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Awkward 4

高校三年になった三人。



 「あれ、太一? ……瑞沢も宿ここやったんや」
 団体戦の全試合が終わり、宿泊先のホテルで一年生部員達と今日の試合についての話を終えた新が風呂へ向かうと、ちょうど太一や西田達と入口で一緒になった。
「おれら毎年ここだよ。って言うか、去年までお前が泊まってなかっただけじゃん」
 太一が言い返す。
「……ほやな。おれ去年までは京都の叔父さんち泊めてもろてたもんの。いや、宿の話はいいんや。……団体戦、お疲れ様。いい試合やった。……太一らと試合したかったで、個人的には凄く残念な気分なんやけどさ」
「お前が見てたのは気付いてたよ。声かけなくて、悪かったな」
「試合中なんやし当然やが? ……あ、こんばんは」
 話している二人の側を、富士崎の山城理音が会釈しながら通り過ぎた。

 「……新、面識あったっけ? 富士崎のあの子」
 太一の知る限りでは二人に接点はなかったように思い、聞いてみた。
「山城さんか? うん、年明けに高松宮杯で当たった。……太一も知ってたんやっけ」
「ああ、去年の個人戦B級決勝で。……それと団体決勝で千早が戦ってる。お前はどうだったんだよ、結果」
 試合の話となれば、太一も貪欲に問いを発する事が出来た。
「何とか勝った、ってとこや。村尾さんから事前に話聞いてえんかったら、ヤバかったかも知れん」
「ヤバかった、ってお前がか? ……なあ、その話さ。風呂の後でゆっくり聞いてもいい?」
「うん、構わんけど。……ほんならとっとと風呂済ませてまおっさ」
 答えながら新は浴場の暖簾を潜る。太一や西田達もその後から大浴場に入っていった。

 「あ、紹介すんの忘れてたな。うちの駒野勉と、二年の筑波秋博」
 脱衣場で太一が簡単に、新が話した事がなかった部員を紹介してくれた。
「綿谷新です、よろしく」
「こっ、こちらこそ……! あ、あの、去年の決定戦、見てましたおれ! す、凄かったです!」
 筑波が緊張しきった顔で答えてくる。一学年違うという事を別にしても、白波会にも籍を置く筑波には、東西代表として自分の師匠と対戦した新に対して、気安く返事が出来ないらしかった。
「あ、えっと……ありがとう……」
 筑波に悪気がある訳ではないが、自分が負けた試合の事だけに新の返事から滑らかさが失せる。
「おれも、今日団体戦見せてもろて、瑞沢の人から色々教えられたんや。ありがとう」
「……教えられた?」
 浴室に移動しながら、太一が探るような目で聞いてきた。
「ほやかって、おれチームで出た経験って六年生ん時のあれだけや。去年言わんかったっけ?」
 去年、と言われて『おれにとってチームは唯一、太一と千早やったんや』と告げてきた時の新の声が蘇る。

 「ん、ああ……悪い、お前が推薦で東京の大学受けるって話でびっくりしたし、去年は千早の怪我があったしさ」
 それも嘘ではないが、全くの本音でもない。去年その話をした時太一は「千早に関して自分は新の敵だ」とはっきり自覚した。だが一方でやはり友人でもある。その気持ちが言わせたものだった。
「……もう一年経つんやなあ」
 新も新で、入院中の千早が電話を掛けてきた時の事を思い出していた。A級決勝戦の後は結局時間がなくて、千早からの問いに答える事が出来なかった。だが電話で話すまで日数が空いた事で、千早がかるたの何に悩んでいるのか新もゆっくり考えられ、試合前に自分がイメージするものについて、淀みなく答える事が出来たとも思っている。
(あん時は、何で千早にしか言いとなかったんか、自分でも分からんかったけど……)
 今の新は「千早にだから」話したかったのだという自覚があった。だから太一にはその短い一言だけを口にした。

 「そう言やさ、去年の個人戦で推薦の権利は取れたんだろ?」
 何となく気詰まりで、太一は話題を変えた。
「うん、おかげさまで。ただ、高校に部作らせてもらったで、色々との……」
「あー……予算と実績か。うちだって一年目は年間三千円だったもんなあ」
 太一の一言に新の目が大きく見開かれる。
「え、ほんなら部費で賄えたのって……札ぐらいなんか」
「そ。畳はおれと千早でゴミ捨て場から六畳担いで運んだ。デッキや扇風機なんかは持ち寄り」
「六畳って、分けて運んだかって重たかったやろ。……凄いな、その熱意っちゅうかさ」

 新の顔を、太一は横からそっと伺う。自分が千早とかるた部を作ろうと決心したのは、新に会いに福井まで行ったからだ。「かるたを続けていれば会える」という約束を信じていた千早は迷わず福井まで行き、帰りの電車を自転車で追い掛けてきた新もまた、心の底ではその約束を信じていたと知ったから、自分もそれに懸けてみようと思ったのだ。
「……どしたんやし、太一?」
 視線に気付いたのか、新が訝しむように聞いてきた。
「いや? ……おれ、先上がるよ。のぼせちまいそうだ。後で高松宮杯の話、聞かせてくれよな」
 言い置いて風呂場を後にする。結局何をどう話しても、昔のように何でもストレートに言える訳ではない。かるたの話を別にすればだが。
(……おれも新も、ガキの頃と同じじゃいられねえ、って事だよな……)

