

 瑞沢高校の校舎に、チャイムの音が鳴り響く。
「……名残惜しいですけど、そろそろお開きの時間ですね」
 かなちゃんの言葉も少しだけ寂しそうだった。
「じゃあさ、最後にみんなで……試合の時のかけ声やって、解散しようか」
 机くんが提案すると、肉まんくんと千早が同時に席を立つ。太一もその後に続き、五人で輪を作るように立ち、手を重ねていく。
「じゃあ……おれから始めて、千早で締めるんでいいか?」
 太一が言うと、全員が揃って頷いた。
「……行くぞ。……み・ず・さ・わッ!」
「ファイトーっ!!」
 五人の重ねた手が離れ、皆順繰りに部室を後にしていく。立ち去りがたいと千早がぐるりと室内を見回すと、太一もまた入り口の所で佇んでいる事に気が付いた。

 「……やっぱり、色々思い出あるから、離れるのちょっと寂しいね」
「まあ、な。特にお前はそうだろ。うちのかるた部を一から作ったんだからな」
「太一だって、あの畳。一緒に運んでくれたじゃん。肉まんくんが同じ学校なのも見つけて来てくれたし」
 お互い無我夢中だったよなと太一は小さく笑う。
「しっかし千早が受験とクイーン戦、きっちり両立してきたのは驚いたぜ。高校選手権の後、予選以外出なかったんだろ?」
 太一自身はその高校選手権が終わった時点で、一旦競技かるた───大会に出て勝つという意味で───からは退いた。ぽっかりと時間が空いた時だけ白波会で取ってはいたが、それも数える程だ。
「だって二年の選手権の時に詩暢ちゃんと、クイーン戦でまたかるたしようね、って言っといて約束破っちゃったからさ。今年は絶対って思って」
 中学から高校に上がる時も、千早は大会に出るのをぐっと我慢して受験に集中したと言っていた事を太一は思い出した。合格発表の後、春休みにあった大会に全力で当たってB級に上がり、高校に入ってすぐの大会でA級に昇級した。当時「どうあがいても新より強くはなれない」と投げ出しかけていた太一にとって、千早のその姿はひどく眩しかった事をよく覚えている。
(目標が定まった時の千早の集中力は、やっぱハンパねえ……部を作ったのだってそうだ。新との約束を実現するために、って……)

 新との約束。その言葉は太一の喉に引っ掛かってしまう。
(二年の時の決定戦からこっち、新の名前出すと千早、急にキョドるんだよなあ……)
 「新」という単語を耳にした途端、はっと息を飲む千早の頬はほのかに赤く染まり、大きな目は「ここに居ない誰か」を見るように遠くを見つめる。小学校からの付き合いがある太一に対しては一度も向けた事のない表情を見れば、二人の間に何かあった事ぐらいはすぐに分かる。だが「何が」あったのかは推測以外に何も具体的な事は分からないままだ。
(……近江神宮で顔合わせた時も、二人して赤くなってたけど、会話らしい会話もしねえで試合場入っちまったし、決定戦の時もそうだ……)
 千早と新の間に何らかの進展があったとはっきり分かれば、太一も自分の気持ちを伝えるか手放すか決める事も出来る。だが二人の交際を裏付けるような事を何も見聞きしていないせいで、自分の気持ちを持て余しながらも、千早の行く先々に居合わせて、現状は一体どうなっているのかと、千早の表情や会話の一部から情報の断片を得ようとしてしまっている。
(かるたもそうだけど、おれ……全て懸けて何も残らないって、やっぱりダメなんだ。結果が得られるって確証がある事にはいくらでも全力投球出来るけど……)
 思いを告げて、受け入れられず虚しさだけが残ったら。それを恐れるが故に太一は今日に至るまで千早への恋心を告げられずにいた。





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written by Hiiro Makishima