Causes/Effects Another 2
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「……」 自室の床に蹲って、千早は携帯の画面をじっと見ている。 (……何をどう書いても、上手く伝えられない。……伝わらない……) 『お前はおれが石で出来てるとでも思ってるのか』 そう言ってきた時の太一の表情は、初めて目にする、本気で自分に腹を立てていたものだった。 「ごめんって言ったのは私なんだ。……私が引き留めちゃ、いけなかったんだ……ゴメン、太一……ごめん」 今まで何かにつけて怒ったり突っ込んだりして来てはいたが、太一の表情にはどこかに優しさがあった。せめて謝りたいが、それさえもきっと太一をさらに傷つけてしまうだろう。 「私が追いすがっちゃ、いけなかったんだ……」 確かに太一の退部はショックだった。自分への気持ちはともかく、太一も同じようにかるたが好きな仲間なのは変わらないと信じていたから、止めないで欲しいと思ったのは本音だが、今になってそれがどれだけ太一の心を踏みにじる、無神経な言葉だったのかが分かる。 「小学校の時だってそうだ。私が新聞配達の事、考えなしに言ったせいで……新、あんな目に遭ったのに……!」 クラスの班ごとに机をくっつけ合って食べる給食の時間、新の机だけが他の三人から離されたのを見た時、あれだけ痛感した筈なのに、その日の放課後に、新からかるたを、「ちはや」を、そして自分の夢を教わった事で、けろりと忘れてしまった。そしてまた、今も同じ事をしている。 太一がかるたそのものさえ「出来ない」と言った事を、どう新に説明すればいいのか、それも分からない。小学校のかるた大会で自分がした事を話してまで、好きだと言ってきた太一の気持ちを聞いている時に、決定戦の後に新が告げてきた言葉の意味を考えた自分。そして太一の思いには応えられなかった事も。 『もし、気が向いたら、一緒にかるたしよっさ』 それが新にとってどれだけ真剣で大切な言葉か分かるだけに、無自覚に人を傷つける自分には受ける資格がない、と思う。せめて起きた事だけでも知らせなくてはと何度かメールを打ってみるものの、入力しかけたメールを削除して、書き直したものも結局また削除する、そればかり繰り返していた。新にそれを伝えるには太一の告白と自分の答え、そして無神経な発言に傷付いた太一がキスしてきた事も書かなければならない。そしてそれをまだ太一に謝ってさえいない事も。 「だけどそれって、きっと新も傷つける。部のみんなにも、打ち明けてない……」 彼の退部は自分のせいだと仲間に言っていいのかも千早は決めかねている。そしてこの事を新に伝えるのも、太一への仕打ち同様、新の気持ちを踏みにじってしまうのではないか。何も書いていないメール画面を見つめている千早の頬を涙が伝う。 「……新、私……何も話せない。話す勇気も、一緒にかるたする資格も、何も……ないんだよ、もう……。ごめん、ごめんなさい。太一にも、本当にごめん。いくら謝っても……きっと取り返しが付かない。それだけの事を私が、言ったんだよね……」 千早にも分かっている。それが自己憐憫に過ぎず、問題から目を背けているという事は。けれどどうしても、一歩が踏み出せない。新に全て話して幻滅される事、部員に、そして太一に謝ったとして許されない事が怖かった。 「泣く資格も、ない、んだよ……っ! でも、でも……!」 ぽろぽろと泣きながら、ごく短く書いたメールを一斉送信で新と太一の二人に送って、千早はベッドの上に倒れ込み、そのまま泣いた。 ◇ ◇ ◇ 「……っ……!」 自室に戻った時、千早からの短いメールを受け取った新は思わず息を飲んだ。『ごめん、さよなら』と、それだけ書かれた素っ気ないメール。 「……やっぱり、そういう事なんやな……。千早は、もう……太一の、もんなんや。いや、元々そうやったんや。……おれは、二人の邪魔になってまう。……違う、おれが割り込んだんや。……六年前に」 仮にも一度は友達と呼んでいた二人だから、邪魔だけはしたくなかった。