Awkward 2
|
藤岡東高が割り振られた社務所の大広間でも、新は注目の的だった。もっとも本人は周囲の視線など全く意に介さないが。 「先輩、何でそんな平気なんですか……?」 後輩の一人が問うてくる。 「慣れやろの。……試合始まれば、ほんなもん気にしてられんし。みんなも、落ち着いて目の前の試合だけ考えればいいで。いつもの練習でやってきた事とおんなじや」 「はいっ!」 一年生の声が揃う。 (……個人戦と違ごて、みんなが勝たんと進めん……) 現在の部員は新を入れてちょうど五人。一年生四人は最近B級に上がったのが一人、C級が二人、残る一人は段位なしだ。予選が総当たりのリーグ戦なのを考えれば、予選突破のためには新は言うまでもないが、一年生達も勝ち星を落とせない。 「……予選でも言うたけど、声出して自分らのリズム作ってこ。おれが一つ勝ち星確保するで」 今の所、藤岡東高の試合スタイルは、新以外のオーダー順は敢えて固定していない。新がまず確実に一勝を挙げる事で、試合経験の少ない一年生のプレッシャーを軽減させる。 (……正直、初めてやな。人のために、学校のために勝たなあかん、って理由で大会出るのって。……まあおれ自身も勝ちたいんやけど) 去年の高校選手権で色々考えさせられ、校内で熱心に勧誘を続けた結果発足させる事が出来た部だが、並行して学校側への折衝も必要だった。県立高校ゆえ校内の予算配分の自由度はそう大きくない。 新が永世名人の孫であり、かるた協会からも大きな期待を寄せられており、本人も男子選手としては史上最年少の西日本代表になったかるた選手である、という個人の実績で学校側もかるた部設立を認めている、というのが現状だ。新設の部に来年度以降も十分に部費を割いてもらうには、学校側が納得出来るだけの結果を出す必要があった。 (……負けられんのやで、おれにとってはリーグ戦もトーナメントも一緒やけど……当たりたいのぉ、瑞沢と。……千早や、太一と) 一応部長でもある新が一年生に対してそんな個人的な事を口には出来ないが。 (特に、太一や……千早に付き合ってかるた続けてるって、勝手に見くびっとった。特別才能がある訳でねえって、見下しとった。……同じ過ちは二度繰り返さん。……今のあいつは、甘くなんか見られん、手強い敵や) 太一の事を考えると、やはり軽い自己嫌悪を覚えてしまう。常に千早の側に居た彼が医学部を志していると聞いて、自分が千早の側に居られなかった日々と同じだけの年数、太一も千早の側から離れざるを得なくなるからイーブンだと考えてしまった事があった。 (……それに、西日本予選の時も、おれの『あの部屋』に入り込んで来て邪魔や、とか思ったもんの。……今はそう思った理由も分かってるで、イメージする時ほんな事思わんようにはなれたけど……) 挑戦者決定戦で原田に負けて以来、新は「自分のかるた」についてもっと深く考えてきた。祖父ならどうする、というのは確かに戦う上でいい指針だが、真似ているだけではいけないのだ。現に原田には「得意を崩す」を得意にしてきた新のかるたを逆に崩された。 (……おれは、じいちゃんでない。じいちゃんのかるたのいい所は受け継ぎながら、その先へ進まなあかん) 最近の新は並べた札と対話するように向かい合い、自分が経験した「その札にまつわるエピソード」をいくつも思い返したりした。「せ」が場にあれば「これは千早がおれから取った最初の一枚」、「あさぼらけう」なら「初めて太一の事を『太一』と呼んだ時の当たり札」と。そうした思い入れのある札が場にある時には、千早が教えてくれたように必ず取ると決めた。 (特に……『ちは』。これだけは絶対おれが取る。……千早が相手でもや) 昔、千早に「呼ばれ慣れている音」だからと得意札について話した事があったが、今の新にとって「ちはや」の三音は「呼び慣れた音」だ。そして「相手より速く取る」ための方法は祖父からみっちり仕込まれている。 (何にしたかって、まず一つずつや。瑞沢以外にも、強い高校はぎょうさん出てるんやしの……) 「……さて、時間やの。……楽しいかるた、しよっさ」 頭を切り換えた新は部員達に呼び掛けて、予選会場の畳に一歩を踏み出した。 勧学館朝日の間は各校のかるた部員達でひしめき合っている。千早達瑞沢かるた部の姿もそこにあった。 「よう、千早ぁ、真島ぁ。