It's time to say... 2
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自宅に戻って着替えた新が、もう使わなくなった教科書類を紐で縛って勝手口の外に置きに出ると、ちょうど帰ってきたらしい由宇と出くわした。 「随分早よ帰っつんたんやの、新。クラスの子ら後でどっか遊びに行こうって言うてたけど、あんた、行かんのか?」 「んー……おれ、そういう雰囲気とか苦手やし。……荷造りとか挨拶回りとかもあるで……」 長年の付き合いから、新がそういう事を苦手に思っているのは由宇もよく知っている。だが卒業を祝う集まりは今日のこの時しかないと思うと、特に地元を離れる新は顔を出した方がいいのではとも思ってしまう。 「ほうか。……ほやけど何か、まだピンと来んわ私。……来月から新が……」 一瞬、由宇は言い淀んだ。 「……おれが、何?」 「や、あんたが一人暮らしで自炊とかって」 その言葉に新は苦笑で返してくる。 (……やっぱ新、前とちょっと変わった気する。……根っこの性格は昔のまんまやし、鈍いとこあるのも相変わらずやけど……ほんでも、何か……違う。……東京の大学受ける、って言うた頃から、ほんな感じする……) 去年の今頃、高校の進路指導について話していた時、新の口から「推薦で東京の大学を受ける」と聞かされて由宇は大いに驚いた。学年全体で見れば確かに県外の有名な大学を志望している生徒も結構居たが、由宇の心に虚ろな衝撃をもたらしたのは新の「志望動機」の方だ。 かるたの戦績で推薦を取るという事は、単に東京の大学を志望するというだけでなく、「かるたをするために」東京である必要があったという事だ。新と東京を結びつけるもの。それがあの「友達」である事は論を待たない。 そしてそれ以来、また新の目に自分が映っていない気がする瞬間が増えたように由宇には感じられた。昔、彼らの話をした時の新がキラキラした顔をしていた時とも違う、心ここに在らずのような、それでいてどこか陶然としたような表情で、大学での新生活について話している新を目にする度に、由宇の心は締め付けられるようだった。 (ほやで、新の進路聞いた時に私、驚いた……ううん、嫌やって思ったんや。新がまた、どっか遠く行ってまうって、私の知らん新になってまうって、そう……思ったで……) 「……由宇? どしたんやし」 はっと我に返ると、気遣わしげに新がこちらを見ている事に気が付いた。 「ああ、ごめんの。やっぱ卒業式の後やでやろか。ちょっと色々思い出しつんて。……自炊の話やったっけ。何やったら沢庵ようけ炊いて宅配で送ったげよっか?」 「ちょ、何でよりによってそれやし?」 もちろんそれは新が沢庵の煮物を作る時の匂いを嫌がる事をよく知っていての冗談だ。新もそれは分かっているのか、笑いながらわざと後じさって見せる。 「……って言うか、前ん時もおれ、東京のスーパーで沢庵炊いたの、見た記憶ねえざ。……あれ福井の郷土料理やろ?」 新の口を突いて出た「東京」という単語に由宇の胸が苦しくなる。 「東京、か……あの子かって待ってるんやろし、楽しみやろ? ……いいの、新は」 由宇自身、自分が口にした言葉が思った以上に嫌味な響きを帯びている事に内心驚いてしまう。 「何やし、由宇。ほんな嫌味言う奴でなかったやろに」 案の定、新がそう問うてきた。 「あ、あんたが鈍いで嫌味の一つも言いとなるんや……」 由宇の脳裏にまた別の記憶が閃く。 (……去年の夏の、近江神宮で会うた……相手の子もやけど、新が真っ赤んなって、ぎくしゃくした喋りやった……) 元来照れ屋な新はすぐに赤面しがちだが、由宇の知る限りそれが起きない唯一の場所が「かるたの試合会場」だった筈だ。