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Awkward 7

高校三年になった三人。



 時間が経つにつれ、試合場の外の人数が増えていく。理音や西田も順当に勝ちを収め、一息入れていた。
「……あれ? あの子達って確か……」
 千早が階段近くに目をやりながら呟いた。太一と新が千早の視線を追うと、藤岡東の一年生が二人、泣きながら立っていた。
「うちの後輩や。……ちょっとごめんな」
 新は二人に断って泣いている後輩の側に歩いていく。
「……負けたんか」
「ご、めんなさい……先輩、ごめんなさい……っく、う、えっく……」
 C級の二人はしゃくり上げ、新のTシャツの袖に縋っている。その様子を見ているうちに、千早は自分の気持ちがだんだん苛立ってきている事に気が付いた。
(試合に負ける事は誰にだってあるけど……あんな泣いてたら、新が次の試合、集中できないじゃん……)
 しかし他校の事情に首を突っ込む訳にはいかない。何故こうも苛立つのだろうと千早は自問する。

 「負け自体はしゃあないけど、何で負けたんかは自分で考えなあかん」
「はい……すみません、団体も個人も、先輩の役に立てんくて……」
 一人の部員が口にしたそれを、新はぴしゃりと遮った。
「迷惑掛けたとか言う事ないけど、おれのためとかも言わんといて。昨日もちょっと言うたけど、部は来年も再来年も続いていかなあかんもんや。おれが卒業したらもういい、とか言うんやったら別に今退部したかって、おれは一向に構わんし、引き留める気もないでの」
「……っ!」
 新の口から出た厳しい一言に二人は身を竦ませる。
「……おれ次の試合あるで行くでの。あとは自分らで考えてや」
 くるりと踵を返して新はこちらに戻ってくる。
「組み合わせ出てるよ、新」
 今の話が聞こえていただろうに、千早も太一も何も言わないでいてくれるのが有り難かった。
「ありがとう。……さて、おれも切り替えんとの。ごめんな、変なとこ見せつんて」
「……どこも色々あるよな。ま、お互い気張ってこうぜ。……じゃ、後でな」
 先に組み合わせを見た太一と千早は試合場に向かう。新も自分の対戦をチェックしてから、拳で一度胸をどんと叩いて畳の上に足を踏み入れた。

 暗記時間の間も、新はさっきの一件をどうしても思い出してしまう。
(負けて悔しいって泣くのはおれも分かるし……次は勝つで練習するって言うんやったら、いくら付き合うたかっていいけど……太一が言うた通りや……)
 新のワンマンチームならまだマシで、下手をすればファンクラブ。それはつまり、かるたに興味があるのではなく、「かるたが強い新」の近くに居られるから入部したという事だ。
(……切っ掛けがそれでも、かるた自体が楽しくなってくんやったら、頭っから否定はせんけど……ああ、あかん。今ほんな事考えてる時でねえ。試合や試合。勝たな、当たられん……千早と)
 その名前が浮かんだ瞬間、さっきまで靴底のガムのように心にへばりついて離れなかった考え事が、意識のどこか遠くにすっと消えていった。口元に小さな笑みを浮かべて新は札を見る。敵陣にある「ちは」の札が浮き上がっているように感じられた。
「時間です」
 暗記時間終了を告げる声とともに、新は脳裏にイメージを描く。誰が来ても怖くない、千早とかるたを取った、懐かしい部屋の光景を。

 「……ありがとうございました」
 二回戦を終えた新が廊下に出ようとした時、試合場の隅にさっき泣いていた一年生の一人が赤い目のまま座っているのを見つけ、新はふっと笑んだ。少なくとも彼女には、新の真意を分かってもらえたらしい。
「綿谷の勝ちで、七枚差です」
 勝敗の報告を済ませて周囲に視線を巡らせると、一回戦の後に休憩を取ったソファに千早が既に腰を下ろしていた。
「今度は千早の方が先終わったんやな。どうやった?」
「んー、ほら最初から二字決まり多かったからさ、私は攻めやすかったかな」
「……なるほどの。……あ、太一出てきた」
 重ねた札を手に、太一も廊下に出てきた。手振りで報告を済ませるまで待ってくれと示してきたので、新も頷き返す。太一は五枚差で勝ったらしかった。

