Conflict
|
挑戦者決定戦の表彰式も終わり、皆帰り支度を始めている。周防名人が貸したというマフラーを千早の代わりに返しに行った太一はようやく呼吸を整えて公園から戻ってきた。 (猪熊さんと顔合わせるの、照れくせー……) 何せ周防名人に向かって「自分は千早の彼氏だ」と言ったのを見られている。「格好良かった」と言ってもらえたのは救いだったが。 「……あれ、千早……?」 千早の事だから、原田先生の側でおめでとうと騒いでいるかと思ったが、姿が見えない。 「大江さん、千早どこ行ったか知らない?」 同じ部の奏の姿を見つけて尋ねてみるが、呼び止められた奏の様子がおかしい。しきりに後輩の菫と目を合わせ、お互いに顔色を窺っているような感じだった。 「……大江さん? 何かあったのか」 重ねて聞くと奏は両手をきつく握り、背の高い太一を見上げるように目線を上げてきた。 「真島部長……」 奏は目尻に涙を溜めて、困惑しきった口調で太一が公園に行っていた時の事を話し始めた。 「……最初は試合の話だったんです。綿谷さん、二試合目の終盤を千早ちゃんならどうしたって聞いてました。それで千早ちゃんは、自分は攻めがるただから二枚とも送る、特別だから、手に入れたいものほど手放して、必ず取ると勝負に出るんだ、って」 それは容易に理解できる。だが奏も菫も、言っていいのかどうか酷く迷っている顔をしていた。 「……それで?」 奏がちらりと周囲に目を配って、思い切ったように口を開いた。 「わ、綿谷さんが……千早ちゃんに、好きだって……。きちんと正座して頭下げながら、大学はこっちに来るつもりだから、気が向いたら一緒にかるたしようって……」 「……!」 冷たい手に心臓を鷲掴みにされたような、奏の言葉。菫がその後を引き継いだ。 「綿谷さん、綾瀬先輩に返事は求めなかったんです。先輩もなんか呆然として畳に倒れ込んじゃって……表彰式始まった時には綾瀬先輩、部屋の中にいませんでした」 二人の言葉を耳にした太一の心拍数が跳ね上がる。新も千早の事が好きだという事は気付いていた。ただ当の千早が恋愛に関して無自覚なままだったから、太一は彼女がちゃんと親愛の情と恋愛感情を区別できるまでは無理に告白はしないでおこうと思っていた。 (けど……新が? ……言ったのか、好きだって……) 太一の中で嫌な感情が頭をもたげ、雨など降っていないのに、雨粒が傘を打つ音が聞こえてくる。 (……新が転校してくるまで、おれはずっと千早の一番近くにいた。あいつが福井に帰ってからも、おれはずっと千早と一緒に頑張ってきた。……千早のために。……千早がおれを、おれだけを見てくれるために、ずっと言わずに頑張ってきた。……それをおまえはまた、横から攫ってくのか? 新……!) なんで新はほんの少しの言葉だけで、おれが必死に詰めてきた千早との距離を抜き去ってしまえるんだ。子供の時もそうだ。千早がクイーンと対戦して思い悩んでいた時もそうだ。団体戦まで視野に入れてきたのも……いや、そうじゃない。だけど、だけど、だけど───! 「あっ、部長!」 気付けば太一は駆け出していた。表彰式があった広間から、控え室へ。きっとまだ、そこに居るだろうから。 音高く襖が開けられた時、驚かなかったのはただ一人。試合で着ていた袴から、いつものジーンズ姿に戻った新だけだった。 「あ、太一」 「……なんでだよ」 太一がここへ来る事をある程度予想していたのだろうか、新は落ち着いた物腰で太一の顔を見ている。それが今は余計に腹立たしい。 「なんで、千早に返事聞かねーくせに、好きだとか言ったんだよ、新! 千早がイエスって言うのは聞かなくっても分かってるって、そう思ってんのか……?!」 自分でも言っている事が滅茶苦茶だという認識はあった。だが新の顔を見た途端、歯止めが利かなくなってしまった。 「……ほんな風には思ってえん。おれはただ自分の気持ちを伝えたかっただけや。……誰が何言うたかって、決めるのは千早やろ?」 新の口調はいつも通りの静かなものだ。だが今の太一には、その落ち着いた口調が千早との関係について、アドバンテージがある者の余裕に感じられてひどく苛々する。 「おまえはまた、そうやって出し抜いて割り込むのかよ……!」 「……またって何や、太一」 新の口調にも不穏なものが混じり始める。 「小学校ん時の事言うてるんやったら、筋違いもいいとこや。眼鏡も札の入れ替えも、おまえが自分でやった事やろ。ほんな事して千早の側に居たかって、」 「言うなぁっ!」 太一の叫び声が控え室を揺るがせる。次の瞬間、新がかけていた眼鏡が畳の上を二、三度転がった。 「……な、何するんや君!」 ようやく我に返った南雲会の者達が、二人の間に割って入る。太一の拳で眼鏡を飛ばされた新は殴られた目元を乱暴に拭って口を開いた。 「太一、気ぃ済んだんやったら出てって」 感情を押し殺した新の声。その口調には覚えがあった。福井の家で「もうかるたはやってない」と言ってきた時と同じ、二度は言わないという意志を込めた拒絶のトーン。 「……言われなくても、もう来ねえよ」 南雲会の人にだけは頭を深く下げて、太一は控え室を後にした。新の顔を殴った右手の甲がじんじんと痛む。 「畜生……んな事、分かってんだよ……おれだって」 太一が本当に殴りたいのは、過去の自分だ。変な方言を話す、貧乏で冴えない転校生と蔑んでいた相手が千早の関心を引いたと知り、あんな手段を使ってまで千早の側から排除しようとした。 (千早にも、原田先生にも白状できてねーじゃねーか……) 校内かるた大会で自陣の札をこっそり入れ替え、得意満面で札を取る過去の自分が脳裏に浮かぶ。 「クソっ!」 右拳を力一杯壁に打ち付けても、いっかな心は晴れなかった。 |