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Awkward 6

高校三年になった三人。



 チームで戦うという事に関しては、やはり太一や千早に一日の長がある。彼らからの直截な、それゆえに有用な言葉を貰った新は、学校に戻ったら部員達と今の話についてもっとよく話し合ってみようと決めた。
「まあ、その前にまずは明日の個人戦や」
「新、推薦もう決めたってのに頑張るなあ……」
 太一が冗談めかした口調で言う。推薦、と聞いて千早の胸がドキン、とはねた。
(……新、大学決めたんだ。東京に……来るんだ……)
 そう考えた時、勧学館で顔を合わせた時は言葉が出なかったのに、今こうしてかるたの話なら普通に話せている事に改めて気が付いた。
(何で、なんだろ。……かるたの事なら、今まで通りに話せる。……今まで通り……?)
 何となくだが分かった気がした。かるたの事を話す新は、今まで千早が見知っていた通りの新だから、千早も意識せず話せる。一方で予選開始前にばったり会った時のぎこちない姿は今まで見た事がない新の一面と言える。
(……っていうか……それ、私もなんだ……)
 その新しい面を前にして、自分達がこの先どう変わっていくのか、恋愛経験の乏しい千早自身が想像出来ていない。だから二の足を踏んでしまっているのだ、とうっすら理解し始めた。

 (だけど新は次の春には東京に来る。それまでには私も自分の態度、決めなくちゃダメだ……)
 いつまでも宙ぶらりんにしておいていい話ではない。第一、真剣に告白してくれた新に対して失礼だと思う。千早は少し視線を動かして、明日の個人戦の話をしている新と太一の様子を伺う。
『ここにいたらいいのにって人は、もう家族なんだって』
 以前机くんが言ってくれた一言が蘇る。去年のクリスマスパーティの時、千早は部の仲間が談笑している中に、一緒に笑っている新の姿を描いていた。
(……でも今は、本物の新が私達と一緒にいる。……机くんのあの言葉が、叶ってるんだ……)
「ん、もう結構いい時間だな。そろそろ戻んねえとな」
 太一が腕時計を見ながら立ち上がる。
「ほんとや、つい話し込んでもたの。……ほやけど久しぶりにゆっくり話せてよかったわ」
 新もソファから立ち上がると、太一と千早の方に向き直る。
「じゃあ……また明日、試合での」
 その表情は既にさっきまで話し込んでいた「友人」から、明日の個人戦にエントリーしている「A級選手」のものに変わっている。太一に促され、千早も席を立ち自分達の客室の方へ向かいだした。

 「あ、忘れ物……太一、先行ってて」
 千早は急ぎ足でさっきのソファに戻り辺りを見回す。見覚えのある背中がエレベーターホールに向かって歩いているのが見えた。
「新、ちょっと待って!」
 呼び掛けながら走って追い掛ける。新はすぐに足を止めて振り返ってくれた。
「……どしたんやし?」
 千早は息を整えるために一度だけ大きく深呼吸してから、口を開いた。
「あ、あのね新。……私さ、誰かから好きとか言われた経験って、全然なくて……」
「……うん」
「だから、今、自分でも自分がよく分からないの。不慣れな事に舞い上がってるだけなのか、……そうじゃ、ないのか」
 新はその場に佇んで、話の続きをじっと待っている。
「でも、ちゃんと考える。考えて……新が大学進んで東京に来るまでには、ちゃんと返事しようって思ってる。……凄く勝手なんだけど、それまで……待ってもらえたら、って、思って……るん、だけど……」
 新がどう答えてくるか分からず、このほんの一瞬の沈黙が千早には酷く長いものに思える。

 「いいざ?」
 拍子抜けがするほどさらりとした声が降ってきた。
「……へ?」
「ほやで、待つって。そう言うただけやざ?」
 声も表情も、普段の新のままのように千早には見える。
「え……っと、私が聞くのも変なんだけど、……新、何でそんな普通なの……?」
「何で、って言われてもの……。別に慌てる気ないし、かの」
 新にとっては他に理由はない。自分自身、ようやく自覚した気持ちをただ伝えたくての告白だった分、返事を急かすつもりは元からなかった。そこまで言ってやっと千早の顔にも納得の色が浮かぶ。
「ありがとう、新。……今年こそ試合したいね」
「ほやな、今まで何やかんやで試合で当たれんかったし。……まあ一回戦で当たるとかやと、ちょっと嫌やけど、当たったら負けんざ?」
 挑発すると千早は目を煌めかせて受けて立つ。
「じゃあ、明日ね。おやすみなさい」
「うん。また明日」
 千早は元来た方へと駆けていく。それをしばらく見送った後、新はエレベーターの昇降ボタンを押した。

 「あ、おはよう、新」
 翌日のA級個人戦会場前で組み合わせが出るのを待っていると、昨日同様瑞沢のメンバーが揃ってやって来た。目のいい千早がまず新の姿を見つけて呼び掛けてきた。
「おはよ。えらいゆっくり来たけど、寝れんかったんか?」
「……いや実はさ?」
 太一が手振りで耳を貸せと示してくる。
「……西田がなかなか朝飯食い終わらなくてさ。揃って出るのに手間取った。試合の合間でもよくここの食堂でカレー食ってるけど」
「ぷっ……ほ、ほやったんか……いや、ゴメン笑ろて……」
 そうやって吹き出すあたりは、相変わらずリラックスが上手い新らしかった。

