Chatting 4
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「……自分の限界を決めん、か。……一番難しい事かも知れんの。人間かって生き物やから、何かしらの限界は絶対あるしの。千早かって多分それは分かってるんやろうけど、その中で出来る最大限の努力を惜しまんってだけでも、そう簡単でもないやろし」 少しだけ遠い目をして新が口にした「生物としての限界」は多分、祖父の事を指しているのだろう、そう太一は感じた。 「そう……だな。今お前が言った『最大限の努力』っての聞いて、おれ千早が高校受験の時、大会出るのずっと我慢して勉強に専念してたって話、ちょっと思い出したよ」 陸上もかるたも受験勉強もと欲張って全てが台無しになるよりは、と、高校でこそ大好きなかるたに百パーセントになるために、千早は一度白波会を休会という扱いにしてもらったと言っていた。 (……そう言うたら千早、『手に入れたいものほど手放す』んやって、話してくれたもんの。……全力でかるた出来るように、一度かるたそのものを手放した……。ほやから決定戦の後のあの言葉は、あんだけ説得力があったんやの……) 太一の話を聞きながら、新は決定戦の後話した時の千早が迷い無く答えてきた事を思い出していた。 「合格決まってから、春休みの大会で一発勝負でB級に上がって、その後四月の大会でA級になったんだよなあ、あいつ」 「え? ……四月の、って、A級なったよって電話してきた時やろ? B級上がって一ヶ月も経たんうちにA級なったんか、千早?」 眼鏡越しの新の目が大きく見開かれる。 「……驚きだろ。実を言うとおれさ、高校入ったばっかの時は、かるたじゃなくて何か別の事しようって思ってたんだ」 「……え、何で。年賀状にかってかるた好きやって分かったで続けてくって書いたったのに……」 太一は少し困ったような笑みを浮かべてから、ゆっくり話し始めた。 「中一でB級に上がって、おれも一度そこで白波会辞めたんだよ。勉強も他の事もみんな中途半端になるからって。……ただ運良く学校でかるたに接する機会があったから、同好会って形でやってはいたんだ。……けど、そうやって力付けていくうちに、お前との差、って言うか……千早が一目で魅せられたような、お前みたいなかるた、おれには出来ないって段々分かってきちまって」 そんな太一をかるたに引き戻したのは原田先生の言葉と、千早が取る楽しそうなかるた、そして一旦は遥か遠くに感じるようになってしまった、三人で交わした再会の約束だった。 「……お前がさ、自転車で追い掛けて来ただろ。あん時思ったんだ。千早は『かるた続けてまた会う』約束を絶対果たそうと決めてて。新も『もうかるたはやらない』って言ってたけど、心の奥底にはやっぱりあの約束が大事な物として生きていて。……電車の窓からお前を見た時、おれ自身やっぱり、会いたかったんだって分かったんだ。……だからあの約束をもう一度信じようって思えて、部を作ったんだ」 そう話す太一はすっきりとした笑みを浮かべていた。 「……千早も太一も、あの頃の年賀状とか手紙に書けんかった事色々あったんやの。……おれも、そうやったけど」 「お祖父さんの事か。……おれらが帰ろうとした時に、お隣さん……芦野さんだっけ、彼女がちょっとだけ話してくれたよ。……親父も時々言ってたけど、介護って患者本人ももどかしくて辛いけど、支える周りの人間も並の負担じゃないらしいのに、新は愚痴も言わないで頑張ってたんだな」 太一の言葉に新は少し複雑な顔を見せた。 「おれは……ほんな立派なもんでない。中学ん時、さっきちょっと話に出した翔二から『名人のじいちゃん自慢やったんやろけど、今となっては逆やな。えん方が練習出来ると思ってるやろ』って言われて喧嘩んなった事あったんやけど……。おれの心のどっかにも、練習出来んくて焦ってる気持ちがあったで、翔二の言葉にカッとなっつんたんや」 新の顔が歪む。練習が十分に出来なかったのは確かに祖父の介護があったからだが、それを「祖父のせい」とは思いたくなかった。祖父だって脳溢血になりたくてなった訳ではないのだから。 「ほやのに……一時的に意識がはっきりしたじいちゃんに行けって言われて、おれは大会に行っつんた。みんなに取り残されとない、って。……高一の時、神宮で千早が熱出して倒れたやろ。太一んとこの先生が病院手配してる間、おれ側に付いてたんやけど、その間もずっとその事考えてた。