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「……どうしたもんかの……」 教室の自分の席で携帯電話片手に、新はぼそりと呟く。 「どしたんやし、新。ほんな難しい顔して」 幼馴染みの由宇が怪訝そうに声を掛けてきた。 「あ、由宇か。……いや、こないだの高校選手権の事でちょっとの」 「……あんたがほんな言い方するっちゅう事は、試合そのものの反省とかではないんやろ?」 由宇の一言に新は弾かれたように顔を上げる。 「なんで分かったんや?」 「見てれば分かるわ、ほんなもん。試合の事やったら、あんた怖い顔はしても溜め息は吐かんし、他の人の試合の事言うにしたかって、かるたの話なら新、ズバっと言うがし」 「流石やなあ。……まあ、うん。その通りなんやけど。……聞いてもろて、構わんかの」 「私で答えれるんかどうか、分からんざ? ……一応、聞くだけ聞くわ。ほんでいい?」 前の席に腰を下ろしながら言われた、由宇らしい一言に礼を述べて、新は団体戦が終わった日の夜、太一や千早から教えてもらった「藤岡東高かるた部の問題点」についてアウトラインを手短に話す。 「ワンマンチームはまあ、言われても仕方ないやろ。現状あんたが飛び抜けてるのは事実やし」 もっとも部の創設自体、男子では史上最年少の西日本代表という、文字通り群を抜いているその実力で学校側も認めた部分もある。もし新の戦績がもっと平凡なものであれば、学校側も「同好会から始めてはどうか」と言ってきたのでは、と由宇は言葉を継いだ。 「ああ、うん。それは別に気にしてえん。卒業するまでに、おれが後輩もっと育てればいい事やでさ。B級の子とか負けん気強いし頑張ってるで、じきA級上がるやろしの」 新が部員に対してどう話そうか迷っているのは、「あれでは新のファンクラブだ」という言葉の方だ。東京に帰った千早からは、ファンクラブのようだと感じた根拠として、千早の後輩が試合の偵察中取ったメモの抜粋や印象、そこから分析によって得た事を詳細に記した長いメールを受け取っていた。 「……メールにも書いてあるけど、千早の後輩って子、マジでよう見てるんや。うちの後輩の持ち物とか、試合中の独り言とか態度とかまで細かくメモ取ったって。……部の人が、そこからかるたのスタイルとか性格とか分析するらしいけど。……ほら、これ」 新も初めて目を通した時は絶句した程、千早の後輩は藤岡東高かるた部員の性格をきっちり見抜いていた。そのメールを表示させた画面を上下ひっくり返して由宇に見せる。 他人宛てのメールを読むのは気が引けるが、新が真面目に相談してきている事だから、と由宇は遠慮がちに新が差し出してきた携帯画面に視線を落とした。だがそこに書かれている内容に圧倒され、今度はしっかりとそのメールを読み込む。 「ほんとや、物凄いの、これ……新と同じ機種の携帯使ってるけど、使い込まれ方が新のより浅いで『新がどの機種使ってるか知ってから』自分も同じ機種にしたんでないんか、とか……普通そこまで見んが。凄い子居るんやの……」 メールに記されているのは、それでもメモの一部だと書いてある。由宇の口から感心したような溜め息がこぼれ落ちた。 「ほやろ? 去年も得意札とか、団体戦のオーダーまで的中させてたって言うし。単純にかるたの試合で強いだけでないのが、瑞沢の怖いとこや。……メモ取った子C級で、分析してんのがB級の人やって話やけど、二人揃うと対戦相手丸裸やし、太一とか西田くんみたいに、その情報元にした戦法通りに戦える選手も居るのが凄いのぉ」 個人戦でなら、瑞沢の部員であれ他の強豪校の生徒であれ、新個人の意識はそう変わらないが、団体戦で対面するとなれば別だ。新が一勝をものにしても、他四人が勝てなければチームは負ける。 「ほんでな、その子が見た感じやと、一人は退部してまうんでないかって気したんやと。……それは本人が決める事やで、おれ何も言う気ないんやけど、これから入部する子とかに何て言えばいいんかなあって。……入部の切っ掛けがそれでも、かるたを好きんなっていくかも知れんって思うと、一概に否定も難しいやろ」 新の口からも溜め息が漏れる。特に新は、自分への対抗意識から始めたかるたを好きになり、A級に上がった太一という実例が居るだけに、最初の切っ掛けは何だっていいと思いたい面があった。 「練習日とか、練習内容とかで選ってったらどうやの? ……本気で上目指すもんと、単なるファン心理だけって子で分けつんて、本気でかるたしたい子だけ、新と同じ練習出来るとか」 「……ほんなもん、どこで見分けたらいいんか、おれ分からんがし。特訓してくれ、って言うてくるの待つんか? ……ほれに、なんか依怙贔屓みたいやが、それ」 由宇が出してくれた案は流石に実行が難しい、と新はまた溜め息を吐いた。 