Chatting
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冬休みに入ったある一日。綿谷家の呼び鈴が軽やかに鳴った。 「……なんや、直接来たんかぁ。……まあ上がんね。……っと、ほやった。あけましておめでとう」 引き戸をカラリと開けた新は玄関先に佇む太一に向かって笑う。フレームの細い眼鏡が外の光をきらりと反射して眩しかった。 「や、住所知ってっし。わざわざ悪ぃじゃんか出迎えとか。……じゃねえや、あけましておめでとう、お邪魔します」 新に招き入れられて、太一は三和土でブーツを脱ぐ。移動時間を短くしようと飛行機と特急を使ってあわら市まで来たが、さすがに移動中座りづめで足がむくんだのか靴がなかなか脱げてくれない。 「ってか、雪すげえな。おれ駅前で二、三回滑りそうになった」 「……今年は少ない方やざ?」 けろりとした顔で新は言うが、東京育ちの太一にとっては脛に満たない程度の積雪量でも十分「大雪」だ。目を丸くしながら、ようやく脱げたブーツを玄関に揃え、新に案内されて居間へ通された。 居間のコタツには病院で顔を合わせた新の両親が座っている。太一は襖の側にきちんと正座して両手をついた。 「あけましておめでとうございます。先だっては大変失礼しました」 試合の時以上に折り目正しく深々と一礼した。新の両親はどうしたものかと息子の顔を見た。彼が来る事は息子から聞いていたが、親としてはそう簡単に割り切れるものではない。 「父ちゃん、母ちゃん。友達の太一や。今日、おれの部屋に泊めるでの」 迷いのない顔を見て新の母は諦めたような溜め息を一度だけ漏らすと、ようやく新と似通った笑みを浮かべて新年の挨拶を返した。息子が彼に殴られて入院した時は、視力が戻るかどうか分からないという不安も相まってどうしてもいい印象を持てなかったのだが、当の新本人が「太一は友達だ」と病室のベッドの上であっさり言い放ったため、両親もそれ以上太一を追及はしなかった。 「あの、これ……うちの親から言付かってきました。つまらない物ですけど、皆さんで召し上がって下さい」 家を出る時太一の両親が必ず渡すようにと預けてきたものだ。太一は袋ごと受け取ったため知らないが、手土産の他に太一の両親からの詫びと見舞いが一緒に入っている。 「ほんな気い遣わんでもよかったのに」 「おまえだって大会見に来る度に、おれらに土産持ってきてくれてたじゃんか」 毎回宿で取り合いだぞ、と太一が言うと、新がぷっと吹き出した。 「ごめん、笑ろてもて。……想像してもた」 「……おまえの想像、多分当たってると思う」 太一もくつくつと肩を揺らす。新と同じ事で笑うのは少しくすぐったい。 新が太一を自室に連れて行った後、居間に残った両親はぽつぽつと言葉を交わす。 「あんで良かったんやろか……新の目は何ともなかったけど、ほれは運が良かったでやが。ほんとに、良かったんやろか」 新には話していないが、病院の仕事で東京を離れる事が出来なかった太一の父親からは何度も電話を貰い、新の治療費は真島家で負担させてもらうとの申し出があった。そして身勝手な頼みだが、新さえ良ければまた太一と仲良くしてやって欲しいとも。 「……新が決めた事っちゃし。うら(俺)らには、信じてやる事ぐらいしか出来る事ないんかも知れんのぉ。……新も大きなったんやの」 名人位挑戦者決定戦の試合で新が見せた大人びた一面を彰は思い出す。 「ほうなんかも知れんの……」 襖の向こうを透かし見るような目で、麻里も呟いた。 「太一、荷物どこでも好きなとこ置いてや。……これ、座布団」 「や、そんな気遣わなくてもいいって……あれ?」 新の部屋の本棚は、学校で使う辞書類やかるた関連の雑誌が殆どを占めているが、一画だけ毛色の違うものが入っているのを太一は目敏く見つけた。 「これ、千早の姉ちゃんの写真集じゃんか。……新んとこにまで送ってきてたのか? 千早」 「え? ほんな事してるんか? ……あ、やばっ」 聞き返した時点で自腹で買ったと言ったも同然だ。堪えきれずに太一は笑い出す。 「新でも、そうやって慌てる事あんだな。なんか安心した」 「……安心て。おれ、どんな風に見えてるんや、太一には……」 少しむくれて言うと、太一はゴメンと言って寄越すが必死に笑いを堪えているせいで目尻に涙が光っている。 「いや……おまえっていつも冷静そうに見えんだよなあ」 「それ、試合で会うてるででないんか? ……太一かって印象違うで? 試合ん時って」 吉野会大会の決勝は凄かったと言うと、今度は太一が赤くなって照れる。 「おれの印象はどうでもいいんだっつの。……新もこれ持ってるって事は、中も見たんだろ? ぶっちゃけ、どうだったよ?」 太一は「Millennium」と銘打たれた写真集を掲げて聞く。 「や……おれは……まあ、びっくりしたけど……」 「そういう事聞いてんじゃねえよ! 大体バカな話しようって言ったの、おまえじゃんか。