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It's time to say... 



 「写真撮ろっさー」
「先輩ー、大学行っても頑張ってくださーい」
 藤岡東高の正面玄関前では生徒達がいくつもグループを作り、後輩や友人と記念写真を撮ったり三年間の思い出話をしたりと、今日の卒業を祝っている。彼らの間をすり抜けた新は、卒業証書を鞄に突っ込み自分の自転車を駐輪場から引っ張り出してきた。
「……さて、行くかの」
 三年間通った校舎を一度だけ肩越しに見上げ、新は自転車に跨ると後は一度も振り返らずペダルをこぎ出した。小学生の頃に引っ越した経験のせいか、卒業のようなお祝い事でも人との別れの場を新は未だに少し苦手に感じる所があった。

 「別に、あん時と違ごて、県外に出るの同学年でおれ一人って訳でもねえし、今度はおれの意志で行くんやっちゅうのに。見送られるとか、元気での、とか言われるの……何でかやっぱ、あかんなぁ」
 きっとそれは、六年前に駅のホームで見た、祖父や由宇のどこか無理をして笑んでいたような表情を今も覚えているせいだろう。
(……じいちゃんが倒れんかったら、おれ東京に居たまんまやったやろうけど……千早や太一と友達んなった最初の切っ掛けは、ホントに偶然や。何かちょっとでも違う事起きてたら、二人と友達にもなれんと、かるたも出来んまんまやったかも知れん。……じいちゃんとも、離れたまんまやったかも知れん。……何か皮肉っちゅうか……妙な気分や、やっぱ)
 やはり今日は卒業式だったせいか、少し感傷的になっているようだ、と新は思う。

 通学にいつも使う土手の桜並木はまだ固い蕾のままだ。満開の花の下、千早に服を鷲掴みにされてこの土手を転がり落ちたのはもう三年近くも前の話なのか、とふと思い出す。
「東京はもう、咲き始めてるんかの。……こっちやと入学式の時期やもんな、桜っちゅうたら」
 来月の今頃には、もう東京での生活が待っている。引っ越し準備もだが、アルバイト先の店長や南雲会の人達への挨拶もそれまでに済ませておかないとと新は軽く頭を振って意識を切り替えた。

 「挨拶回りと、向こうで使う鍋とか食器とかの買い物と、荷造りか……結構やる事多い感じやな」
 もっとも荷造りと言っても、実際は業者が家から荷物は運び出してくれるため、新が自分でしなければいけない事は案外少ないのだが。四月までに買い揃える必要があるのは、炊飯器やオーブントースターのような「家に一つしかないため持って行けない家電」ぐらいだろうか。もちろん東京で購入してもいいのだが、こちらに居る間なら父に頼んでリサイクルショップまで乗せていってもらえる。ユニークな面がある母が「明るい貧乏」とよく言っていたからか、新も中古品を使う事にさして抵抗はなかった。
「……あ、着物何着か一緒に持って行かなあかん。……じいちゃんのが何枚も残ってて助かるけど、今度からは全部、自分で着んとあかんのやし、荷造り前にちゃんと練習しとかんと……」
 今までは試合会場に来てくれていた両親や栗山先生が都度、着崩れを直してくれたが春からはそういう訳にいかない。ジャージで出来る素振りより、ある意味手間のかかる練習になりそうだ、と新は苦笑を頬に押し上げた。

 ◇ ◇ ◇ 

 「……やっぱ先帰っつんたんやな、新」
 式の後教室で友達と高校三年間の思い出話に花を咲かせていた由宇が駐輪場に差し掛かった時には、もう新の自転車があった場所にぽっかりと一台分の空白があるだけだった。
「まだ、苦手なんやろかの……こういうの」
 ただ卒業式に限っては、由宇と新が揃って出たのが中学と高校の二回きりという事に加え、三年前は祖父を亡くした新はまだそのショックから抜け出しておらず、由宇にも「これが新の普通」と言い切る事は難しかった。
「……変なもんやわ。生まれた時から隣同士やのに、二人とも笑って卒業式出られたの今回が初とかって」
 小学校の卒業式はそれぞれ福井と東京で出たんだった、という思索が呼び水になったのか、由宇の脳裏に新が福井に帰ってきてすぐの光景が蘇った。

 ───両親と東京に越した新が祖父の介護のために隣の家に帰ってきたのはちょうど六年前のこの時期だった。四ヶ月ぶりに会った新に向こうでの生活はどうだったかと尋ねた時、新が少し遠い目をして、それでも夢見る人のような表情で答えてきた。
『最初に友達んなったのは、千早って子やったんや。おれの事、クラスのいじめっ子……太一って言うんやけど、そいつから庇ってくれての。ほんで一緒にかるたしたんやけど、構えとかむちゃくちゃやのに、おれ自陣の一字抜かれてもての』
 あの負けず嫌いの新が、自陣の一字決まりを抜かれたというのに妙に嬉しそうに言葉を継いでいる。