「ほやけどさ。結局は本人の問題やが? ……あんたのファンやで入部したけど、新はかるたに全力で、絶対自分の方振り向かんって分かった時どうするんやって話やろ? ……諦めるんか、ほんでもかるたしたいで部に残るんか」 「諦める、って……それ、元々おれが振り向く前提で部に入った、って意味なんか? ……もし、ほうやったら、その前提自体が間違うてる」 「振り向く前提、は言い過ぎやざ。……振り向いてくれたらいいなあ、や」 かるた部の一年生が全員女子だという事を考えると、新の言い方では流石にきつすぎる、と由宇は静かに言葉を返す。 「どっちでも同じや。……おれ、好きな人居るし」 メール画面に視線を落としながらそう告げる新は、画面の向こうの誰かを透かし見るような表情を浮かべていた。 「……千早さん、やろ? ……したんか? 告白とか」 「え? ……あ、うん……。東西決定戦ときに……」 小学校卒業と同時に福井に帰ってきて再会した由宇に、東京でいい友達が出来たと話した時、由宇が複雑な表情を浮かべた事を思い出した新は、つい口ごもる。 「返事、まだなんか?」 「んっと……大学入るまでの間、ちゃんと考えて返事するで、それまで待っててくれるかって言われたで、おれもほんでいいって言うたけど……」 ふうん、と呟いた由宇の顔を新はそっとのぞき見る。口では到底敵わない由宇が口を噤んでしまうと、その表情から内面を推し量るのは、いつの時も新には難しい事だった。 「……何やし? 新」 不意に由宇が目線を合わせて問うてきた。 「いや、何でもないけど。……由宇こそ、黙っつんて。どしたんやし」 辛うじてそう答えると、由宇はふっと苦笑を浮かべた。 「考え事してただけや。……の、新。いっその事、その話公表しつんたらどうや? 部で」 「……えぇっ?!」 由宇の一言に、新は素っ頓狂な声を上げてその顔をまじまじと見てしまう。 「手っ取り早いが? 浮ついた気持ちで入部したもんは、ほんで分かるやろし。それでも残る子は本気でかるたしたいって事やがの」 新は言葉が出ないのか、真っ赤になって口をぱくぱくさせている。それでも由宇に言われた事を真面目に考えようと、何度か深呼吸を繰り返して、試合を思い出すように机の上に視線を落とした。 「……ほやけど、公表って……部活ん時にほんな事わざわざ話題に出すって……何か変でねえけ?」 「別に部員全員集めて発表せえ、って言うてるんではないざ? 私かって、ほんな事あんたが出来るとも思ってえん」 競技かるたに興味があったら声を掛けて欲しい、と言うだけで耳まで赤くする新の性分は良く知っている。それに、そんな風に話題に出したのでは、仮に入部動機が今話していた通りの部員であっても「新の自意識過剰」と言ってくる可能性は高い。 「……何べんか、あったやろ? 後輩から、綿谷先輩って彼女居ないんですかー、とか聞かれたの。ほういうチャンス来たら、さらっと言えばいいってだけや」 「ほやけど、彼女……では、ないんやしさ……」 そう言えたらと思うのも本音だが。 「……大差ないやろが。あんた東京の大学行くの、それも理由やろ?」 ずばりと由宇に言い当てられ、新はまた真っ赤になって黙ってしまう。 「相っ変わらず手間かかる男やの、あんたは。……今度、札読みに出たげっさ、部活。……ほんで片付ける時にでも、さり気なく話に出せば答えられるやろ、新でも」 やれやれ、とわざとらしい溜め息を漏らして由宇が助け船を出してくれた。 「でも、って酷えのお……。けど、ほれやと助かるわ。や、話もやけど、読手役居ると、おれも後輩の取りとか送り札とか、見てやりやすいしさ。……時間ある時でいいさけ、来とっけるか(時間がある時でいいので、来てくれますか)?」 照れもあるのか、新は主に年配者が使う、古い福井弁で尋ねてきた。 「何でそこだけ年寄り言葉やの。……まあ、だんね(構いません)。じき中間やで、その前にやってまおっさ」 「……試験前やのに、ごめんな。ありがとう」 姿勢を正して新はきちんと頭を下げた。新がそうした面を祖父から厳しく躾けられて育ってきた事をよく知っている由宇も、それに合わせて軽く頭を下げる。 「どういたしまして。……新には悪いかもやけど、受験勉強の息抜きさせて貰うわ、私も」 「何も悪い事ないざ。息抜きでも何でも。何やったら取ってったかっていいがし」 かるたの話になると、新も途端に口調が滑らかになる。良ければ自分が相手をする、と言い出すが、由宇は困ったような笑みを浮かべて首を左右に振った。 「配置覚えて公式忘れつんたら困るで、パス。札読みかって大盤振る舞いやのに。……あ、そろそろ予鈴やの。席戻るわ。……ほんならの」 新の返事を待たず、由宇は椅子から立ち上がり、自分の席へとスタスタ戻っていった。 |