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Chatting 5

新と太一の会話(真面目Ver.)



 「……周防さん、本当に引退してまうかも知れんけど、もし……もしもや。引退撤回とかやったら。……おれが、倒す。来年の名人戦で」
 新は拳をきつく握って言い切った。
「おれにも西の予選の時に『きみを見ててもテンション上がらない』って言うてきたけど、千早に言うた事はもっと許せんし、原田先生とか他の強い選手への敬意も何もない。確かに周防さんは天才やけど、ほやからって何言うたかっていい訳でない」
 新の言葉を聞いているうちに、太一の心の深い所からも、わき上がってくる思いがあった。
「新。……おれも、東の予選に出る。だから、おれかお前……東西の決定戦で勝った方が、周防さんを倒そう」
 新の憤りと同じものが太一の心の中にもある。確かに強敵揃いの東日本予選だが、負けてなどいられないと心の底から思えた。
「そう言うてくれるって思ってた。受験の調整かって、太一なら大丈夫やろし」
 太一の言葉を新は至極当たり前に受け入れている。おもむろに立ち上がり、押し入れを開けると中の段ボール箱から古いノートの束を手にして太一の前に戻ってきた。

 「……これな、富士の佐藤先生……佐藤清彦九段の形見分けで頂いたノートなんや。先生とじいちゃんの対戦記録とか、歌について思う事とか色々書かれてるんやけど、中に先生が昔、当時の永世名人から聞いた『強い名人に共通するものは何か』っていうのも書いてあるんや」
 言いながら新はノートを開き、大会前に自分が参考にしたその部分を太一に示す。
「え、そんな大事な物、おれ読んでいいのか?」
「うん。これかって『巡る』って事やが? ……ほれに、書いてある事から何を思い付くかは、おれら次第やから」
 新が頷くのを見て、太一はノートをそっと受け取り、綴られた流麗な文字を追っていく。名人の言葉だけでなく、新の祖父と佐藤九段の六十年が太一の脳裏にも色鮮やかに描かれていくようだった。
「すげえ。……他に言葉が見つからないぐらいだ。……新、お前にとっても宝物な筈のノート、読ませてくれて……お礼の言葉さえ見つかんねえ気分だけど……。おれも自分のかるたで佐藤九段の言葉をどう活かせるか、やってみるよ」
 太一は布団の上にきちんと座り直して頭を下げた。
「きっと次に試合で会う時は、太一はもっと強なってるやろうの。……決定戦で、会おうの」
「ああ。東西決定戦で、戦おうぜ」
 新と太一は真正面から視線を交わし合って頷いた。

 「……名人戦って言やあさ。武村さんが原田先生の前に戦ってるけど……あの後半年ほど、かるた取れなくなったって聞いたな。……心折られちまった、って事なんだろうけど……」
 太一の言葉は新の脳裏にもう一人「かるたが取れなくなった者」を思い出させた。
「村尾さんもや。名人戦でのうて、周防さんが名人なった年の東西決定戦で試合してから後、えらく調子落としてもうて。おれが丁度、かるたに戻って来たのと入れ違いみたいに、一時期やめてもてた」
 千早や太一を見習って諦めずに村尾の元へ通った結果、幸い村尾は再び南雲会に顔を出すようになってくれたが。
「……何で、なんやろの。過去の名人かって、めっちゃ強い人ようけ居ったけど、対戦したもんがかるた止めたくなったって話は聞いた事ない。……何で、周防さんと試合したもんだけが、かるたそのものまで嫌いになりそうになるんやろ」
 新は腕組みをし、自分でも考えながら小声で呟いた。
「ん……。確かに、才能はピカイチだよな。読手の呼気だけで何の札か完璧に分かるぐらいだし。試合中に枚数差調整して取れるぐらいだし、狙って相手にミスさせる事も出来る人だ。……あれ?」
 太一が何かに思い当たったのか、急に声の調子を変えた。

