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Chatting 3

新と太一の会話(真面目Ver.)



 布団には入ったものの、何となく寝付けなかった太一は小声で新を呼んでみた。もう寝付いていたら話すのは諦めて眠気が来るのを待とうと思ったが、呼び掛けに応えた新の声にも眠気は全く感じられない。
「……どしたんや、太一」
「や、あのさ。……おれ実は、周防さんと練習試合した事あるんだ。千早から聞いてないか?」
 真面目な声音を耳にした新は身体の向きを変え、太一の方を向く。もっとも電気は消えているからお互いの顔は見えないのだが。
「いや、初耳や。周防さんと取ったとか羨ましいな。詳しい事、教えてや」
 まさにその周防と対戦するために、東西の実力者が熾烈な予選を戦う事を思えば、練習とは言え試合が出来た太一は競技者からすれば羨望の的だ。
「あ、ああ。……けど、おれが今話したいのは試合そのものじゃなくて、周防さんの言動の方なんだ。いや試合の事も勿論話すけど」
「……うん、分かった。ほんなら電気点けて、起きて話そっさ」
 新が言うと太一は身軽に起き上がって蛍光灯の紐を引く。新は枕元に置いた眼鏡を掛け直し、ベッドから降りると太一の前に座り直し、じっくり話を聞く体勢に入った。

 「……十一月から二ヶ月しか練習せんって、そういう事やったんか」
 太一から語られた試合内容も新を圧倒させるが、周防の極端に短い練習期間の原因が遺伝性疾患のためと知り、新は溜め息混じりに答えた。
「普段の言動が変わってんのも、病気のせいでって思われんように、なんやろの。……悟らせとないんか同情されとうないんかは分からんけど」
 かるた協会の重鎮達から煙たがられている、長髪にひげ面、濃いサングラスという出で立ちも恐らく「目のためにサングラスを掛けている」事を目立たせないためではないか。新の言葉に太一も特に異論は唱えなかった。
「……だろうな。こう言っちゃ悪いんだろうけど、外見をこれでもか、って胡散臭くさせちまえば、サングラスもその一つって大抵思っちまうだろうし、本人の言動がそれに拍車かけてるよな。……おれだって、その事聞くまではやっぱ変人って思ってた。……千早、よく気付けたなって思うよ」
 原田と新が戦った決定戦前の練習で、千早は「周防になりきって」いた。その経験を踏まえて練習試合に臨んだからこそ周防は目に問題を抱えているらしい、と誰よりも早く気付けた。
「ただ、いくら周防さんがそういう事情含みだとしても、試合後千早に言った事だけは許せなかった。……周防さんに翻弄させられても、千早は気持ちを立て直して食らい付いて、曲がらなかった。……それを曲げたいからって、あんな事……!」
 太一が声を震わせたまま、周防が千早に告げた心ない一言を正確に再現すると、向かいに座っている新の手もきつく握り込まれていった。

 「な、何やそれ……試合で叩くのは分かるけど、千早が真っ直ぐやで曲げたくなるって、何やし?! ……あ、ごめん。つい……」
 夜中だという事を一瞬忘れて大きな声を上げてしまった新が詫びる。
「いや、おれも同じような事周防さんに言った。……おれ二戦目だったから、周防さんのやり方とか試合前に分かってたし、その事あったから勝ち負けはともかく、お手つきだけは絶対しねえってだけ思って取ったんだけどな」
 周防のプレイスタイルに魅力も感じてはいるが、千早への一言はまた別の問題だ。
「太一、凄いな……」
 事前に手の内を知っていても、あれだけの『感じ』を持っている相手からのフェイントに完璧に対処できるとは限らない。子供の頃からずば抜けた運動神経と頭の良さを兼ね備えていた太一だから出来た事だろう。そう新が言うと、もしかしたら千早のような「感じ」を持っていないから逆に翻弄されずに済んだのかも知れないと太一は言葉を返してきた。
「おれの事はいいんだって。あの人さ、名人って立場が持つ言葉の重み分かってねえのかな……」
「ほうは思わんな、おれ。もし周防さんと同じ事をさ、おれとか太一とか、同じA級のもんが言うただけやったら、自分をもっと強うする方に気持ち向けるやろ、千早は」
 むしろ周防は「名人」という高みから言われる事の影響力を十二分に知った上で言っている気がする、と新が言うと太一も納得して頷いた。