推薦の権利は貰えたが、まだ変更もきくだろう。 「千早、太一。……おれ、こっち残るで。邪魔は、せんで……仲良う、やってってな。……それだけ、頼……むわ……」 新は顔から眼鏡をむしり取り、パーカーの袖で不器用に涙を拭う。それでも後から後から涙が流れて止まらない。 (……本気で、好きやった……。ほやけど、もう……、もう、おれには、何も出来ん。……したら、あかん……) 一緒に生きていきたかった。そう思うほど、千早の事が好きだった。けれどそれはきっと、自分だけが思った事なのだろう。新は頬を濡らしたまま、眼鏡を掛け、返信を送った。 『分かった』 たったそれだけ、それしか書けなかった。それ以外何も言える事はない。糸が切れたように畳の上に座り込んで、また泣いた。かるたの札さえ、今は見たくない。 (今は、真っ黒にしか……見えんわ。西の予選ん時と、おんなじや) 「何でなんや、千早……何の返事もせんくせに、決定戦の時、あんな事言うたんや……? 落とすんやったら、期待なんか、させんで欲しかった。好きやって言うた、あん時にばっさり嫌やって、何で、言うて……くれんかったんや」 責任転嫁だとは分かっていたが、他に何も考えられなかった。 ◇ ◇ ◇ 「千早……?」 お互い知る由もないが、太一もまた千早からの短いメールに一瞬言葉を失った。 「……いや、もうどうでもいい。あんな事言われて、まだ友達で居られる訳ねえんだよ。……それともまだ戻れるとか、おめでたい事思ってんのか、あいつ……。どんだけ人をバカにしたら気が済むんだよ」 こんなメールを送ってきたのなら、思った通り大学に進んだら新と付き合うのだろう。 「んなもん、見たくねえ。さっき送ったメールで、新も分かってるはずだ。おれが千早にキスしたのは、八つ当たりだって事。……いいさ、付き合うでも何でも、好きにしろよ。……おれはもう、降りる」 手に持ったままのスマートフォンで、『勝手にしろ』とそれだけ送信する。 「……ちくしょう!」 何年もの月日が完璧に無駄だったと思い知り、太一は壁にスマートフォンを投げつけた。液晶が割れ、細かい部品が飛び散ったが、それもどうでも良かった。 (明日にでもショップ行って、番号ごと新しくしちまえば、いい。……部にも白波会にも戻る気もねえし。うちの家族と、学校や予備校の先生にだけ知らせりゃいいだけなんだしな……) かるたの札なんか、見る気も起きやしない。蓋を開けたところで、どうせ真っ黒だ。 「馬鹿野郎……千早の、新の……おれの、バカやろう……」 ソファにどさりと身体を沈め、その言葉を延々と呟きながら、太一は泣いた。 ◇ ◇ ◇ 「……」 一度ベッドから起き上がり、新と太一それぞれが送ってきた短い返信に目を通した千早は、またベッドに横たわる。意識していた訳ではない。全身の力が抜けてしまっただけだ。 「当たり前、だよ……。許してもらえなくて、嫌われて、当然、だよ……」 あんな事を言わなければ良かった。二人からの、好きという言葉を聞かなければ良かった。千早の心の中をその言葉だけがぐるぐると周り続ける。 (……明日、みんなにも話そう……太一の退部は、私のせいだって。二人を傷つけて、のほほんと……かるたする資格なんか、ないんだって……) 肉まんくんも机くんも、かなちゃんも、自分がかるたをしたいという勝手な思いで部に引き入れた。菫ちゃんが元から太一を好きだと分かっていたのに、思いを叶える前に太一が退部したくなる決定打を与えてしまった。 「……一年の時だって、合宿で無理させて……近江神宮では前の晩に興奮して倒れて。新にもみんなにも迷惑かけて。次の年だって、左手で取るってワガママ言って。ううん、団体優勝とか個人戦各階級優勝なんて言っておいて。詩暢ちゃんとの約束破って。私、どれだけみんなの気持ち、踏みにじってきたんだろう……! 最低だよ……!」 自己嫌悪に苛まれるが、それは自分が受けるべき罰だ。ただひたすら、新に、太一に、そして部のみんなに対してごめん、と千早は呟き続けた。 |