 「枚数差とか、相手にお手つきさせるってとこだけなら……おれや千早がまだ初心者の頃、原田先生が練習でやってた事と同じだ。ほら、かるた始めてすぐの頃って、相手がこっちの陣に出しかけた手に釣られて、自分も自陣に触ったりしちまうじゃんか」
「太一、もしかして……ほんなのを名人戦って言う、最高峰を競う試合の場でやられたで、村尾さんとか武村さん崩れたって事か? 自分らかって必死に努力してきたのに、周防さんに初心者扱いされたって言うか、遊ばれてもたみたいに感じたっちゅうか……」
 新は急くような口調で太一に返す。おおよそ同意見だと太一も頷き返してきた。
「……よりによって名人戦で、ってのは精神的にくるかもな……」
「ほやったら、試合してんのが名人戦……勧学館でのうて、慣れた場所やってイメージしたら楽になれんか? ……白波会の道場とか、瑞沢の部室とか、とにかく自分にとってホームで、周防さんにとってアウェイになるような所」
 新に言われ、太一は軽く目を閉じて目蓋の裏に瑞沢かるた部の部室を描き出す。
「太一、今何見えてる?」
「……うちの部室の、ボロい畳。壁際に机寄せてあって、その側に部のみんなが居る。エアコン切ってるから、夏場はすげー暑い」
「ほんなら、太一。畳の上に座って、目の前に周防さん座らせてみ? ……練習試合に出向いた時と比べて、どうや?」
 そこで太一は目を開けた。
「……新が言ったの、なんか分かった気がする。過度にプレッシャー感じないで済むっていうか」
 太一の答えを聞いて新はにっこり笑う。
「うん。もっとイメージを強くしていけば、何も怖い事なくなるざ。……おれが昔、じいちゃんから教わった事の一つや」

 新は中学時代に祖父から「勧学館に座る自分を強くイメージしろ」と教わった。名人戦において勧学館の雰囲気は名人に圧倒的に有利に働く事を知っている祖父は、雰囲気に飲まれないよう、まずイメージの中で名人戦を新に「経験」させてきたのだ。
「……じゃあ、部室のイメージの中でも、袴着た方がいいのか?」
「いいんでないんか? 瑞沢はよう試合で着てるで、慣れてるやろし。……周防さん呼び出しての『名人戦ごっこ』やの」
「……ご、ごっこぉ?! ……ぷっ、ははっ! 新……おまえ……! あっははははっ!」
 太一は布団の上に突っ伏して笑い転げてしまった。しばらく苦しそうに呼吸を継いでいたが、ようやく目元を拭って顔を上げてきた。
「そう言やおれ、決定戦前に原田先生の練習用に、お前の配置で取った事あったけど……その時の千早がさ。完璧に周防さんになり切ろうって、部室に饅頭持って来てたっけなあ」
 名物化している「和菓子配り」まで真似て周防久志になり切ろうとしていたから、太一も照れを捨てて話し言葉まで「綿谷新」になってみた事を話すと、新の目が丸く見開かれた。
「へー……。おれになって取ってみて、どうやった?」
「ん、そうだな……おれ自身が渡り手って慣れてねえから、西田には不格好、って言われた。……けど去年の名人戦の後に、お前教えてくれただろ。『相手と同じくらいの感じを手に入れるのは難しくても、速く取る方法はいくらでもある』って。……それはちょっとだけ実感出来た気はする。おれの渡り手でも、一音目で勝負に出られたしな」
「やっぱ太一は適応能力高いのぉ。……おれ大会とかで何遍も東京とか行ってるけど、言葉そんなに変えられんし」
「……そこかよ?!」
 太一が突っ込むと、新は「冗談」と言って笑う。
「いきなり渡り手使こて、一音目で動けるんやで、特に何も付け足す事なかっただけや」
 祖父からみっちり仕込まれた年月の分、言うまでもなく新の渡り手の方が速く綺麗なのは間違いないが、元々の運動神経がいい太一なら磨けばすぐに上達するだろう。新のその言葉を聞いて太一もホッとしたような表情を見せた。

 「あー……おれ、大学進むの待ち遠しいてかなわんわ。……太一や千早と、早よ試合したい」
「夏に高校選手権あんのにか?」
 新の事だから今年も、少なくとも個人戦にはエントリーしてくるに違いない。そう思って太一は言葉を返す。
「まあそうなんやけど、試合の感想とか話す暇がないやろ? 東京からの往復やと、新幹線の時間とかあるし」
「あー……まあ、それはあるか。宿同じにすれば時間は取れるけどな」
 ただ宿に泊まる必要があるのは団体戦と個人戦両日参加する場合だ。以前部員募集のコツを新が問うてきた時「千早の強引さがほぼ全て」と躱してしまった太一には、「団体戦にもエントリーすれば宿で話せる」とまではやはり言いづらかった。
「うん。三年なったらまた、新入生に声掛けてみるつもりや。二学期入って学校で呼び掛けた時に何人か、兄弟にうちの学校受けるよう言うてみるって言うてくれたもんも居ったし、南雲会の方入っつんたモンにも聞いてみようとは思ってるで」
 新はやはり、団体戦も諦めた訳ではなかったようだ。
「新、ごめん。……前に部員募集のコツ聞いてきた時、おれ……少しだけ嘘ついた。西田や駒野の入部の時はおれも結構積極的に動いた」
「や、別に……いいって。千早と太一の熱意があったで、他の人もかるたやるようになったのはホントやろ?」
 長い間学校の部を軽視していた自分よりマシだ、と新は呟いた。






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written by Hiiro Makishima