今年こそ、東京同士で決勝だぜ」 軽く身体を解していた千早達に突然声が掛けられる。振り向いた目の前には赤いTシャツを着た、細っこい姿があった。 「……え? ……あ、なあんだ、ヒョロくんかあ。うん、お互い頑張ろうね」 千早の返事に張り合いのなさを感じ、ヒョロはぶつくさ言いながら北央の選手団の輪に戻ってしまった。 (……ヒョロくんって、変わんないなあ、そう言えば。……それとも、私や太一が変わったって事なのかな……それに、新も……) 新については、試合の時にしか会えないから分かりづらいのかと初めは考えたが、それも違うと千早は思う。それなら高校三年間一緒にやって来た太一の変化について、もっと明確に分かっていてもおかしくないのだから。 (太一のかるたが変わってきた事はすぐ分かったし、理由や意味も何となく分かるけど……太一自身も、最近やっぱりなんか変だ。前にも一度、そんな風に思ったけど、あの時と今で、『なんか変』の意味が少し、違う気がする……) 大抵いつも自分の近くに太一が居るのは、小学生の時からそう変わらない構図だ。高校でかるた部を立ち上げてからずっと一緒に頑張ってきてくれた、という面では太一に「取り」以外の大きな変化は感じられない。変わってきたのは自分に対してだ。 (話しても素っ気なくて、距離を置こうとしてるようにも見えるのに……) 名人戦会場に新の姿がなくて電話を掛けた時や、クイーン戦で詩暢が一時不調になり襷を作りに一階へ駆け下りた時も、確か気が付けば太一は何か言うでもなく近くに居た。それが顕著になったのは、多分決定戦以降だと千早は感じている。 『好きや、千早』 決定戦の事を考えると千早はどうしても、今も耳に残るその一言を思い出してしまう。 『もし、気が向いたら一緒にかるたしよっさ』 それは自分がずっと望んできた事で、そのためにも頑張ってきた。奏に教わった「千早振る」という枕詞のような新の強さをずっと追い掛けてきた。 (……もしかして、私……自分が追い掛けてきた相手が立ち止まって、対等な目線で好きだって言われたから、混乱してるの……?) 子供の頃、新と太一に「ずっと一緒にかるたしようね」と言った時は、千早の中にあったのは「ずっと三人同じチームで」かるたがしたい、ただそれだけだった。だからこそ太一の中学受験や新の転校を報されてショックを受けた。 (今だって、かるたの事なら私達三人がそれぞれ全力で頑張っていけるなら、たとえチームが違っても私達は友達だって、そう思ってる。……なのに、何で……新に返事するのが、こんなに怖いんだろう……。好きだって新の一言は、周防さんに呑まれそうだった私をあんなに楽にしてくれたのに……?) イエスでもノーでも新への態度を明確にすれば、「三人」のバランスは崩れる。だが千早が以前から望んでいたのは「三人でまたかるたがしたい」だ。新や太一が千早に対する恋愛感情をはっきり自覚した今、その二つを同時に叶える事はかなり難しい。もっと言ってしまえば望みが矛盾してしまうのだ。千早に恋をする二人にとっては「千早と一緒に」が望みであって「三人」ではないのだから。 その矛盾をはっきり意識している訳ではないが、少なくとも無意識の部分では何となく感じ取っていて、それ故に最近の千早から、以前のような闊達さを少し損なわせているのだが、その事には千早自身も、また太一や新もまだはっきりとは気付いていなかった。 「……千早ちゃん、今は試合に集中して」 「あ、うん。ごめん」 奏に少し厳しい口調で言われ、ようやく千早は今考えていた事を意識の隅に押しやった。 「……」 今までの千早になら、注意するまでもない事だ、と奏は思う。決定戦の時の告白に居合わせ、その後ずっと何も言わず見守るだけに留めた奏と菫の二人が一番、最近の千早から闊達さが失せている事やその理由を分かっていた。 (覚えてますか、『積もっていく』という考え方……千早ちゃん) クイーン戦予選と修学旅行日程が被って悩んでいた千早に、「迷ったら、自分の中に積もっていって欲しいのはどちらか、そうやって選んでもいいと思う」と話した事があった。もしかしたら今も、千早はどちらが「積もっている」のか自分自身で見極めようとしているのかも知れない。 (だけどこれが、私達五人で戦える多分最後の試合。……だから今はその事だけを……) 祈るような気持ちで奏は千早の背中を押して試合の席に着いた。 |