 「あ、組み合わせ出るよー?」
 千早の声で二人は対戦カードが並ぶ長机に向かう。組み合わせをチェックしている選手の中には理音や詩暢の顔もある。詩暢は口元に笑みを湛えて会釈を寄越すが、その目は全く笑っていない。対照的に理音は富士崎のOBから「能面」と揶揄される無表情を崩さず、三人に軽く頭を下げて試合場へと消える。
「あー、残念……」
 長机の前で千早ががっくりと肩を落とす。太一と新が対戦表に目をやると、千早の相手は自分達でも、理音や詩暢でもなかった。
「まあ、おれや西田は同じ学校だから、当たるとすりゃもっと後だけど」
「……当たるまで勝てばいいだけや」
 新の一言に周囲が一瞬ざわつく。確かに新はそう言えるだけの実力者だが、普段そういう物言いはしないのに、と思った太一の脳裏に昨夜の会話がふと蘇った。
(クイーンの『いけず』と同じで、これも心理戦の一つか。……新ほどの選手が言えば、大抵の奴は萎縮しちまうだろうし……)
「そう……だね。うん、当たるまで、勝つよ私」
 千早だけはどうやら、新の言葉を字面通りに受け止めたらしい。太一が吹き出すと、新はこっそりと太一に頷きかけてきた。

 「そう言えば、三人同じ試合場で戦うのって、吉野会大会以来だよね?」
 千早は試合が待ちきれないといった顔で言ってくるが、それを聞いた瞬間、新は負けず嫌いの本領発揮と言うべき形相に変わる。決勝に残れなかった事で、色々と心の中に迷いが生じた大会だった。
「……」
 新が浮かべる「鬼の形相」を見ているうちに、太一は不思議な気分に囚われた。
(ずっとおればっかり、新に追いつけねえ、って悔しい思いしてたと思ってたけど……新がおれに対して悔しがる事も、あるのか……)
 初めてそれに気付いた太一の肩からふっと力が抜けた。自分だって、団体戦優勝校の部長で、去年の個人戦では山城理音を降して優勝もした。それだけの強さを努力で自分の物にしてきた。その事はここに居並ぶ選手達に引けを取らない筈なのだ。
「どこで当たるか分かんねえけど、よろしくな」
 新にまっすぐ視線を合わせ、太一は告げた。
「うん、こちらこそ」
 新も表情を戻して答え、対戦カードをチェックすると試合場へと入っていった。

 一回戦を早々に終えた新が廊下に出て試合結果を報告していると、同じ扉から詩暢と千早が相次いで出てきた。
「……若宮、二十五枚差です」
「えっと、綾瀬の勝ちで、二十三枚です」
 それぞれ勝敗と枚数差を報告し終えるが、ふと新の対戦表を見た千早が目をむいた。詩暢が二十五枚差という事は、パーフェクトだが、新のカードには「二十八」と書き込まれていた。
「二十八枚って……相手に三枚もお手つきさせたって事だよね。新、すごーい……」
「千早も今年は右手で思いっ切り取れたやろ?」
 詩暢はその会話に乗らず、ソファに腰掛けて水筒のお茶を口にしている。それを見た千早が自分のチョコを手にして、その隣にどすん、と腰を下ろした。

 「千早は、新とも知り合いやったんや」
 ほとんど唇を動かさない囁きよりも小さな声で詩暢が漏らした。
「うん、小学校の時から。私にかるたを教えてくれたのが、新なの」
 それでも千早の耳は詩暢の声を捉え、聞き返す事もなく言葉を返している。それで長机の側に居た新にも二人の会話の見当が付き、ソファの方へと移動した。
「そう言うたら、詩暢ちゃんに話してえんかったか。おれ、小学校六年の時いっぺん東京に引っ越してての」
(ああ、せやから大会に出て来えへんかったんか……)
 今年こそは、と思って出場した大会に新が出ておらず、一体どうしたのかと当時の詩暢も疑問に思っていたが、まさか東京に引っ越していたとまでは思っていなかった。

 「まあ、ほんで千早と、太一……今試合中やけど、瑞沢の部長とかと友達んなれて。……太一も強いざ、詩暢ちゃん」
 そう話していると、試合場の扉が開けられ当の本人が額の汗を拭きながらロビーに出てきた。
「……真島の勝ちで、十一枚です」
「太一、お疲れー!」
 勝敗の報告が終わると、千早がソファから呼び掛ける。振り向いた太一は一瞬自分の目を疑ってしまった。
「お、おう……新、これ……どういう状況?」
「どう、って……休憩中の雑談やけど。詩暢ちゃんと千早、クイーン戦で仲良うなったって昨日言うてたがし。……詩暢ちゃん、今言うてた太一や」
「若宮です。……うちはまだまだ未熟者やさかい、一つお手柔らかにお願いします」
「初めまして。瑞沢の、真島太一です」
 新のように笑って流せる気がしなかった太一は、敢えてそれ以上は口にしなかった。





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written by Hiiro Makishima