Awkward 3
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勧学館の玄関ロビーで新は何度目かの溜め息を漏らした。 「さっきも言うたけど、気にしてえんって。……とにかく、決勝トーナメントの試合、見に行くざ。……人の試合見るのも大事な事やからの」 「……はい」 団体戦予選リーグ。新は全試合圧勝し、B級の一年生もよく健闘したものの、試合経験の少ない他の部員は雰囲気に飲まれてしまい、チームとしての予選突破はならなかった。一年生部員達は、昨年のA級決勝ではクイーンまで降して優勝した新の顔に泥を塗ってしまった、とさっきから泣きじゃくっていて、この会話ももう何度目かになっていた。 (……こういうの、苦手や……) 南雲会の一員として参加する試合なら、何人集まっていても「個人戦に出る集団」であり、負けた理由ははあくまでも本人にある、と新も「次はどうすればいいか」を考える事も出来るし、お互いの意見もちゃんと聞ける。だが「学校の部活」という同年代だけの集団という経験がなかった分、先輩としてどこまで注意をしていいか、またどう気持ちを切り替えさせていいか分からない部分が大きかった。 (おれが部長として未熟やったで、この子らの緊張が抜け切らんかったんや。……もっと周りにも、目ぇ配らんとあかんかった。……ただでさえ、おれは他人の機微に疎いとこあるって何べんも由宇から言われとったのに……) 強くなりたければ南雲会で教われるからと、学校の部を新自身長い間軽視していた。祖父の介護があったから、などという自己弁護はどうしてもしたくなかった。千早達を見て、またチームになりたいという願望を素直に認められるようになった今になって、そのツケが回ってきただけなのだと新は過去の自分の思い上がりを恥じる。 「とにかくや。みんなの様子にちゃんと気付けんかった、おれ部長やのに。……ほやから、この負けはおれのせいや。みんなはよう頑張ってくれた。ありがとう」 いつまでもここに立ちつくしていても仕方がない。リーダーシップについては自分自身への今後の課題だと定め、新は四人に深く頭を下げてから、決勝トーナメントが行われる会場へ向かうため、彼女らに背中を向けた。 選手の邪魔にならないよう静かに試合場に入ると、一年生達も目を赤く腫らしたまま新の後に続いた。彼女らに黙って頷きかけると、新は試合に視線を戻す。他の大会で見た顔もあちこちに見つける事が出来たが、彼らと今戦えない歯がゆさを表に出す訳にはいかない新は奥歯をぐっと噛んだ。 (……北央のTシャツは目立つですぐ分かるな。ヒョロくんも元気そうや。……あのおかっぱの子は高松宮杯で当たった、えーと、山城専任読手のお孫さんやったっけ。富士崎やったんか……。あ、居った) ようやく瑞沢の青いTシャツを見つけた新は、試合運びが見える程度には近く、彼らの視界に入って邪魔にならない程度に離れた位置に腰を下ろし、スタメン五人の様子を注意深く観察する。所々聞こえる言葉の端々から判断すると、今出ているのは全員三年生らしい。そう言えば彼らの試合を通しで見るのはこれが始めてだ、と新は今更のように思い至った。 (一年の時は千早が倒れたで控室に居たし、去年はおれが替え玉の罰で試合は見れんくて。今年やっとやな。……あ、円陣組むんや) 新が見守る中、瑞沢の五人は輪になって手を重ねた。 「み・ず・さ・わっ!」 「ファイトーっ!」 威勢の良い掛け声が新の耳に届く。 (……凄い。一人一音ずつやのに、あんだけスムーズに揃って……みんな、よう声出てる。周りに居る他の高校のもんへも、自分らはチームワークがいいんやって、良いアピールになってるんや……) 円陣を解き各々の席に着く彼らからは、これからトーナメント初戦に臨むという気負いや力みがうまく抜けているのが分かる。 