それが近江神宮ですらりとした髪の長い女の子と顔を合わせた瞬間、一気に首筋まで赤く染めていた。 (あれで私、分かっつんたんやったな。……新にとって、あの子は単なる「友達」でないんやって……) それを思い出した瞬間、由宇の口からずっと心の奥底に秘めていた言葉がゆっくりと紡ぎ出された。 「……わ、私かって……ずっと、見てたんやざ……。新の事……」 (こんな形で、言いとうなかった……ほやけど、ほやけど……今言わんかったら、多分、もう……言えん……) その一言を耳にした新の表情がはっと引き締まる。 「ごめん……由宇は大事な友達やし、おれを支えたり励ましたりしてくれた事にはお礼の言葉もないぐらい感謝してる。……ほやけど、おれ好きな人居るで、今のその言葉に応える事だけは出来ん。……ほんとに、ごめん」 新の口調は重いが、至って真剣なものだった。 「分かってるわ、ほんな事ぐらい……何年一緒に居たと思ってるんやし……」 由宇の両手が新のパーカーをぎゅっと掴む。俯いたままの由宇の頬からぽつり、ぽつりと透明な雫が伝い落ちている。 「ごめんな、由宇……」 「……っ、……う、っく……うぅ……」 由宇は新の服を掴んだまま、顔を伏せて静かに涙を流す。新は何も言わずに由宇が泣いている間ずっとその場に無言で佇んでいた。 「一個だけ、聞いていいか? 新」 顔を上げず、涙声のまま由宇は問うてきた。 「……うん」 「新が自分の気持ち、自覚したのっていつやった?」 「はっきり分かったのは、二年の冬に決定戦出た時や。……ほん時に、言うた。……おれから」 泣いている由宇に言うのは酷かとも思ったが、新にとって由宇はやはり家族同然の大事な友達だ。だから嘘や誤魔化しはしたくない、と新は正直に告げる事を選んだ。 「……普段えらい照れ屋やのに。……ほうでないか。あんた、かるたの時は絶対照れたりせんし。新にとってはチャンスが来たら狙い札きっちり取るのと、おんなじやったんやろ。……その告白」 新の方から告白したという意外な一言に由宇は顔を上げて言った。 「……うん」 今までなら、「やっぱ由宇は良う見てる」と言っただろうが、今の由宇にそれを告げるのはいくら何でも酷だ。新はぐっとその言葉を飲み込んだ。 「ほやけど、一年も前に告白してて、返事とか貰ってえんのか?」 乱暴に両目を擦り、由宇は聞いた。 「あ、うん。おれが千早に好きやって言うた時は、おれの中でそれまでじりじりした、はっきりせん感情が『そういう事やったんか』って分かったのもあって、自然に口ついて出た事やったんや」 新は少し照れ臭そうに答えてきた。 「返事は……貰えれば嬉しいのも本音やけど、今までかってそんな頻繁に連絡取ってえんかったし、おれらはかるたで繋がってるっていう信頼みたいなのがあるでやろか、焦りとかってそんな感じてえんくての」 そこで新はまた真顔になる。 「おれな、仮に千早がおれの告白にノーやって言うても、多分あんま気にならんと思う。……それも多分、かるたのおかげやろうな」 由宇に向けられていた新の視線は、ついに一度もぶれる事がなかった。 「ほうか。……正直に言うてくれて、ありがとの」 小さく溜め息を漏らしながら、由宇は言葉を返した。 「……うちが隣やし、あんた出発する日は、どうせ私も見送り行かなあかんやろけど……ほん時言う訳にもいかんやろうで、今……言うとくわ」 「何をや?」 そう問う新の顔に由宇はしばらくの間、涙で濡れたままの目をまっすぐ向けて佇み、それから思い切ったように口を開いた。 「───さよなら、新」 言い終わると新の横をすり抜け、由宇は自分の家へと戻っていった。後に残った新も、後ろを振り返る事なく芦野家のドアが締まりきる音が聞こえるまで一歩も動かず立ったままでいた。 |