マインドゲーム
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「……あ」 昼食時間に突入すると、いかに真剣勝負の試合場と言えど空気は弛緩する。どこで昼を食べようかと場所を探していた新は、太一と千早の姿を見つけて呼び止めた。 「おー、新も弁当持参か? ……どっか座れるとこ、ねーかなあ……」 「春とかやったら建物の外でも気持ちいいんやろうけどなあ。……あれ、千早どこ行ったんや?」 話していたらいつの間にか千早が側に居ない。辺りを見回していると、よく通る大きな声が二人の名前を呼んだ。 「太一ぃ、新ぁー! こっちこっち!」 三人の中で一番目が良い千早はテーブルが空いたのを目敏く見つけて確保したらしい。早く来いと手を振っている。 「……しゃーねえな、行こうぜ。放っといたら余計悪目立ちしそうだ」 「ほやの。行こか」 新と太一はそれぞれの弁当を手に、千早が手を振るテーブルへ歩いて行った。 「相変わらず無駄に目立ってんな、お前ら」 三人で昼食を取っていると、通りがかった赤いTシャツの男が声を掛けてくる。声の主は北央かるた会の須藤だと気付いた千早はぎくりと身を竦ませ、太一はテーブルの下で握り拳を作る。 「……けど、試合は結果が全てだぜ。目立つだけ目立っといてすぐにボロ負けしたらかなり恥ずかしいんじゃねーの?」 いつもの事ながらどことなく人を小馬鹿にしたような須藤の口調に、千早がまず噛みついた。 「負けないもん」 「ば、バカ千早! 一々乗るなって」 太一は千早の脇腹を須藤に見えないように小突いたがやはり聞こえているようだった。しめた、とばかりに須藤がほくそ笑む。 「お、んじゃあ賭けるか?」 「誰が……っ」 太一と千早が言いかけた時。 「別に、おれは構わんけど?」 一人黙ってやり取りを聞いていた新が静かに答える。こういう挑発に一番乗りそうにないタイプに見えるだけに、千早と太一だけでなく、須藤までもが驚いた顔で新を見た。その新は表情一つ変えずに水筒からお茶をカップになみなみと注いでいる。 「ほやけど不思議やなぁ……一々何か賭けんと勝たれんもんやろか」 お茶を注いだカップに視線を置いたまま独り言のように新が小声で言うと、須藤のこめかみに稲妻が走った。 「ふん、まあどうせ全員ぶっ潰すのには変わりねーし……じゃあ、試合でな。おれに当たる前に消えてたら大笑いしてやるから覚悟しろよ」 そのまま須藤は北央の選手が集まっているテーブルへと歩き去って行く。緊張を解いた千早が大きく息を吐き出した。 「新、おまえ……度胸あんなー……あの人、格下おちょくってくるけど実際すげー強いぞ……」 太一が感心したように言ってきた。確かに新は須藤にそう言い返せるだけの実力があるのだが。 「ほうか? 須藤さん、別に太一と千早を格下やとは思ってえんやろ。……ほんとに太一らの事、自分より弱いって思ってたら賭けようとか言わんのでないか? ……ほんな事せんかって実力で叩けるんやし」 「……え?」 新の口から出た須藤評は太一にとって意外に聞こえる。 「瑞沢の他の人らには、個人戦で賭けようとか言わんのやろ? ……A級なったもん順に言うてきてるんでないか?」 「えっ、何で知ってんの、新?!」 千早が目を丸くした。確かに新の言う通り、真っ先に須藤の賭けに乗せられたのは千早だ。千早が敗退した次が西田、そして太一へとターゲットが移ってきている。 「いや知ってはえんよ。ほやけど、何で相手の集中乱す必要があるんかって考えたら、そうなるやろ」 そこで新は言葉を切り、一口お茶を啜る。 「……邪魔になりそうな相手やからこそ、試合前から言葉や態度で攪乱するんやろ。アカンくても、頭に血ぃ上ってペース乱せるかも知れんし。賭けはまたちょっと違うかも知れんけど」 「自分自身への、発奮か」 太一に答える前に、新はちらりと背後に視線を送る。北央の選手達が須藤を中心に昼食を取りながら色々話し込んでいる様子が見えた。 「それも理由の一つやろうけど。……今ちらっと見えたけど、須藤さんてヒョロくんとか北央の人にはちゃんと『先輩』してるが。……何か言われても跳ね返して強なろうとして欲しいのもあるんと違うかな。……いやこれは、うちの会にそんな子が居るでそんな風に思うんかも知れんけどの」 練習で当たるたびに「新兄ちゃん怖いで嫌や」と泣くくせに、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたまま「強うなるで嫌にならんと練習しての」と言ってくる、同門の年下選手の話を新はざっと話す。 「そう言えば須藤さん、私倒れた時……宿の部屋の前に居たよね。太一、覚えてない?」 「一年の時の団体戦か? ……ああ、居たな須藤さん」 あの宿は北央の常宿でもあるが、須藤が体調不良を責めるためだけに、千早が目を覚ますまで部屋の前で待っていたというのは今考えると理由として弱いように思える。信じがたいが須藤なりに心配して様子を見に来ていたのだろうか。 「……やっぱ、めんどくせー人だな」 がりがりと太一は頭を掻く。 「太一、顔笑ってるよ」 千早に言われ、太一はぷいとそっぽを向く。 「けど新、おまえ……そんな話、おれらにしていいのかよ」 敵に塩を送るようなものではないかと太一が聞いてきた途端、新の目が眼鏡越しでも分かる程鋭くなり、じっと太一に目線を据えてきた。 「ほんな事は思ってえん。ほんなら逆に聞くけど太一、おれが言うた事鵜呑みにしていいんか?」 ひどくシビアな口調で、新は太一の質問を質問で返した。 「……えっ?」 まさかさっきの話は嘘なのか。嘘だとしてどこから嘘だったのか。太一はさっき新が言った内容を思い出そうとする。そこで新はふっと表情を和ませた。 「冗談や。なんも嘘は言うてえん。太一は頭いいで」 「あ……そういう事か」 「ごめんな、不意打ちで。……けど全然知らん相手やったら、あんま効果ない手やろ」 はぁ、と太一が大きく溜め息を吐いた。 「……頭いいと何かまずいの?」 唐突に言われた千早の一言で、新と太一はお互いの顔をじっと見、そして同時に吹き出した。 「何やかんや言うて……」 「すっげー、千早最強じゃね?」 |