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ここにいたらいいのに 



 筑波家でのクリスマスパーティがお開きになり、自宅に帰り着いた千早はリビングの床にドサリと鞄を置いた。
「千早、あんたねえ。もうちょっと静かにしてよね。私台本チェック中なんだから」
「あ、お姉ちゃんごめん。……っと、そうだ。特殊メイク上手くいったよー! ありがとう」
 それだけ伝えると、自分の部屋へと階段を上っていった。
「……ふう」
 ベッドの縁に腰を下ろすと、千早は携帯電話を取り出して今日撮った写真を表示させる。中には特殊メイクでサンタに変装した千早の姿も写っているものもあった。
「筑波くんの弟くんたち、喜んでくれて良かったなあ」
 机くんが書いた分厚い台本通りにはいかなかったが、筑波四兄弟を喜ばせ、部のみんなで成功を祝えた、いいクリスマスパーティになった。

 『みんなで過ごせるの、夢みたいだ』
 パーティ中に駒野が口にした一言をふっと千早は思い出した。
「……みんな、かあ……」
 確かに「瑞沢かるた部」としてなら今年は全員一緒に過ごせたけれど、パーティの最中談笑する仲間と一緒に笑う新の姿を思い描いていた。それが千早にとっての「みんな」だからだ。
「サンタのデブメイク写真、メールで見せよっかな……」
 独りごちて画像メニューから「メールに添付する」を選び、本文入力画面を呼び出す。
「んっと……『かるた部のクリスマスパーティで、お姉ちゃんに教わった特殊メイクしてサンタさんになったよ!』……見たら何て言うかな……新、は……」
 その名前を口にした途端、お腹が熱くなり鼓動が耳に喧しく響く。
「……はぁ……」
 千早は作成途中のメールを消して携帯を閉じてしまった。
「新に好きって言われてから……電話、かけづらいよ……」

 新の事はずっと好きだと思ってきた。
 けれど決定戦の後、新から告げられて以来、千早の中にある「好き」の意味が変わってきたような気がしている。
『おれ、大学はこっち来ようと思ってる。もし、気が向いたら、一緒にかるたしよっさ』
 新の告白は千早に返事を求めるものではなかった。それが何故かかえって胸が苦しい気がして仕方がない。
 電話して声を聞きたいと思うのに、携帯電話の「通話」ボタンを押す勇気がどうしても出ない。
(もしも、この前の返事が聞きたいって新が言ってきたら……私、何て答える? 東京で一緒にかるたするのは大歓迎、それは言えるよ。……でも、新からの『好き』には、私……まだ、自分の中の気持ちが言葉になってない……)
「けど、年明けの近江神宮には新、きっと来るはずだし……」
 その時には、まだ形になっていない思いだとしても、今の自分が感じている事を新に伝えるべきだと思ってはいる。

 もしかしたら直接新の顔を見れば、自分の中ではっきりしていない物にも言葉や形が与えられるかも知れないという期待もあった。
「だけど……その言葉が新にとって、期待外れだったら……? 私や新は、また前みたいに友達で居られるの?」
 決定戦前の千早なら、何の躊躇いもなくそれに「イエス」と言い切っただろう。あの時の千早にとって新は間違いなく「大切な友達」だったのだから。
(けど、新の『好き』を断って『今まで通り友達でいようよ』って……そんなの虫が良すぎるよ!)
 これまで千早が付き合ってきた「友達としての新」という存在は、千早の答えがイエスでもノーでも、それまでとは違う存在に変わる。それを受け入れる覚悟が自分にはまだ持てないから、新に電話さえ出来ないのだとやっと分かった気がする。

 千早はふうっと溜め息を吐いて沈黙している携帯電話に視線をやった。
「去年は……電話したんだったよね。『かささぎ』みたいだ、って……」
 クラスのクリスマス会の移動中に、去年の千早は新の声が聞きたくなって電話をした。
『ここにいたらいいのに、って思う人はもう家族なんだって。付き合いの長さや深さも関係なく』
 そのパーティの最中に、机くんが教えてくれた言葉が去年の千早の背中を押してくれた。
「去年も今年も、ここに新がいたらいいのに、って私思ってた。……でも、家族って感じじゃない。ううん、去年はそうだったかも知れないけど、今年……筑波くんちで思ったのは……多分、ちょっと……違ってた」
 けれど「どういう対象としての」新が居たらいいのに、と思っていたのか、千早にはまだ明確な答えが見当たらない。
「今年のかささぎは……お休みかな。近江神宮で新に会えたら、その時の素直な気持ちで……新と話そう」
 千早は部屋の窓を細く開けて空を仰いだ。確かあの歌では天の川にかささぎが橋を架けた筈だが、地上の明かりが強すぎて東京の夜空はただ闇ばかりに見える。無意識に零れた溜め息が白く立ち上り、星の代わりに夜空に急拵えの橋を架けたようにも見える。
(……すぐに消えてしまうから、今伝えたい事だけを言いなさいって言われてるみたいだね)
 千早はもう一度細く息を吐き、夜空に一瞬だけの橋を架けてから言葉を紡ぎ出した。
「新、メリークリスマス」






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written by Hiiro Makishima