 「新、お前……須藤さんと試合で当たった事ってあんの?」
「……元北央学園の目ぇ細い人やっけ? ……あー、うん。中学ん時にの。……負けたけど」
 試合に負けたというより、あの時は「試合以前に自分に負けてしまった」と新は考えている。だからこそ試合後に須藤から言われた一言は痛烈に新を抉ったのだ。
「あの人って周りから『ドS』って言われてっけどさ。試合の時の心理戦だけっつーか……今度の事あって思い返してみると、揺さぶりはするけど叩き潰してはねえんだよな。ヒョロとか北央の後輩からは慕われてるし、逆にヒョロが勝った時なんか、須藤さん嬉しそーに笑ってるしさ」
 太一の言いたい事はよく分かる。鋭い目付きや横柄に聞こえる物言いであっても、須藤が口にする言葉にはどこかに「アドバイス」が含まれていた。
「うん、分かるわ。知った顔からかうとかは別やろけど、あの人が言うてくんのは先輩として気がついた事や。……違う言い方するんやったら、強うなりたいんなら克服せえ、ちゅう感じの事って言うんかな。……勿論ほんでも次も勝つって言いたいんやろけど、言われた相手がかるた自体を嫌んなってまうような事は言うてえん。……まあ優しい言い方出来んのは性格なんかもの」
「はは、言えてる。新んとこの村尾さんなんか、スッゲー穏やかそうだもんな」
 新と太一はしばらくの間、それぞれが知る「かるたの先輩」について、こんな事があった、あんな話をされたと言葉を交わし合う。名前が挙がれば挙がるほど、周防の言動だけがそれと性質を異にするという印象が濃くなっていく気がした。

 「強いのは自分だけでいい、っていう感じなのかなぁ。それとも『どうせ誰も自分には追いつけない』って思ってんのかな」
 太一の言葉を聞いた新の脳裏に、ふと高校選手権の時話した詩暢のイメージが浮かんだ。
「……詩暢ちゃんが前は、ほんな感じやったかもの。誰も自分には本気にならんのやし、仲間なんか要らんって」
 ただ彼女の場合は自身が周囲から敢えて遠ざかるスタンスだった。
「逆だよな、それ。……少なくとも試合で当たった選手は全員、本気で向かってってるのは確かなんだしさ」
 太一と新にとっては、本気でクイーンに挑んでいる実例が身近に居るだけに、そこに疑問の余地はない。そしてそれが伝わりだしたから、最近の詩暢の言葉には強い相手への敬意が含まれるようになっていた。
「うん。ただ詩暢ちゃんは言う事も行動も、一人を貫いてたでさ。誰かを教える事もせんけど、酷い事も言わんが? ……まあ京都の子やで、本音そのまま言うのは無粋やって思ってるとこはあるけど、それは詩暢ちゃんだけに限らん話やし」

 親戚が京都に住んでいる新は、そういう物言いにある程度昔から慣れているため、詩暢の「イケズ」も笑って躱してしまえるが、同じ福井の人間でも勧学館の和室で一緒だった翔二などは呑まれていた所がある。
「……へえ。けどよ、呑まれるかどうかもやっぱ、言ってきた相手をクイーンだって見てるか個人として見てるかの差はあるんじゃねえ?」
 周防の言動が持つ影響力と同じで、同じかるた競技に身を置く人間だからこそ「クイーン」の言葉、として高いところから言われているように受け取るのではないか、と太一は言葉を返した。子供の頃も含め、詩暢に完勝している新だから彼女の言葉を「若宮詩暢個人」の発言として流せる面はあるだろう、と。
「んー……あるかも、知れんの。ほやけど受ける印象みたいなもんがやっぱ違う気はするの。面倒見のいい先輩って側面っちゅうか……言うたら他人に見せる顔、やろか。周防さんが後輩におやつ振る舞って、頑張ってー、って言うのはそう見せたいんでないかって思うけど」
 どちらにしろ自分の本音は見せないという意味では似ているが、その根底にある感情が違うような気がする、と新は話を続けた。

 「もちろんおれの個人的な意見やで、間違ってるかも知れんけど……傷つきたくないで人遠ざけるか、深く関わって欲しくはないけど、いい人っぽい顔はしときたいか、って違い……かの。おれらかって多少は経験あるやろ。あんま良う知らん人やけど愛想良うしとかんと、って事とか」
「あー……あるな。馴れ馴れしくされない程度には他人行儀に、でも『嫌なヤツ』って言われねえ程度には接するって言うか。……だとすると周防さんも過去にそういう経験したって事なのかもな。天才過ぎて周りにドン引きされたとか」
 そうした経験から身に着けた処世術だとすれば、周防は内心誰にも気を許していないのではないか。太一はそう問うてきた。
「うーん……そればっかりは分からんわ。……おれ天才でねぇし。太一も地頭いいけど、かるたに関して言うんならやっぱ努力型やろし」
 太一は即座に頷いてきた。
「前にうちの西田が千早のかるたはムカつくけど天才型だって言ってた事はあったけど……千早は『単なる』天才って訳じゃねえしなあ」
「千早は努力の大事さ知ってるしの。……て言うか、反復練習って根ぇ上げたくなる人も多いけど、千早はかるたが好きやで、練習も楽しんでまうやろ。苦手克服する時って自分が強なったー、って実感得られるし」
「だなあ。うちの部で一番強いくせに、一番強くなりたがってるし。自分で自分の限界を定めないのが、あいつの強みかもな」
 太一の言葉に新も真顔で頷く。







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written by Hiiro Makishima