 『ほんで、かるたで名人なるのがおれの夢なんやっていうのと、おれの目は札の上に決まり字が見えるんや、って話したんや。……次の日かって学校で、綿谷くんかるただったらここの誰にも負けないよ、って言い切って。ほやでおれも、学校のかるた大会では一枚も取らせんって太一に言えたんや。その後で太一とも仲良くなれたで、ほっからは三人で白波会でかるたするようんなったんや。すごく嬉しかったわ』
 そこまでは十二歳の由宇も「良かったの」と聞けていた話だったのだが。

 『……おれが帰る前の日、真剣勝負してくれって言うてきた千早と取ったんやけど、ほん時に、おれに会ってかるた大好きんなったんや、って千早に言われて、おれ泣いつんたんや。福井帰ったら多分もう会えんやろうで、千早と最後にかるたするのも、二人への餞別っちゅうか、良い思い出にしとこうって思ってたんやけど……ほやけど千早は、あたしたちにはかるたがあるからまた会える、ってはっきり言い切って。おれと千早と太一の三人で、約束したんや。かるた続けて、いつか会おうのって』
 あの時の自分は一体どんな顔で新のその言葉を聞いていたのだろうか、と由宇は十八歳になった今の意識で考える。

 「あの頃は、東京の子らの話してる新が『知らない子』に見えた気がして、それが嫌やったんやって……ほんな風に思ってたけど……」
 それ以降、新も彼らの話を直接由宇に言わなくなった事を思えば、当時の自分は相当不機嫌な表情を浮かべたのだろうと考えるしかない。
(……今やったら、分かる。私はあん時、妬いたんや……)
 例外的に東京への引っ越し前の新も、かるたの事になれば没頭するあまり目の前の由宇の存在を忘れてしまう時はあった。だがそれはあくまでもその時限りの事で、新自身も素に戻れば「話聞いてえんくてごめんの」と詫びたから、由宇はそれを気にした事はなかったし、祖父の指導を受けてめきめきと強くなった新と一緒にかるたを取るのは楽しかった。孫の才能を見抜き、会での練習の他に特別扱いされていた事も、当たり前だと感じていた。
(ほやけど、東京の子らの話の時は違う。目の前の私を忘れてる訳でないのに、あんなキラキラした顔で言ってきて。……たった四ヶ月でそこまで新と結びつく事が出来た『東京の友達』に、今まで私が居た場所を取られてまうような気がしたんや……)

 何しろ生まれた時から隣同士で育った間柄だ。周囲の人間は由宇を「新の一番の理解者」と思っているし、由宇自身そうありたいと思っていた。新一人では押しつぶされてしまいそうな重圧のほんの一部でも自分が担ってあげられたらと。
 だから自分以外の誰かがそこまで新の心を軽くした事に由宇は嫉妬を覚えたのだ。
(その後は綿谷先生の事で、新に余裕が全然なかったで、私もその人らの事より、自分が新を支え切れん事の方が気になってて、自然と忘れつんたんか。嫉妬してたって事も……)
 そうやって再び同じ年月を重ねていくうちに、「自分達が大人になった後もこうして、何だかんだと言い合いながら一緒に過ごしていくのだろう」という漠然とした思いが由宇の中に生まれていた。

 「みんな、ちょっとずつ変わっていくのは……仕方ない事なんやろの。私かって、ほうやし」
 新が福井に帰ってきた理由が理由だけに、素直に再会を喜ぶ事も出来ず、由宇自身、新との距離感を計りかねた時期もあった。
(……あれ、中学の何年生やったっけ。クラスの子に『由宇ちゃん、綿谷くんの事好きなんか』って囃されて……近くの席やで新にも聞こえてた筈やのに、かなりバッサリ言っつんた……)
『あいつ、かるたにしか興味ないんよ? むっちゃつまらん男やで?』
 教室でそう言った時、こちらに向けたままだった新の背中が一瞬竦んだのを由宇は見逃さなかった。他の生徒が居る時と、二人だけの時で由宇が新に見せていた顔が大きく違い、時折そんな自分に戸惑っていたらしい事も薄々気付いていたが、新がそれを訊いてくる事もなく、また尋ねられても当時の由宇には上手く説明出来る言葉が見あたらなかった。

 「……折角のおめでたい日に、ほんな事考えるの、やめとこ……」
 由宇は軽く頭を振って、最前までの考えを頭から追い出すと、きりっと背筋を伸ばして目線を上げ、自宅に向けて歩き出した。





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written by Hiiro Makishima