Causes/Effects Another
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練習に行くため、いつも通り制服をハンガーにかけて着替えていると、携帯のメール着信音が届く。送信者名を見て新の目がふっと和んだ。 「……太一からメールもらうの、何か久しぶりやな」 かるたに復帰した高校一年の時はそれなりメールのやり取りはあった。初めて携帯電話を持つようになった新が試しにメールを送ってみたり、それに太一が大丈夫だと返してくれたり。 (まあ、その後は試合の事ばっかやったけど、なんか楽しかったなあ) その頃太一から受け取ったメールには随分励まされた。 『おれも必ず東日本代表を目指すから、新は西日本代表になれ』 その短い文章には、挑戦者決定戦で会おうという太一の決意が込められている。だから一時期、自分と同じようにかるたから遠ざかろうとした村尾にも、戻って欲しいと諦めずに働きかける事が出来た。 「何やろうな」 普段なかなか会えない友達からのメールを、新はどこかわくわくした気分で開いた。 「……え」 短い一文に、新は絶句する。 『おれ千早に告白した。で、キスした』 言葉の意味は分かるのに、それがどういう事なのか新の頭はなかなか理解しない。考えようとするだけでも目眩が起きた。 (……千早と、太一が……) 自分の中にあった千早への想いを告げた後、太一もまた彼女の事をずっと思っていた事には気付いていた。そしてこんなメールを送ってきたという事は、千早はきっと、太一を選んだのだろう。だから半年以上、千早は自分の告白に何の返事もしなかったのか。 「おれは……どうすれば、いいんやろう。……太一に良かったの、って……千早におめでとうって、言えるんやろうか。……あっちの大学行って、二人見て……友達で居続けられるんやろうか。おれっていう存在が、二人の邪魔になるんでないんやろうか……」 それへの答えが何一つ見いだせない。 「練習、行かな……」 そのメールから逃げるように、新は南雲会へ向かった。 ◇ ◇ ◇ 「……おれ、最低だ。一昨年、あいつんち行った時『押しつけるな』って千早に言ったくせに……おれが今感じてる気持ちを、少しは感じろとかって、新に押しつけて……」 もう、友達じゃねえよ。太一は呟いた。送信済みのメールフォルダには、今さっき自分が出したばかりの文章が残っている。 『おれ千早に告白した。で、キスした』 嘘ではないが告げていない事はある。自分の告白に千早が消え入りそうな声で「ごめん」と言った事、退部届を出したと知って自分を追い掛けてきた千早に、退部なんていやだと傷口を更に抉られるような事を言われた事。新宛てのメールを打っている時、それらを意図的に省いた。 「こんなメール、八つ当たりでしかねえ」 その事は自分が一番よく分かっている。頭が冷えたら、わざと書かなかった部分も新に送るべきだと思うが、その時がいつ来るのか太一自身、何とも言えなかった。 「結局おれは……卑怯者のままなのか……」 そこから抜け出そう、変わろうとあれだけ努力したのは自分のためなのは間違いないが、全てではない。千早のために頑張ってきたその気持ちを、当の本人が粉々に砕いた。 『退部なんてイヤだぁ! やめちゃやだ!』 単に成績が落ちて退部を余儀なくされたのなら、仲間にも千早にも何とか納得してくれるよう話せたかも知れない。 『───ごめん』 好きだという言葉にそう返してきたのに、かるたにだけは引き留める。そんな千早に知り合って以来初めて本気で腹を立てた。 自分だけでなく部員たちも、よく千早の言動を「天然」と呼んでいた。 「んなもん、相手次第……自分がその相手を好きか嫌いかで変わっちまう話だ」 恋愛感情でなくとも、千早に対して好意的な人間はその性格を「天然」と評するだろうが、元から彼女を気に入らない人物なら「無思慮」と受け取る。 「おれだって、今まではそう思ってた」 今までも千早の言動に苛立つ事もあったが、恋愛に疎く、思ったままを口にする天然さと素直さ、それが千早だと思えていた。 「だけど……あの日は違う。……あいつの鈍感さ、無神経さに本気でムカついた。だからあいつにキスしたんだ」 ただ、それが無神経な事を言った千早に対しての最後の意思表示なのか、千早の心を奪った新への報復なのか、あるいは心が得られないなら、せめて今まで求めていた事ぐらいは、と思ったのかさえ自分の事なのに分からなかった。 ◇ ◇ ◇ 散々な結果だった南雲会での練習を終えた新が自宅にたどり着くと、自転車のブレーキ音を聞いたのか由宇が回覧板を手に勝手口から歩いてきた。 「はいこれ。資源回収と、公園掃除と、あと公民館の行事予定やわ」 かるたに集中するあまり、新はこういった物に目を通すのが後回しになる。だから新の両親が留守にしている時に回覧板を持って行く度、毎回由宇が中身について短く話す事にしていた。試合でいい結果を出せた時は、その後饒舌に今日はどうだったかと言い始める。新のそうした「かるた以外の事へのお留守っぷり」は、機嫌を測る一つのバロメーターとも言えた。 「……」 が、今日の新は妙に顔色が悪く、黙りこくったまま自転車のスタンドを立てている。祖父から厳しく躾けられていた筈の礼さえ口にしない様子を見て、試合の結果がこの顔色の原因ではない、むしろ何かがあったせいで試合結果が悪かったのだと由宇は気付いた。 「……何が、あったんや? 新」 その問い掛けにも、新は俯いてただかぶりを振る。言いたくない、という意味なのは分かる。けれど新の表情はひどく暗くて、見過ごす事は由宇には出来なかった。 (綿谷先生が亡くなった後の、新みたいな……ほやけど、あの時とはちょっと違う感じするわ……) 「中で話そっさ」 「いや……。由宇にも誰にも、何も話せん。当事者のおれら以外に出していい話でないんや。……ほやから、聞きだそうとか……せんといて欲しいんや……頼むで」 新が本気で言っているのは声音で分かる。それでもやはり心配だった。 「言いたい事は分かるんやけど……あんた、酷い顔色や。……放っとけん」 「話せんって、今言ったやろ! 何で分からんのやし!」 由宇の言葉に被せるように、お節介にも程がある、自分にも我慢の限界はある、と新が怒鳴ってきた。そのまま玄関に入り、ぴしゃりと戸を閉めてしまった。 「……新、ごめんの」 小さく呟いて、由宇は自宅に戻った。 |