夜ぞ更けにける
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「メリークリスマース!」 栗山会長の音頭に続き、南雲会の皆はグラスを掲げる。未成年の新は手にしたウーロン茶に口を付けた。 「決定戦は残念やったけどぉ、新くん、来年は獲ろっさ」 「はい」 会長の檄に新は決意を込めて頷く。 「新、おれかって西日本予選出るんやで、来年もお前が決定戦出れるかどうかは分からんざ?」 兄弟子の村尾は新を挑発するように言って寄越す。以前の決定戦で現名人の周防と対戦した後しばらく調子を崩していた事を思えば、その強気な発言はすごく嬉しいものだった。 「……ほれに新、確か東京に進学希望やろ。再来年からは東西分かれてまうで、当分予選で当たれんしの」 「ほん時はおれが東の代表で出ます。その前に名人なってまえば東西関係なしに当たれますし」 強気に返した新の言葉を、十歳年長の村尾は穏やかに笑って受け止めていた。 大人組にアルコールが回ってくると、毎年お馴染みとなっている栗山会長の腹踊りが始まり、座敷の中は大騒ぎになる。 「……」 自分の脇に置いた携帯電話のディスプレイにちら、と視線を落とした新は無意識に溜め息を吐いた。 (去年は千早からいきなり電話来てびっくりしたなぁ……今年は千早、どんな事してるんかの……) メリークリスマス、とだけメールを送ろうかと思って画面を開くが、どうしても「送信」ボタンに乗せた指をそれ以上動かす事が出来ず、新は入力しかけたメールを削除して元通り電話をスライドさせて閉じた。 「……さっきから携帯ばっか眺めて、どしたんやし、新」 訝しげに村尾が問うてきた。 「え、あ、いや……別に……」 「ここんとこ、携帯開いては閉じて溜め息ばっかやろお前。……何か、心配事でもあるんか」 新は村尾の顔にしばらく視線を向けた。 「心配事、ちゅうんではないんですけど……」 そう言って新は俯く。 「……ふうん。……おれ表でタバコ吸って来よ」 村尾は言い置いて座敷を出る。何か話したければ来いという事だろう。新はテーブルの上のウーロン茶を一息に呷って廊下に出る。玄関の上がり框で言葉通り靴を履いている村尾の背中が見え、後を追った。 店の外には喫煙用にベンチと灰皿が設えてあり、村尾はそこに腰掛けてジャケットの内側を探っていた。 「村尾さん」 「んー、何やぁ?」 村尾はごくたまに吸う愛用のタバコに火を付け、のんびりした口調で返事をくれた。新の性分を知ってのさりげない気遣いが有り難く、その隣に腰を下ろす。 「……あの、村尾さんて、決定戦の試合終わって表彰式までの間って、広間にずっと居た……?」 「ん? 居たざ?」 (……聞かれてたんかなあ、ほれやったら……) 「ほ、ほんなら……その、んっと……おれが、言うてた事とかって……」 「……勇気、要ったやろ。……新」 新が千早に告白した事を聞いていたと言外に認めるように村尾が言葉を返してきた。 「……う、ん。ほやけど、あん時は凄く自然に……言いたい、って思って口にしつんた事やけど……」 あれ以来、今までのように千早にメールさえ送れなくなっている、と新は俯いて呟いた。 「なんか、色々考えてもて。……電話とかメールとかしたら、返事催促してるんたなに(しているみたいに)思われるんでないか、とか……好きやって言(ゆ)ったの、千早には迷惑やったんやろか、とか……」 新の吐いた溜め息は夜の空気に白く尾を引いて流れていった。 「のぉ、新。……お前が綾瀬さんに好きやって言った時、返事欲しいって期待して言ってたか? おれにはそう聞こえんかったけど」 村尾は吸わないうちに短くなったタバコを揉み消し、あくまでも穏やかに問うてきた。 「思って……えんかった」 「……今はどうや?」 今、と言われて新は自分の心の中を見つめるようにしばらく口を閉ざす。 「聞きたい、って思ってるのに、聞くのもなんか、怖い気する……」 「……それは誰かって同じや。恋愛に限らんけど。……お前、高校受験の時、発表までの間思わんかったか? 落ちてたらどうしよ、発表見るの怖いー、って」 村尾は両腕で自分を抱くような格好で、わざとらしい身震いをしながら言葉を発した。 「あ……うん。思った。今んたなに(今みたいに)、ほんな強くではないけど」 (……おれ、千早に断られるのが怖いんや……電話とかメールとかしたら、答えがどっちかに決まってまうかも知れんで、動けんくなっつんてるんや……) 「お前の合否決めるのはその学校で、お前はその結果を受け入れるしかないが? 