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Conflict 3

BE・LOVE19号に触発された暗ーい話



 空き教室に飛び込んで周囲を窺った後、受話器から聞こえる呼び出し音を、太一はじりじりした気持ちで聞き続ける。たった数回のコールの筈が、何時間も鳴らし続けているように酷くゆっくりに聞こえて仕方がない。
『───はい、もしもし』
 折り返したのは新の携帯に宛ててだが、電話に出たのは留守番電話の声だった。
「あ、あの……真島です。村尾さん……ですか」
『うん、僕や、村尾。……真島くん、今近くに綾瀬さんは居るか? ちょっと聞かれたくない話があるけど、大丈夫か?』
「あ、はい大丈夫です。……それで、あの……」
 何の用だと聞く事すら白々しい気がする。さほど面識がある訳でもない村尾がわざわざ電話を掛けてくる用件など一つしかあり得ないのだから。

 『新な、今……病院や。……片目が見えてない。しばらく治療可能かどうかも含めて、入院する事になる事は知らせておこうと思って、真島くんに電話させてもらった』
「……!」
 予想はしていても、やはり入院という単語を耳にした途端、全身の血がざりざりと凍るような感覚に陥る。
「す……済みませんでした……」
 受話器の向こうで村尾が溜め息を漏らす。
『おれに謝られてもな……』
 村尾はあくまでも穏やかに話しているが、太一には返す言葉がない。いっそ怒鳴ってくれる方がとも思うが、そう考える事自体甘えだという事も太一は理解している。

 「あの、村尾さん。……入院先、教えてください。お願いします!」
『……会って、どうする気かな』
「正直、謝る以外何をどうしたらいいか、おれも分かりません。でも」
 膝が震え、うまく声が出ない。
「でも……ここで逃げたらおれは自分を一生許せなくなる、それだけは確かです。……それも自己満足かも知れないけど……それでも、新は……やっぱり、友達なんです!」
 受話器の向こうの沈黙が怖い。それでも太一はただひたすら待った。
『一応先に言っておくけど、一週間ほどは面会謝絶になる。治療のために色々……眼圧とか血圧とかを安定させておくのに安静にしていないとダメらしい』
「は、はい。待ちます!」
『……じゃあメモ取って』
 村尾が告げる病院の住所と部屋番号を太一はチョークで黒板にまず書き写した。電話の後で携帯に保存すれば大丈夫だろう。

 「教えてくださって、ありがとうございます。村尾さん」
『礼も別にいらん。……おれやったかって(俺にしたところで)福井の人間や。どうしたかって心情的に新やら、新の家(うち)の人寄りになってまう。おれも経験ある事やし』
 村尾の口調が不意に福井訛りに変わった。直前までの言葉に比べスムーズに流れる、新とよく似た抑揚は太一の心臓を鷲掴みにする。
「経験……」
『おれは大学は関西やったで、新ほどは言葉をからかわれた訳ではないけど、ゼロではないしの。……あと、何年か前の決定戦でおれが周防名人にボロ負けした後、しばらくかるた出来んかった。ほしたら新が家まで来ての……基本、人は人って奴やったのが必死んなっての。……新がほんな風に言うてこんかったら、おれはかるたから逃げたまんまやったかも知れんのぉ』
 だから新が二人をどう思っていたかは分かる気がする、と村尾は言って、照れたのか長話を詫びて電話を切った。太一は書き取っておいた入院先を携帯に入力し、黒板を綺麗に消す。
(……怖い。……けど、逃げられない。……逃げない)
 新が何を言ってくるかは分からない。だが新の両親や福井の友達から言われる言葉は予想ができる。だが今度また逃げ出せば、自分は二度と千早の前にも立てないだろう。

 ◇ ◇ ◇

 「……原田先生、ちょっと聞いてほしい事があるんですが……」
「───メガネくんの事かい?」
 やはり決定戦後の騒動は耳に入っていたのか、原田はいきなり核心を突いてきた。太一が頷くと、原田は彼をそこに待たせておいて、練習場の障子を開いた。
「おーい、広史くん、僕ちょっと用事出来たから、今日の練習うまいこと回しておいてね。じゃ、よろしくー」
 言うだけ言って返事も待たずに元通り障子を閉めた。
「ここじゃ何だろうし、うちで話そうか」
 そう言うと先に立ってどすどすと歩き出した。慌てて太一はその後を追うが、外を歩く間原田は一言も口を開かず、また太一も何も言い出せない。結局、原田の自宅まで無言の行は続いた。

 「───さてと」
 応接間のソファに腰を下ろした原田は、それだけを口にすると脚の上に組んだ両手を置く。聞き役に徹するというサインだとは分かるが、一体どこから話せばいいのだろうか。太一は制服のパンツを腿のあたりでぎゅっと掴んだ。
「せ、先生……おれ……おれ、新を殴りました……それで新、今入院してて……」
 ちらりと原田の顔を覗き見る。普段あんなに喜怒哀楽がはっきり顔に出る人が、今はとても静かな表情のまま太一を見ていた。その顔は太一に言葉ではないもので語りかけているように思えた。
『まつげくん、その事へは君はもう自分の中でどうするか決めているんだろう? ……そして僕に話したいのは、メガネくんを殴った事じゃないんじゃあないか?』
「おれ……おれは、過去の狡い自分がイヤでイヤでどうしようもない……あんな事した自分も、それを千早に言う勇気のない自分も……イヤなんです」
 ぽとりと熱い雫が手のひらにこぼれ落ちる。涙が溢れるままに、太一は小学校での出来事を原田に洗いざらい話した。

 「……子供は、時に残酷だ。ぼくも病院やかるた会で色々な子を見てきているから、それは知っている。そして君がメガネくんに対して抱いてしまった感情も、ぼくにだって覚えのある事だ。……だからぼくは君を責める事はしない。だけど、赦しを与える事も出来ないんだよ。……君を責めるのも赦すのも、結局は君自身だから」
「……はい」
 太一は顔を上げる事ができない。
「だけどぼくは、君の先生だから。愛弟子が辛い時や苦しい時、言葉や行動で道を示したり支える役目がある。だからぼくに出来る手助けはさせてもらうよ」
「原田先生……」
 涙が後から後からこみ上げてきて止まらない。
「───ただし」
 不意に原田の語調が厳しいものに変わり、太一は反射的に背筋を伸ばし、袖で不器用に涙を拭った。
「二度と、宣言なしに札の入れ替えなんてしちゃいけない。今は君も競技者なんだから、分かるね」
「はい」
 うん、と原田は笑うと席を立つと、練習用の作務衣から普段着に着替えた。
「それじゃあ行こうか。まつげくん」
「……え? 行くって、どこに……」
 原田は眼鏡の奥の目を大きく見開き、何を馬鹿な事をと言いたげな表情を作った。
「君んちに決まってるじゃないか。メガネくんの所に行くんだろう? ならまず君の親御さんに許可貰わないとダメじゃないか」
 ほらほら、と原田は太一を追い立てるようにソファから立たせた。







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written by Hiiro Makishima