Conflict 2
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福井南雲会の練習場は、ここ一週間落ち着かない空気が流れたままだった。挑戦者決定戦の後、控え室にやってきた友人に新が顔を殴られた事はほぼ全員が知っている。その場に居合わせた栗山会長や村尾など年長者は会員にあまり騒がないよう言って聞かせる側に回っていたが、新本人が顔を腫らしたままでは若い会員の動揺は簡単には収まりそうになかった。 「……新くん本人は、落ち着いて見えるけどのぉ……」 「ほやけど先生、かるたでは大人顔負けの駆け引き出来たかって、本人はまだ十七才の高校生です。……まあ理由が理由やし、新が何か言いとうなったら聞くぐらいしか出来んとは思いますけど……」 栗山は腕を組んでうーんと唸る。 「ほうやなぁ。……わしでは年が離れすぎてて、新くんも言いづらいかも知れんしの。村尾くん、悪いけど頼まれてくれんか」 「……分かりました」 栗山と村尾が話し込んでいる間も、新は一心不乱に札を払っていた。 ◇ ◇ ◇ 「……」 瑞沢かるた部の空気もこの一週間淀んだままだ。決定戦の翌日、右手に包帯を巻いていた太一に何人かがどうしたのかと尋ねたが、太一はそれに一切答えない。千早は千早で呆けたままのように見える。 「言わなかった方が良かったんでしょうか……」 見かねた他の部員達が、太一と千早抜きでミーティングを行った時、空気の悪さに耐えかねた奏が涙ぐみながら言う。太一の千早への思いに以前から気付いていた奏は、学校行事などのイベントの度に二人を接近させようとしていたが、綿谷新が衆人環視の中で堂々と想いを告げてきた今は、自分の取った行動が正しかったのか自信が持てなかった。 「いや、綾瀬があんな様子だし。かなちゃんが言わなくても真島は気付いたと思うよ」 机くんこと駒野が奏をフォローする。 「でも大江先輩、こう言っちゃ悪いですけど、先輩の応援って自分の理想っていうか、自分に恋人がいたら、合宿とか修学旅行でいい感じになりたいな、っていうのを先輩達で実現させたかったんじゃないですか?」 自身を恋愛体質と言い切る菫は、それを太一が望んでいたかどうか分からないと切り返す。 「そりゃ花野は元から真島目当てで入部したから、真島の望みってよりかなちゃんの願望って方がいいんだろうけどさ」 今度は肉まんくんこと西田が菫に言い返した。結局、当事者二人が何か言う気になるまでは誰も何も出来ないという事だけがはっきりしてしまう。七人それぞれが気の抜けたような練習を何となく繰り返す日が続いた。 ◇ ◇ ◇ そしてまた数日が流れた。新の顔の腫れはもう目立たなくなり、練習にますます気合いが入っている。 「……気合い入ってるのはいい事やけど……新、えらい攻め気やな。ほんなかるたでなかったやろ、前」 今までの新はバランスよく、柔軟なかるたを取っていたがここ最近はやけに厳しく攻めてきている。 「決定戦で色々足りんもんが分かったんで、もっと貪欲に武器増やそうって思って……ッ?!」 額の汗を拭おうと片目を閉じた新の表情がみるみる強ばっていく。畳に手をつき、指先が札に触れた新が突然わなわなと震えだした。 「……新?」 「ふ……札、村尾さん……札が、見えん……村尾さん、おれ……どうなっつんたんや?! なんでや、なんで札見えんのや……?!」 度を失った新が手探りでしがみついてくる。 「あ、新、落ち着けま! ……先生、おれ病院に連れて行きます」 村尾は片腕でしっかり新の身体を抱きかかえ、空いた方の手で自分と新の荷物を他の会員から受け取ると、宥めるように呼びかけた。 「新、聞こえるな? 今病院連れてくでの。……ちょっとの辛抱やでの? ほんなら、立つざ?」 新は村尾に支えられたまま、おぼつかない足取りで道場を出る。村尾の車のエンジンの音は聞こえるが、どの方角へ向かっているのか新には分からない。 (おれ、どうなってまうんや……もし見えんままやったら、二度とかるた出来んくなったら……) 「……新、先生に見て貰うのが先や。今は何も考えんとけ」 「……っ、う……」 泣くまいと思うのに、涙が溢れて止まらない。行き先の分からない車はまるで自分自身の心のようだった。 ◇ ◇ ◇ 「……?!」 重苦しい雰囲気の部室に携帯の着信音が響く。画面を見た太一が傍目にも分かる程全身を強ばらせるが、電話に出る事も拒否する事も出来ないでいた。 (新……? 新が、なんで……) あんな別れ方をして今更何を話せというのか。ますます気分が落ち込みそうになった時、電話は留守番電話に切り替わった。まだ切れていない所をみると、何か用件を録音しているのだろう。聞かずに消してしまいたいと一瞬思ったが、やけに長い録音時間がどうにも気になって太一は「再生」をタッチした。 『……真島くんの携帯でしょうか。福井南雲会の村尾です。番号が分からんので新の携帯から掛けさせてもらいました。おれの携帯番号を伝えるので、大至急連絡を下さい』 新の兄弟子の声が耳に飛び込んでくる。試合の時に原田先生と話しているのを聞いた程度の記憶しかないが、こんな焦った口調で話す人だという印象はない。それにそもそも新に聞けば番号は分かるのだから、本人の携帯から電話すれば済むだろう。 (……新に、何かあって……直接電話できない……?) 「……ちっとごめん、電話してくる」 理屈抜きに悪い予感が全身を走る。太一は携帯だけを手に部室から飛び出した。 |