入学させれまー、って文句言うたかってアカンもんはアカンのやし」 村尾は例え話のまま言葉を継いだ。それでも言いたい事は十分伝わってくる。 「おれは、イエスでもノーでも千早の気持ちはそのまま受け入れなあかんのや。……ごねたかって、人の気持ちは変えられんのやで」 (……断られるのが怖い、んでないな。……断られた後、おれ自身が千早とまた普通に友達に戻れるかどうか、自信がないんや。……ほやで怖いって思うんや……) 新の口調の中に、納得の色が混じってきた事を感じ取り、村尾は少し安堵する。 「まあ、人の気持ちの方は『急には』変えられん、が正確かの。新かっておれんとこに練習来いって言いに来てたで、それは分かるやろ?」 「……分かります。おれも一時期離れてたで」 (ただまあ、入試は本人の努力次第やけど、こればっかりはのぉ……努力でどうにもならんモンはある、か……) その部分に関してだけは、新本人がそれで納得できるかどうか村尾にも何とも言えない事ではあった。 「まあ、そういう事っちゃの。……おれは当事者でないで、あんまいい加減な事言われんけど……新から今までに聞いた話とかからの印象やと、綾瀬さんの方も恋愛経験あんまないっぽい感じやし、自分の変化に戸惑ってるんかも知れんの。今のお前とおんなじや」 「千早が? ……ほやけど千早って、その……び、美人やしモテるんでないかって思うんやけど……」 村尾は思わず吹き出して、新の額に軽くチョップを食らわせた。 「のくてぇ(アホな)奴っちゃのぉ、新。……周りからモテたかって、本人が恋愛感情に無自覚やって事ぐらいあるやろが。ほれも、お前とおんなじやろ」 もう一発村尾にチョップを食らい、新は決まり悪そうに頭を掻く。 「クリスマスの挨拶メールぐらい、友達として送ったらどうやの? テンプレートやったら受け取る方も気にせんやろ?」 励ますように村尾が言うと、新は少し考え込んだ。 「ん、……うーん……。やっぱ止めとく。おれにとって『かささぎ』って携帯電話でのうて、かるたやし」 ディスプレイをそっと撫でながら新は呟いた。 「……かささぎ? 何や、いきなり」 村尾は去年の新と全く同じ表情をしている。 「去年のクリスマス会ん時、電話してきた千早が『携帯電話ってかささぎみたい』っていきなり言(ゆ)ってきて。……ほんで声聞けて良かった、っちゅうていきなり切ってまうし」 「声? ……『白きを見れば夜ぞ更けにける』か? ひょっとして」 「村尾さん、やっぱ凄え……おれ、それ気付くのにめっちゃ時間かかったのに、一発やが」 新は目を輝かせて言ってくる。それには村尾も苦笑いで返すしかなかった。 (ほんなもん、恋愛相談聞いた直後に言われればピンと来るが。ほやけど『かささぎの』って織姫と彦星の逢瀬を助ける歌やったけの……綾瀬さん本人はどこまで自覚してるんかの、これ……) あるいは千早の中にある「好き」の意味が去年と今年で違うのかも知れない、とふと村尾は考えた。 「……おれから言えるのは、あと一つだけや。人の中には色んな意味の『好き』がある。もちろんお前ん中にもや。……その温度差っちゅうんかな、人と自分の『好き』の意味の差、やの。……それがあるって事だけは、覚えといての」 「温度差……?」 村尾は静かに頷く。 「新、真島くんとか、由宇ちゃんとかの事、好きか嫌いかで答えてみね」 「え? 二人とも好きやけど……あ、ほういう意味か……」 色々思う事もあるが、それでも太一は大事な友達だ。好悪で尋ねられれば好きと即答できる。由宇もまた、新にとっては家族同然と思っている幼馴染みだ。だが両者へ向けた「好き」は当然、千早に対して思う「好き」とは意味が違ってくる。村尾の言うのはその事だった。 「まあ、焦らん事や。……大学行けば顔見て話せる機会も増えるやろし。新の『かささぎ』は東京に向けて今、必死こいて橋架けてるとこなんやろ。長い長い橋や、土台がしっかりしてえんと崩れてまう。……うまく架かると、いいの」 照れたのか村尾は冷えた、と言って店の中に戻っていった。「かささぎの」の話をしていたせいか、新はふと夜空を見上げる。福井の冬にしては珍しく、雲の切れ間から澄んだ空が見えていた。 (メリークリスマス、千早。……楽しく過ごしてな?) 雲の切れ間に向かって新は胸の中で呟くと踵を返した。 |