マインドゲーム 2
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声を殺して笑っている新と太一に向かって、千早が言葉を継ぐ。 「……じゃあ、詩暢ちゃんは? 須藤さんでさえ『素で嫌味が染みついてる』って言ってたけど」 ついでにその後、千早に対しても「ぶっ潰す」と言ってきたあたりはいかにも強気な須藤らしいのだが。 「え、詩暢ちゃんか? ……自分はクイーンなんやってプライドやろ」 笑いを引っ込めて新が答える。だが千早はどこか納得がいかないような顔でさらに聞いてきた。 「でも新には通じてなかったじゃん。……それに、さっき格下なら煽らなくても勝てるって言ってたよね、新。個人戦で当たった時、詩暢ちゃん、私がケガしてるから自分も右手で取ろうかって言ってきたよ?」 もちろん詩暢に勝ちたいと千早は本心から思っている。だが今の自分の力量では、詩暢が煽ろうが煽るまいが、まだ彼女には届かないという自覚もある。そうなるとさっき新が話してくれた事と詩暢の言動が矛盾してしまう、と千早は感じたのだ。 「ああ、まあ……おれは単に、いけず言われるのに慣れてるだけや。……須藤さんと詩暢ちゃんとで、誰相手に揺さぶるかの考えが違うんでないか?」 「そう……かなあ……」 千早はまだ得心がいっていないようだ。 「……難しく考えんでもいいやろ。性格の違いや、千早。……昼休憩半分過ぎてもたな。太一、今のうちにトイレ行っとかんか?」 「ん? ……あ、おう。そうだな。午後も万全の体制で試合してーもんな。千早、覗きに来んじゃねーぞ」 「誰が?!」 実の所太一も、クイーンについてだけ歯切れが悪い新に違和感を抱いていた。だから今の一言が、千早に聞かせたくない話があるというサインだと気がつき、新と一緒に席を立った。 「ごめんな太一。太一の方が冷静に判断してくれそうやったで」 「……クイーンの事だろ?」 新は周囲に目を配ってから無言で頷いた。それでも千早の耳の良さを知っている二人は、絶対千早が入って来ない場所として、結局さっきの言葉通りトイレの洗面台の前で続きを話す事にした。 「高校選手権ん時な、おれ詩暢ちゃんに団体戦見んのかって聞いたんやけど……『あんなんは、かるたを好きやない人がするもんや』って言うてきたんや」 「はぁ?! 何だよそれ! ……そりゃクイーンは強ぇけどよ」 太一が眉根を寄せて不快感を露わにする。二人で話したのは正解だと太一も思った。千早が聞いたら今にもクイーンに食ってかかりかねない。 「……一人で強うなりすぎたんや」 新の短い一言で、太一は新が言いたい事が分かりかけてきた。 「けどお前は勝ったじゃんか」 自分に勝った相手がいれば、そんな発言も控えるのではないかと太一は聞いた。 「おれかって個人戦しか出てえんかった人間や。説得力ないやろ」 そう言って新は、高校選手権団体戦の日にあった事をぽつぽつと語り始めた。 「……おれは太一らとチームになった経験あるで、今の瑞沢が羨ましいとか思えたりもしたけど、詩暢ちゃんは違うんやろ。……えらい突っかかって来てた」 「突っかかって?」 「……て言うか、面白なかったんかもな。何年かぶりに公式戦で顔合わせたと思たのに、おれが団体戦見んかって聞いたり、替え玉で出たりとかして。……自分と当たるより大事な事なんか、って思ったんかも知れん」 「あー……新も自分と対戦したくて個人戦エントリーしたんだと思ったら、って事か」 小学校最後の年は新は転校して東京。祖父である永世名人が亡くなったというニュースは詩暢も知ってはいただろうが、その後どの大会にも出てこなくなって一年半。ようやく新と直接顔を合わせたというのに、肩透かしのような言葉を耳にして意地になったのかも知れない。 太一は試合場での「クイーンとしての若宮詩暢」しか知らないため、あれだけの強さを誇る女王がライバル視している新が団体戦を認める言動をしたからと言って突っかかる事が意外に感じるが、クイーンも自分達と同い年だと考えれば、新の言う事も理解できる気がした。 「……うん。座敷で藤岡西のもんも一緒やったんやけど、団体戦てええなあ……って言い出したんや」 「ええなあ、って……それ、言葉通りの意味じゃねーんだろ、新?」 「ほや。楽しいレクリエーションみたいや、って続いたんやから。そんなもん千早が聞いたら怒るか泣くかどっちかや……ほやで太一にだけ言うときたかったんや」 新は極力主観が入らないように気をつけながら詩暢の言葉を再現した。実力を誇示するかのような札流し、そして新に「暇潰し」の試合を申し込んだ事。決勝の直前ヒョロくんが座敷に来て、瑞沢が決勝に進んだと知らせてくれた時の言葉。 「そん時おれに出来たのは、その日は団体戦の日やって言うて詩暢ちゃんの誘いに乗らん事だけやった」 そして個人戦決勝開始直前の詩暢の言葉。 「結局一番かるたが強いのは、かるたに個人で向かい合ってきたもんや。どっちにしても仲間はいらん……そう言うてたんや」 「……それに反論しようと思ったら、団体戦出てる奴がクイーンにも勝たねーとダメって事か。……なるほど、説得力がないってのはクイーンにだけじゃなくて、千早に対してもって事か、新」 仲間がいるから強くなれる、という事の証明には実際仲間と一緒に強くなった人間でなければならない。今現在自分のチームを持たない新が勝ってみせても詩暢には「個人の力」の証明としか思われないだろう。 「やっぱ太一は頭いいなあ。……ずっと学年一位なんやってな?」 「や、それは……成績落ちたらかるた止めろってオフクロうるせーし……つか今それ関係ねーし。んで、どうすんだ新。千早に話すのか?」 太一が訊くと新は腕組みをして薄く目を閉じ、しばらく考えてからゆっくり首を横に振った。 「……さっき千早に言うた、クイーンのプライドっちゅう話も、嘘ではないんやけどの。誰にも負けんていうのは結果でしか証明出来んもんやろ?」 「あー……すんげー嫌だけど、よく分かる」 勝利至上主義の家庭に育った太一には、結果が全てという考えの前には努力したという主張さえ言い訳扱いされるという事がよく分かる。 (証明、か……新も、そうだったんだよな。あの時……) あの校内かるた大会で新が証明したかったのは、「かるただったら誰にも負けない」という千早の言葉だ。そして事実、決勝で太一に当たるまで新は「一枚も取らせない」という自分の言葉を証明してみせていた。 「クソっ……マジで嫌になるほど、分かっちまう」 太一はぐっと唇を噛んだ。 「……」 「悪ぃ、続けてくれ」 太一の吹きこぼれた感情が元に戻るまで、新は何も言わずに待っていた。 |