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Conflict 5

BE・LOVE19号に触発された暗ーい話



 自分の部屋に戻った千早は制服を着替える事も忘れて部室で聞かされた事を何度も反芻する。
(新を太一が殴った? 私のため? ……それって、何? 新の眼鏡を隠したのが太一? ……何それ、何、それ……?)
 目の前がぐるぐる回る。千早は咄嗟に片手を額に当てて薄暗いなと思い、自分の手で視野が半分隠れているからだとようやく気付く。
「これが……今、新に見えてるものなの? ……そんな、これじゃ札なんか……」
『もし、気が向いたら一緒にかるたしよっさ』
 そう言われたのはついこの間の事だ。そう告げてきた新の照れた笑みや、幼い自分達が雪の中駆けている懐かしい情景、太一と全力で戦った吉野会大会の記憶が粉々に砕け散る。一人で居るのが耐えられなくなって千早は部屋から飛び出した。

 「……千早ちゃん」
 診療時間が終わった病院に駆け込んだが、原田の顔に驚きはない。歩きながら話そうか、と自転車を押して千早を促した。
「まつげくんから聞いたんだね。メガネくんの事や、色々」
「……分かんない。何でずっと友達でいられないの? いちゃいけないの?」
 感情が一気に吹きこぼれてしまう。
「千早ちゃん、君はクイーンを目指してるんだろう?」
 原田が何故今更そんな事を聞くのか分からないが、それが千早の夢である事には変わりない。千早は黙って頷いた。
「じゃあもし、クイーンの座を誰か友達と半分こしなさいって言われたら、千早ちゃんはどうする?」
「そんなの嫌です! だって新が言ったもん! 『日本で一番は、世界で一番』って。一番が二人いたら、世界一じゃなくなっちゃうじゃないですか!」
 勢いごんで答えると、原田は大きく笑う。
「うん。私にとっての名人も同じだよ。……そして、まつげくんとメガネくんにとって、千早ちゃんはクイーンなんだ。たった一人しか選ばれない。だからお互い譲れない。友達であってもね。……だから、ぶつかったんだ」

 そこで原田は長い溜め息を吐いた。
「……まつげくんがメガネくんに謝りに行くのは、無論道義的責任もあるが、もう一度堂々と友達になるためだ。対等でなくちゃ、かるたを続ける資格も、千早ちゃんというクイーンを射止める資格もないと思ったんだろうね。仮に千早ちゃんが選んでも、今の彼は辞退してしまうだろう。……そして彼らがまた友達に戻れば、千早ちゃんがどっちを選んでも、あるいはどちらも選ばなくても、きっと二人は受け入れる。……千早ちゃんがちゃんと考えて出した答えならね。それが信頼ってものじゃないかな」
 千早の目が大きく見開かれる。ちゃんと考えて出した答えなら受け入れる。同じ事を部室でも西田に言われた。太一が自分の気持ちを黙っていたのも、新が告白の答えを求めなかったのも、千早の意志を尊重しようという同じ思いだ。
「原田先生、先生も一緒に福井に行くんですよね。……結果を、私に教えてもらえますか。どんな結果でも」
「……分かった。一番に伝えるよ」
 千早の顔に安堵の色が浮かぶ。
「先生、私……今は選べない。……対等じゃないから。でも私が答えを出す前に、二人が別のクイーンを選んでもいいと思うの。二人が私に決断を迫らないように、私も二人が決めた事は尊重したいから。それに……私がかるたを好きなのは、私の意志だから。それは新にも太一にも変えられない事だから! 先生、ありがとう! 何かすっきりしました。お休みなさい!」
 憑き物が落ちたように晴れやかな顔を見せると、千早は矢のように走って行った。
「……まつげくんもメガネくんも、また手強い相手を好きになったもんだ」
 出来れば二人が改めて千早の答えを聞ける時が来て欲しいと願わずにはいられなかった。