……途中目ぇ覚ました千早が、棄権を受け入れられんくて酷く泣いたで、尚更思ったんかも知れん。……おれは千早ほどには真っ直ぐで居られんかったんや、って……」 「新のそれは、真っ直ぐかどうかとは違うんじゃないか? ……お前にとってお祖父さんって、かるたの神様だったんだろ? おれ身内の介護経験ってないけど、おれがお前でも、神様から行けって言われたら、やっぱ言う事聞いたと思うよ」 太一の声音は今まで聞いた事がない程穏やかで、優しい響きを持っていた。 「おれだけじゃなくて、千早もそうしただろうな」 「……ありがとう、太一」 千早の名前が出た事で、新は二人がここを訪れた時千早が置いていった手紙の事をふと思い出した。 「前に二人がここ来た時、千早、おれ宛に手紙書いてきてたやろ。……会えなければ会えない程、おれが千早にとってかるたの神様になってくみたいや、って書いてあったんや。……ほやけど封筒の中に、ようけ饅頭の包み紙が入ってて。そっちには色々メモが書かれてたんや。おれの携帯番号がどうやとか、原田先生が写メ送れって言ってたとか」 新の口から出た「饅頭」という言葉で、太一も、米原行きの新幹線の中で千早が必死に饅頭を頬張りながら包みの裏に何か書き付けていた事を思い出して小さく笑う。 「そう言やあ、あいつ新幹線の中で饅頭食いまくってたな」 「……想像出来るわ。ほやけど、おれな。綺麗な便箋に書かれてた手紙より、その饅頭の包みに書いたった事の方が何倍も嬉しかったし、気持ち救われた気するんや」 新はしみじみとした口調で告げた。 「案外、そういう何気ない態度や言葉の方が実は大事だって事、多いのかもな」 言いながら太一は、転校生だった新が千早の何気ない一言で楽になったように、修学旅行をサボって出た東日本予選の時、会場に乗り込もうとした母親に向かって後輩の花野菫が告げた「先輩は自分になりたくて頑張っている」という一言が、自分を幾分楽にしてくれた事を思い出す。 「ほやの。……おれも経験ある。全国大会で頑張ってた千早と太一の姿も、勿論おれに力くれたんやけど、運営の吉岡先生がおれに『綿谷先生にまた会える。きみのかるたは先生そっくりだから』って言うてくれて」 その言葉が競技かるたに戻れるかどうか迷っていた新の、最後の枷を解いてくれたから「次は試合で」と書き記す事が出来た。 「……新のその短い一文見た時、千早も泣いてたよ。お前にちゃんと届いてたんだって」 「人のそういう気持ちって、やっぱほんな風に巡っていくもんなんやの」 そう独りごちた時、新はふと、さっき話していた周防の言動を思い出した。 「……ほうか。周防さんだけ異質に思ったのって、誰かに『巡って』ないで、なんや……」 「どういう意味だよ」 新の一言が唐突すぎて、今の会話の何から周防の話に繋がったのか流石に太一にもピンと来なかった。 「かるたが一番いい例や。周防さんかって、かるた始めた時は誰かから基礎教わった筈やろ? ほやけど、自分の後に来た人に何も教えてえん。……自分が受け取るばっかりで、そこで止まっつんてるが」 「強すぎて相手がいない、って事は確かに須藤さん言ってたけどな。……あ、そうか。周防さんの得たノウハウを全部じゃなくても、後輩の人とかが出来そうな部分だけでも教えてたら、自分の試合相手が務まる選手も生まれてくるかも知れないよな」 ようやく新の言いたい事が分かった太一も意気込んで答える。人並み外れた『感じ』の良さを教える事は出来ないかも知れないが、誘い出しのコツや試合中の気持ちの保ち方など、他の選手にも役に立つ事はある筈なのだ。そうやって後進を育てていれば、中には周防の練習相手になれる者も出たかも知れない。 「中継で見た感じやと、周防さん囲い手めっちゃ下手やが? 多分、人から教わった時期もほんな長ごないんやろの。……普通やったら、かるた会とか部の先生とか先輩から『そこ修正せんとあかん』って教わるけど、なまじ抜群の『感じ』が備わってて強かったもんやで、修正せんくても勝ててもて、恩を感じる程長く教わってはえんのかも知れん」 「……その意味じゃ、新と対極だな。お前はお祖父さんに小さい頃から手ほどき受けて、その後も南雲会の人から指導受けて来てるもんな」 「うん。ほやからおれも、いつか自分が受け取ったもんを伝えていきたいって思うんや」 「おれや千早に教えたみたいに、だろ?」 太一の言葉に新はこくりと頷く。 |