Awkward 5
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「最初控室行った時はさ、私もちょっと緊張してたんだ。高校選手権で二度しか会ってないし。それがね、差し入れ持ってきたって言ったら、詩暢ちゃん座布団差し出してきて『座りい』って。……いきなり『千早』って呼ばれると思ってなかったから、ちょっとびっくりしたんだけど」 千早の言葉に太一は目を丸くしているが、新はそう驚かなかった。 「……詩暢ちゃんな、相手にどの札抜かれたかは忘れんけど、名前とかは覚えるの苦手なんやと」 自分も子供時代、二度目の対戦でいきなり呼び捨てにされた、と新は小さく笑いながら答えた。 「そうなんだ? ……あ、でね、原田先生が私の先生で、って言ったら詩暢ちゃん『そっちの応援メインやないの』って」 詩暢がどら焼きを受け取るまでの会話を千早が一人二役で再現すると、今度は新の顔に驚きの色が浮かぶ。 「……なんか、変だった?」 「あ、いや。詩暢ちゃんにしては珍しいって思ったんや。一つも『イケズ』言うてえんなあって」 「……って何それ?」 新は簡単に、謙遜するような言葉の裏に、ちくりとした本音を忍ばせる話し方だと説明する。 「ほやで……きっと嬉しかったんやろな、詩暢ちゃん」 新が言うと、千早は少し表情を曇らせ俯いた。 「……どしたんや?」 「ん、その時ね、東日本予選と修学旅行がかぶって出られなかったって話したら、詩暢ちゃん……どら焼き、ぐしゃって握りつぶしちゃって。……二試合目落としちゃったし……。私、去年の夏に約束したのに。クイーン戦でまたかるたしようって……約束、破っちゃった……」 「いや、それはしょうがねえよ。学校行事だぞ。……サボったおれが言うのも何だけどさ、高校の先生になりたいから、修学旅行行った事ないじゃ困るって、お前自分で言ったんじゃんか。不可抗力だって」 太一が慌てて言葉を挟む。 「……ネットで見てた感じやと、三試合目は詩暢ちゃん、立て直してたが? 休憩ん時に、何かあった?」 新が静かに問うと、千早はやっと顔を上げた。 「あ、うん。詩暢ちゃんが神宮に参拝しに行くの見えたから、私も後ろ付いていって参拝してから、かなちゃん……部の友達にお願いして、急いで作った襷をね、詩暢ちゃんに付けてきたの。その時に神宮で私が何をお願いしたって聞かれたから、『原田先生が全力出せますように』って答えたら、また『そっちの応援メインやないの』って言ってくれて」 「……で、仲直りしたって訳か?」 太一の言葉に今度は千早も笑顔で頷くが、内心太一は複雑な気分だった。 (さっきおれは、千早のせいじゃねえって言う方優先だったけど、新は……クイーンが立ち直った裏に千早が居る、そう確信して聞いてきてた。……何でこんなに、違うんだ……?) もしも目に見える形で「かるたが強い者の世界」があるとしたら、新や詩暢は間違いなくその世界の人間だ。周防名人や原田先生、猪熊六段もそうだろう。そして千早も今では「そちら側」として詩暢に認められている。二度しか対戦していないのに、覚えた名前を呼び捨てにしてきたのがその証だ。 「……太一?」 千早に訝しまれ、太一は急いで普段の表情を取り戻す。 「ネット中継って、おれら逆に見てねえんだけど……どんな感じ?」 どうにか太一は話題の方向を変えられた。 「画面に文字流れるで、取りが見づらかったけど……あれ結構面白いな。なんか大勢でわいわい言いながらテレビ見てるみたいで。……ぷっ、ほやった……名人とか原田先生が会場入って来た時とか、おれ吹き出しつんた」 新は肩を震わせたまま、選手が入ってきた時の言いたい放題なコメントをいくつか話して聞かせる。 「ツキノワグマぁ……?! ぶ、あっははは! そう言やあ決定戦の時北野先生ぶつくさ言ってたなあ、それ……くっ、くくく……っ!」 「た、確か須藤さんも言ってたよね、原田先生は、ち、知的な熊だって……お、お腹痛いー!」 どうやら原田は誰が見ても「熊」を連想するようだ。太一と千早は堪えきれずに笑い転げる。 「……えらい大ウケやなあ。ほやけど試合進むと、見てる人もかるたの事だんだん分かって来てるって、コメント見てると分かるんや。