 ◇ ◇ ◇ 

 病院の個室の白い壁をぼんやり眺めながら、新は物思いにふけっていた。片目に分厚くガーゼを当てられていて眼鏡がかけられず、当然素振りも禁止されているため、結局一日の殆どを考え事に費やす事しか出来ない。
(神経通ってるとこ骨折してえんかったのは幸いやったけど……視力が戻るかは……まだ分からんのか……)
 視力が戻らなかったらもう競技は無理だ。そうなれば大学の推薦も無理だろう。右目は見えているから一般受験は可能だが、そもそも新が東京の大学を志望したのは、千早とまたかるたを取りたいというのも動機の一つで、かるたが出来なくなるなら地元でもどこでも同じ事だ。
 先日面会謝絶の札は外されたが、南雲会の人達はここに来ていない。新の目がどうなるかはまだ分からないため、今かるたを思い出させる者が見舞うのは新を焦らせるかも知れないという栗山や村尾の配慮だった。
 隣に住む由宇だけは新の着替えを届けたりで何度か病室を訪ねてきていたが、ほとんど会話らしい会話はしないで帰っていく。

 「……はぁ……何なんやろ、この気分……」
 自分でも不思議なほど、心が動かない。かるたの事も千早の事も、そして太一の事もまるでどこか別の国に居るかのように遠く感じてしまう。以前千早が入院したと聞いた時は、自分も同じ状況になったら、きっと早くかるたに戻りたくて仕方がないと考えるだろうと思っていた筈だ。それが今はひどい風邪で鼻が利かない時のように、心が鈍いのだ。
「実感ないっちゅうだけやろか、まだ……それともうちの親やら由宇が先に怒ってもたで、タイミング外されたんやろか……ほやけど、どっちでもいいか、もう……」
『あんたの東京の友達って子、あんたを傷つけてばっかりやが!』
 一番憤っていたのは由宇だったと思う。投薬のせいもあっただろうが、予想以上に鈍い反応しか返さない新を見て、由宇がさらに憤るが、新は曖昧に二言三言返すだけだった。

 ただやはり、名人になるという約束に指先がほんの少し触れようとした矢先の事だっただけに、祖父に対してだけは申し訳なく思う。
『あたしたちにはかるたがあるから、続けてたらまた会えるんじゃないの?』
 東京から福井へ帰る前日、千早が目に涙を溜めて言ってくれた言葉が脳裏をよぎる。
「……かるたが出来んくなったら、千早に会うても……辛い」
 結局、千早のあの楽しそうなかるたを目の前で見る事は叶わないのだなとぼんやり考え、初めて自分がかるたを、そして千早を諦めかけている事に気がついた。気がつきはしたが、力ない笑い声がほんの一度口から漏れるだけだ。悔しささえ沸いてこないほど、感情が平板になっていた。
『───! ───!!』
 病室の前の廊下がやけに騒々しい事に今更気がついた。多分由宇の声だと思うが、扉越しでは何を言っているのかまではよく分からない。新はゆっくりベッドを降りて、個室のドアをほんの少しだけ開いた。

 「帰ってや! あんた、なんべん新を傷つけたら気が済むんやし?」
 やはり怒鳴っているのは由宇だ。眼鏡がなくても幼馴染みの声を聞き間違う訳がない。
「……すみません。それでもお願いします。……新に、会わせて下さい」
(え、この、声……太一?! ……太一が、何で福井に居るんや……?)
「勝手なお願いだって事は分かってます。謝って済む問題じゃない事も。でも、おれはもう新の前で卑怯な真似はしたくないんです。だから、お願いします!」
 太一の口から出た「卑怯」という言葉が新の記憶層から一つの光景を浮かび上がらせた。べそをかきながら眼鏡を差し出してきた太一に「おめぇ、卑怯なやつやの」と言った自分。入院以来、新の心が久しぶりに動き出した。
「───由宇、その辺にしときね」
「あら、た……」
 太一と由宇が期せずして同時に新の名を呼ぶ。
「……メガネくん!」
 その声も分かる。
「原田先生も、一緒やったんですか。……廊下では何ですし、どうぞ入ってください」
 病室のドアは手を離すと勝手に閉まってしまうため、新は手でドアを押さえて二人を中へ通す。由宇は入ろうかどうしようかと暫く迷ったが、新に促されて一番最後に病室へ入っていった。







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written by Hiiro Makishima