試合が進むにつれ、彼らの並び順にある意図に新は気が付いた。 (瑞沢はA級が三人や。中でも太一は一番周りをよう見れる、ほやで真ん中。早めに勝ち星を挙げて太一の負担をちょっとでも早う軽くすんのに、千早と西田くんが両端に座ってるんやろの。……けどトーナメントが進めば対戦相手も実力近いやろうで、座り順も変わってくるんでないかな……) 勿論、現状では新のワンマンチームにならざるを得ない自分のチームにそのまま当てはめる事は出来ないが、自分が卒業した後の彼女らがもっと戦えるように教えられる事はまだまだありそうだ。新は食い入るように五人の試合を見続ける。 (去年もちょっと思ったけど、一つのチームにタイプの違うかるたがいくつもあって、補い合うてる感じする……) 白波会育ちの千早と太一が攻めがるた、翠北会に籍を置く西田が守りがるたなのは以前から知っていたが、残る二人───予選のオーダー表から、駒野と大江という名前だけ知っていたが───も、丁寧な取りで劣勢でも諦めず粘って枚数差を詰めている。 (そうや、団体戦の最初の一勝は大きい。ほやで劣勢やっても、せめて僅差に持っていかんとあかんのや……) 新もそれは分かっていたから、予選中は逆に大差で勝つよう努めてきた。ただその分、一年生の気持ちに甘えが入ってしまった事も否めない。だがその甘えを許してしまったのも自分だ。宿に戻ったら一年生達に話しておこう、と新は今思った事を頭にしっかり刻み込んだ。 (……ぼちぼち、後半や) 札が読まれていくごとに決まり字がどんどん短くなっていく。場にある札ももう、そこまで長い決まり字ではない筈だ。新は頭の中で既に読まれた札を思い返してみる。元から二字決まりの二枚札がいくつか、まだ読まれていない。それに千早の一番の得意札もまだ出ていなかった。 「───ゆ」 次の一音が読手の口から発せられるより先に、千早の指先はもう札をはねている。新の近くで一緒に観戦していた一年生の口から「早い……」と小さな呟きが漏れているのが聞こえた。 (……あれだけは、参考もへったくれもないの。……鮮やかやし、見てて楽しいけど) 新は小さく笑う。その膝の前に、千早が飛ばした札が転がってきた。 「……頑張っての」 札を手渡しながら小声で告げる。 「うん、ありがとう」 千早も短く言葉を返すと、くるりと背中を向けて席に戻る。一度も振り返らない後ろ姿は、目の前の試合にのみ集中している事を雄弁に伝えて寄越していた。 (そこが、千早の凄い所やな。……明日の個人戦で当たりてぇわ……) 「……綿谷先輩、今の人、お知り合いなんですか?」 読みの合間に後輩が耳打ちで尋ねてきて、新は試合から目を離さないまま頷く。その間も試合は進み、千早も太一も思い切りのいい攻めを見せていた。 「───ち」 またしても一音目で千早が札をはね、続く「は」が耳に届くと、瑞沢の四人が揃って畳を打つ。千早は自陣の最後の一枚を相手に差し出して試合終了の礼をした。 「瑞沢、一勝っ!」 「おうっ!」 千早のよく通る声が響いたが、瑞沢のメンバーは千早ではなく、札に視線を置いたまま応えている。 (……そう言うたら、さっきもそうや。誰かが札取って『キープ』って言うても、札から視線外してえん。信じてるでや。……自分の仲間が勝つって。……自分も勝つんやって、思うでなんや……) 新の脳裏に懐かしい光景が浮かぶ。千早と太一との三人で出た、東京での団体戦。あの試合で揃って「ちは」を抜いた時、互いの手を打ち鳴らしたが三人の視線は札に向けられたままだった筈だ。思わず新の表情が和む。 「……?」 気配を感じたのか、千早が大きな目をこちらに向けてきた。 (おめでとう) 新は唇だけを動かして伝える。目線だけで頷いた千早はチームメイトに視線を戻し、その後は瑞沢の試合が終わるまで一度も他に視線を向ける事はなかった。 |