原田先生の四試合目やったか、頻繁に札動かしたやろ? あん時も撹乱や、って書き込んどった人多かったざ」 かるたを知ってもらうという意味では、ネット中継はかなり効果があったのではないか、と新は言う。 「ただ欲言えばせっかくネット中継なんやし、名人戦とクイーン戦を二画面とかで映してくれたら有り難かったんやけどなあ……」 新の言葉に太一も頷く。テレビ中継だった時もやはりクイーン戦中心に放送されたため、名人を目指す男性選手にとっては一番見たい試合がほんの少ししか見られない。 「録画したのを後日再配信とかあると、おれら男には嬉しい話だよなあ」 「ほやってなあ。まあクイーン戦は華があるで、そっちメインで放送すんのも分かるんやけどの」 男二人は口を揃えて愚痴った。 「原田先生の札移動見てて、おれ思い出したんだけど、お前に聞いた事あったろ、試合中の暗記。……試合の中でも忘れてまた覚えるって。聞いた時はそんな言う程簡単なもんじゃねえって思ったけど、先生の試合見て、なるほどなって思えたよ」 そうしたコツを包み隠さず教えてくれた事には素直に感謝している、と太一が言うと新は真っ赤になって照れた。 「えっ?! 試合中に忘れてまた覚えるって、新そんなの出来るの?!」 「……まあ、うん。人によって違うやろけど、おれは一回覚えたとこに追加って何かダメでの」 「あー、そう言えば桜沢先生が、新は右脳中心の暗記だけど左脳も併用してるから負担は少ない、って言ってたっけ。そういう事なのかな」 千早は入院中電話で聞いた話を思い出した。 「桜沢先生って、富士崎の? んー……おれそこまで難しく考えてえんと思うざ?」 「……覚える本人にとっちゃ、そうだろうな。おれも一々んな事まで意識してねーし」 暗記に長けた二人は互いに頷きあう。千早は分かったような分からないような曖昧な顔でその様子を見ていた。 「私『暗記そこまで頑張れない団』だしさ。決まり字短くなるまで食らいついていくしかないんだよね。去年、ほら、えっとクイズ強いとこと試合した時、そんな事思ったなあ」 「……山口美丘だろ。そう言や去年の予選って、やたら変わったとことばっかり対戦したよな。千葉情報国際とかさ」 「あ、全員外国人のとこだっけ?」 去年の団体戦について、太一と千早があれこれ感想を言い合っている。 (……おれも、意地張らんと、もっと早うチーム作れば良かった……瑞沢と……千早や太一と、試合したかった……) 「新? ……どうかしたの?」 いつの間にか膝の上で手を握りこんでいたらしい。千早と太一が訝しそうにこちらを見ていた。 「ん……やっぱ、瑞沢と試合したかったなって。ほやで予選落ちが凄い悔しいんやけど、自分のチームで今年は試合出来たのは嬉しい」 「そう言やお前以外全員一年生だっけな、そっちのチーム。段位どうなってんだ?」 「B級一人とC級二人。みんな頑張ってくれたんやけど……試合見てて、おれ、ようけ反省せなあかんなあって思ったんや」 卒業するまでに、後輩達に残せる限りのものは残したいと新はまっすぐ顔を上げて告げた。 「……まあ、どっかの顧問が話してたの、チラっと聞いたよ、おれも。……ちっと耳が痛い話になるけど、いいか?」 「もちろんや。聞かせて」 太一の問い掛けに新は即答し、試合の時のように正面から視線を合わせた。 「何人かの話を総合すると、って事なんだけどさ。確かに新は強い。予選でも全試合、圧勝してた。もちろんそれも大事な事だけど……ただそれじゃ新のワンマンチームでしかない。他のメンバーに、もし新が欠場しても自分達で勝っていくんだっていう、気概が感じられなかった。新もそこに気付けてなかったんじゃないかって。……ワンマンチームならまだそれでもマシなんだよ。あれじゃお前のファンクラブだって言ってた先生も居た」 やはり見る人が見れば分かってしまうのだろう。千早がちょっといいかな、と太一の後に続いた。 「今ちょっと思った事なんだけど、団体戦で勝ちにいくなら、私なら新に、B級以下の人を当てる。……実際そうオーダー組んだ学校もあったんじゃないかな」 千早の言葉も藤岡東の予選敗退の理由をずばりと言い当てていた。 「……返す言葉もないわ。……ほやけど二人とも、はっきり言うてくれて、ほんとにありがとう」 逆にスッキリしたと新は笑って言った。 |