……もっとデカい方がいいとか、あるだろ、そういうの」 「で……っ、いや、おれはあのくらいでいいと思うけど……て言うか、わ、笑うなや?」 太一は即座にこくこくと頷く。 「表紙、水着やが? やっぱ顔似てるなあ、って思ったら、……それ千早に見えてもた。……千早もあのくらい、なんかなー……とか」 それだけを答えるだけで新は茹で上がったように真っ赤になり、冬だというのに汗が滲んでいる。 「新……おまえ、もしかして今まで彼女とかって……」 「い、いる訳ないが……おれ太一みたいにモテんし。顔かって平凡やし」 「……そうかぁ?」 新は平凡と言うが、直接見知っている中でも新の容姿は整っている部類だと太一は思う。多分学校などで遠巻きに見ている女子は少なからず居るのではないだろうか。ただ本人がそれに気が付いていないだけだ。 「太一は確か居たんやったの、彼女。だいぶ前に千早が電話でそんな事言うてなんだか?」 「あー、うん。居た。けど一年の時の全国大会の後で別れた。……つか、かるた部作ってからあんま会ってなかったし」 新は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で太一をじっと見返している。 「もっ……たいなー……」 「……そうかぁ? 気持ちがもうねーのに、ズルズル付き合ったって相手にも悪いじゃん。まあ付き合い始めはそれなり楽しかったけど。言う事きくし、やわらけーし?」 「やわら……っ?!」 「何でおまえが赤くなんだよ?! そういうの逆に生々しいからやめろって! 流せって」 そうは言われても経験のない新には十分刺激が強い話ではある。ごめんと口にはするものの、頭の中にあれやこれやと放恣な想像が勝手に浮かんできてしまった。 「はー……進んでるんやなあ……」 「おまえ時々古臭い事言うよな……あ、これお前に。『東京土産』な?」 着替えを入れてきたバッグから、紙袋を取り出して新に渡す。持ってみると結構な重さがあった。 「え、ありがとう……開けていいんか?」 「おう」 ガサガサと袋を開ける。DVDが何枚かと、雑誌が入っているらしい。新はDVDを一枚取り出してみた。ダビングしたものなのか、ケースには何も書かれていない。ディスクの方に小さな文字が印字されていた。「無修正」と。 「……ぶっ?!」 太一が持ってきたのは平たく言えば「十八才未満お断り」の詰め合わせだった。 「いやー探すの苦労したした。あ、パソコンでも再生できっからさ」 「た、太一……土産って何でこれ……」 太一はニカッと笑って親指を立ててみせる。 「そりゃおまえ、男同士の内緒話ってんなら、やっぱこういう系って必須アイテムじゃん? ま、実はおれもまだ見てねんだけど」 固まってはいるが、新の顔をよく見れば興味がないという訳ではなさそうだった。 「ほやけど、おれの部屋DVD再生できるもんってないざ。パソコンかって家族共用やし、下にあるし」 新がそう言うと、太一は鞄の底から薄いブリーフケースを取り出した。 「昔使ってたノートパソコンがあったりするんだなー、これが」 太一の用意の良さに新は舌を巻く。だがきっと、太一も旅支度の間色々考えてきてくれたのだと思うと嬉しかった。病室で自分が「太一とバカ話がしたい」と言ったから。 (考えたらおれ、同じ高校のもんともほんな話した事ないなぁ……ほやけど、こういう過ごし方も、楽しいなぁ) そんな事を思っていると、玄関がカラリと開く音が微かに響き、ついでトントンと規則的な足音が近づいてくる。両親より軽やかな音で新には誰だか見当が付いた。 「アカン、太一それ早よ隠して! 上がってくんの由宇やわ!」 「え、え?! ……ど、どこに……あっ!」 太一がDVDや雑誌を新の布団の中に押し込んだのと、由宇が襖を開けたのはほぼ同時だった。ベッドから枕がぼとっと落ちたが誰も拾いに動かない。何とも気まずい沈黙が三人の上に落ちた。 「……何してんにゃ(してるの)し、あんたら……」 由宇が呆気にとられるのも無理はなかった。いつも整然としている新の部屋に、写真集や枕が散らばっていて、しかも男二人が真っ赤になってこちらを見ているのだから。 「な、何もしてえん。……由宇こそ何か用あったんでないんかし」 「私は回覧板持ってきたついでに、辞書借りようって思ったんや。おばさんが新なら部屋やって言うたで……ああ、これや。借りてくでの」 勝手知ったる他人の家とばかりに由宇は新の本棚から分厚い英和辞典を一冊引き抜くと、それじゃ、と一応太一にも目線だけで挨拶をすると、来た時同様すたすたと出て行った。恐らく太一が来ている事を聞きつけ、辞書を口実に様子を見に来たのだろう。 「焦ったー……」 新と太一の声が綺麗にハモる。こういう感覚は全国共通らしい。そう思った途端、急におかしさがこみ上げてきた。 「……ぷ、あっはははは……やべー!」 「お、おれもや……はははっ、腹痛くなる……!」 こんな些細な事で二人笑える事が嬉しくて、太一と新は小さな子供のように疲れるまで笑い転げていた。 |