 「あっちー……流石に顔ぶれが濃くなってきたっつーか、何つーか……」
 額の汗を手の甲で拭いながら太一が口を開く。
「自分かってその一人やろに」
 新が突っ込むと、太一はくすぐったそうに笑みを浮かべた。
「けど、そうだよね。……ここから先は、お互い知ってる者同士の試合になる。誰と当たっても楽な試合になんか、ならない」
 千早の声には「それでも負けたくない」という強い意志が漲っている。
「……まあな」
「うん」
 太一と新も短く答えるのみだ。

 「三回戦の組み合わせしまーす」
 その声がした途端、ロビー全体の空気がぴりっと引き締まる。三人も無言で長机の前に移動した。
(勝ち残ったのは私達三人と、肉まんくん、山ちゃん、詩暢ちゃん……それに富士崎の日向くんと……えっ?)
 対戦カードの名前を千早はもう一度見直す。
「ひょ、ヒョロくん?」
「……何だよ、おれが残ってちゃ悪いのか、千早」
「あ、えっとその……。いや……ご、ごめん」
 千早が謝ると、ヒョロはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 「ヒョロくん、去年……ありがとの。決勝の事知らせに来てくれて」
 新は去年から言いそびれていた礼を口にする。
「べ、別に……。お、お前だって当たれば敵なんだからな」
「うん、もちろんや。ほやけどお礼は言いたかったでさ」
 照れたのか、ヒョロはまた別の方を向く。太一が新の隣にそっと並んできた。
「あいつ、そういうトコ義理堅いよなあ」
「……うん。ほやで当たれば」
「全力、だよな」
 自分の対戦相手を確認した新は太一と千早に「また後で」と短く言うと、背筋を伸ばして試合場へと向かう。太一と千早もきっと顔を上げて歩き出した。

 自分の席に着いて札を開いていく。手の中に「わたのはらや」があると気付いた千早の脳裏に、二回戦が始まる前のロビーでの事がふとよぎった。
(……何で私、新の後輩が泣いてるの見て、あんなにイライラしたんだろう……私だってよく試合の後泣いてるのに。人の事なんか言えないのに、何でだろう……)
 太一が昨夜、宿で何校かの顧問の話を総合すると、と言って藤岡東高の現状について「新のワンマンチームというよりあれではファンクラブだ」と厳しい言葉を告げていたのを思い出す。
(……ファンクラブって、芸能人とか応援するものじゃなかったっけ……? お姉ちゃん、何て言ってたっけ……)
 芸能人の姉はそういう事に一番詳しい。千歳はよく、「自分を知らなかった人が、あなたのファンになりましたって言ってくると嬉しい」と言っていた。だとすれば彼女たちは新のファンで、入部動機は菫のそれに近いのかも知れない。
(だけど菫ちゃんは、太一にもっと近付きたいから、かるたも一生懸命頑張ってる。もっと勝つんだって練習してる。大会の時も積極的に相手の学校の様子とか見てきてくれるし、負けてもあんな風に太一に泣きついたりしてない……)
 だから千早は菫の行動に関して、困ったと思った事はあっても苛立った事はない。
(……菫ちゃんとあの子達の違いって、何だろう……菫ちゃんなら苛立たないのは、どうしてだろう……)

 札を並べる手が思わず止まってしまい、審判員に早く並べるよう注意を受けてしまった。新や太一が一体どうしたのかとこちらを見ている事に気が付いて、千早は大急ぎで札を並べ終える。
(いけない。今は試合にだけ集中しないと。……勝たなきゃ、当たれないんだから……詩暢ちゃんにも、……新にも)
 来年の春、新が大学入学で東京に来るまでに返事をすると新には夕べ伝えた。
『もし、気が向いたら……一緒にかるたしよっさ』
 その言葉に応えるためにも、今の自分に出来る最高のかるたを取っていくしかない。五十枚の札をざっと眺めると、相手陣の右端に「ふ」が置いてあるのが見える。
『必ず取ると勝負に出るの』
 それは自分が新に告げた言葉だ。
(必ず取るよ。私の……特別だから)
 気持ちが静かになっていくのを千早は感じる。落ち着いてくると、対戦相手だけでなく、周囲の席に着く選手の息づかいも千早の耳は感じ取って行く。読手席からの息づかいだけを耳に入れるよう、神経を研ぎ澄ませた。
(さあ、行こう)
 「難波津」の音の波が場内に満ちていく。千早の心の中にあるのは、今日のこの一枚がクイーンに、そして新に繋がっているという思いだけだった。






 


written by Hiiro Makishima