 少し遅れて新が風呂から上がると、近くのソファに太一と千早が座っていた。
「太一、ごめん。待ったかの」
「や、そんなには。千早も高松宮杯どうだったか聞きたいんだってよ」
 頷きながら新も丸く配置されたソファの一つに腰を下ろした。
「ええっとな、専任読手の山城さんが決勝で読まんとも思えんかったで、それまでに当たれたらラッキーやなあって思ってたんやけどの……」
 新は軽く目を伏せて、理音と当たった時の試合内容を細かく思い出す。
「村尾さんから試合前に聞いてはいたけど、あの子は山城さんの読みやと、『音』だけ聞いて反応してるっていう感じではないな。もっと何か違うもんも捉えてる。身内やで生まれた時から聞き慣れた声やっていうのもあるんやろけど。おれにとって不利やったのはそこや」

 「その歌の色とか風景、だよね。私も空札読まれた時にそんなのが見えた気がする。……で、新にとって有利だった事って?」
 聞いてきたのは千早だ。やはり「感じ」に優れた千早にも理音と同じ物が捉えられると聞いて驚いたが、それは後でも聞けるだろうと新はとりあえず試合の話に意識を戻した。
「ほやな、まず体力……スタミナやの。それとまあ、武器の数……ってとこかの。相手が『感じ』に優れてたかって、要はそれより『ちょっとだけ』早く取れればいいんやしの」
 それでも「相手より早く取る」いつものスタイルが、尋常ではない反応の早さを持つ理音相手では取り負ける札も多かった。だから新は対抗するように、柔軟な札の移動や送り札のタイミングなどで、「相手に気持ち良くかるたを取らせない」戦法を採った。

 「ペース崩させて、消耗させての。……ほんでも結果、三枚差や。流石にきつかったし、札配分違ってたらどうなってたか分からんわ。……表彰式までの間にちょっとだけ話できたんやけど」
 新にとっても気持ち良く勝てた試合ではなかった、と軽く溜め息を漏らした。
「どんな話?」
「試合の事はほんなに話さんかったけど、山城さんは専任読手のお孫さんやろ。立場としては似てる所あるで、その理由でおれが周りから疎まれた事はないんか、とか聞かれたりした。……あ、そん時に猪熊さんの話聞いたわ、おれ」
「猪熊六段の? なんか、あったのか?」
 新は頷いて、クイーン戦当日に理音が猪熊六段から聞いたという話を二人に話し始めた。

 「猪熊さん、クイーン戦の時もう、お腹に赤ちゃん居たやろ? 試合の合間、つわりで苦しそうやったって言うてた。ほん時に、おれも昔聞いた話思い出しての。あの人クイーン位五連覇ならなんだけど、あん時もやっぱそうやったらしいの」
 それを試合場で理音に話した時、理音も新に教えてくれた。
「クイーン戦の合間に、控室で山城さんに言うたそうや。『これが多分私の、最後のクイーン戦だから見ててね』って。本当は最盛期はこれからやって言いたかったそうやけど、『今』全部を出す、って。一生かるたを好きでいる女の人のために、奇跡を起こしたい、三人子供がいても女王になれるって示したい、って思ってたらしい」
 千早が優勝した吉野会大会以降、猪熊六段は週に一度富士崎高校に出向いて練習していた。その姿勢に影響され、自分ももっと頑張らなくてはと思うようになったと理音が言っていた、と新は二人に話す。

 「一生かるたを好きでいる、か……おれら男には、つわりの苦しさって分かんねえけど、原田先生も猪熊六段も、確かに『一生かるたを好きでいる』人達だよな。……そこはおれ、すげえって思うし、おれ自身もやっぱそうありたいって……願うよ」
 太一は落ち着いた口調で言葉を返してくる。
「うん、おれもや。……シニアの大会とかも実際あるし、その試合でも二人に会いたいわ」
 年を取った新や太一の姿をつい想像したのか、千早が手で口元を押さえて背中を震わせている。
「何を想像したか、聞くまでもねえな……」
 太一のぼやきに新も苦笑しながら頷いた。

 「話変わるけど、今年の名人戦、雰囲気とかどうやった?」
 当日酷い風邪で直接観戦出来なかった新は、二人に話を振ってみた。
「雰囲気かあ、おれらも直接見に行ったの初めてだったから比べるの難しいけど、去年の中継と多分そう違わねえと思うな」
「試合の事じゃないけどさ、私詩暢ちゃんに差し入れ持っていったんだ」
 千早の答えに男二人は驚きを隠せなかった。
「クイーンに?」
「……詩暢ちゃん、何か話とかした?」
 太一と新が口々に問うてきた。千早は軽く頷いてから、その時の事を話し始めた。





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written by Hiiro Makishima