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Awkward 1

高校三年になった三人。



 近江勧学館の廊下は全国から予選を勝ち抜いた団体戦出場校の選手たちでごった返している。出場常連校の落ち着いた表情の生徒も、今年初出場を決め、この場所にまだ慣れていない学校の生徒も、現在の意識は貼り出された予選ブロック表に向いている。その人垣が一瞬静まり、ブロック表が貼られた壁からすっと下がったのは、綺麗な水色のチームTシャツを着た一団が予選ブロックのチェックにやって来たせいだった。
(……あれが、東京代表の……)
(確か去年の優勝メンバー、そのまま今年も出てるんだろ? 瑞沢って)
 昨年の団体優勝校に向けられる視線にも、千早たち瑞沢かるた部のメンバーは動じていない。一学年下の筑波や菫は内心プレッシャーも感じていたが、太一が部長として「表情に出すな」ときつく言い渡しておいたため、傍目には余裕たっぷりに見えているようだった。

 「あー……ブロック違うんだ……」
 千早が残念そうな声を上げて一枚のブロック表を見上げていた。そこには瑞沢とは別の予選会場名と、「藤岡東高」と記されている。
「……決勝トーナメント残れば、嫌でも会うだろ。けど、去年まで部がなかったのに、予選突破して来たのはすげーよな……」
 少しぶっきらぼうに太一が答える。新の通っている高校にはかるた部がなく、去年彼が学校で声を掛けたものの上手く行かなかった、と太一に話してきたのは去年の秋頃の話だった。あれから───おそらく新年度に入ってから人を集めて全国大会の切符を手に出来るとは、やはり「かるた王国」と言われる所以なのかと思う。
(……競技人口に加えて、新のネームバリューもだろうな。永世名人の孫で、男子じゃ最年少の西日本代表。そんな奴に誘われりゃ、真面目にかるたやってる奴なら嬉しいだろうしな……)
 その考えでいけば、急造の部とは言っても個々の選手の実力を侮る事は出来ない、と太一は表情を引き締めた。

 「……あ……」
 そんな話をしている太一と千早の近くから、遠慮がちな声が聞こえてきた。
「よう、開会式じゃ話す暇もなかったな、新」
「……うん、まあの。太一も調子良さそうやの」
 太一が口にした名前を聞いた周囲の生徒達のざわめきが一気に大きくなった。
(……って、あれ西日本代表の綿谷新か?! 今年団体戦も出んのかよ……)
 去年の高校選手権で、明石第一女子高の逢坂恵夢に向けられたのと同じ視線が今年の新に集中している。
「さすが、有名人って感じ?」
「……何がやの。太一かってほうやろ? ……あ、紹介しとくわ。……この子ら、うちの部員。一年生ばっかやけどよろしくの」
 新が藤岡東の選手を瑞沢のメンバーに紹介する。新以外全員一年生だという部員は、緊張しきった顔で太一たちに会釈をした。
「よろしく。瑞沢かるた部部長の真島です。これが、うちのメンバー。決勝トーナメントで当たったら、お手柔らかにね」
 藤岡東の一年生とは対照的に、太一はにっこり笑って言葉を返している。その愛想の良さは新が見知っている太一より「他所行き」に感じられた。
(……作戦、かの。……去年の優勝校の部長ってオーラと、本人の見た目でうちの部員だけでのうて、周りにもプレッシャーかけてきてるんやろなあ。……特にうちは女の部員ばっかやもんなあ……)
 一年生たちはやはり太一のルックスに気圧されたのか、もう一度会釈をすると数歩離れた所へ移動してしまう。唯一動じていない新が周りに視線をやった時、印象的な大きな瞳と新の視線が交差した。

 「あ、えっと……ひ、久しぶり、やの。……千早も」
「……う、うん……」
 そう言えば千早と顔を合わせるのは挑戦者決定戦以来になる。それを思い出した途端、新の顔は茹で上がったように真っ赤になり、目の前の千早もまた同じように顔を赤くして俯いていた。
(何、話せばいいんや、こういう時……。ほや、かるたの話やったら……)
 そうは思うのに、口の中に舌が貼り付いたようになって言葉が出ない。
「……」
 千早も千早で、新に会ったらあれも話そう、これも言おうと思っていた事が全部頭から抜けてしまっていた。
(何で……? ずっと新とかるたがしたいって思ってたのに……、何で、怖いって思ってんの、私……?)
 去年のこの場所で、新と詩暢が戦った個人戦決勝。あの時も試合が始まるまでは何としても見たいと思っていたのに、実際に浦安の間の側まで来た途端、急に怖くなった事を思い出す。だが今千早が感じているのは、あの時の気後れした感覚よりもっと強い。新の顔さえ見られず、俯いて両手をきつく握り込んでしまう。

 (どうして『怖い』って思うのかは分からない。だけど……多分、私が怖じ気づいてるのは、新に会う事そのものじゃ、ない……)
 新から「好きや」と言われるまで、千早にとって新と太一は「大切なかるた仲間」で、個々の事情はともかくとしても、ずっと三人仲間で居たい存在だった。
(……けど、会って話しちゃったら……特に、あの時の……好きだって言われた時の事を話したら……)
 どういう形であれ、その関係が崩れてしまうだろうという認識は持っていた。
(だから、今はまだ……その話、出来ない。……せめて、大会が終わるまで……)
 告白の返事をずるずる引き延ばすのは新に対して失礼だとは思う。それでも自分の心がどこを向いているのか千早自身はっきりしない今の状態で、返事をするのもやはり間違っているという気がしてならなかった。

 「……綿谷先輩、私達もそろそろ会場に向かいましょうよ」
 新の後輩だという生徒が呼ぶ声が千早の耳に届き、弾かれたように顔を上げた。千早の目には、その生徒が新に向けている、きらきらした表情が妙に浮かれているように感じられて何故だか面白くない気分にさせられる。
「千早、おれらも行くぞ。……じゃな、新」
 太一が千早の手首を掴んで移動を促す。
「え、あ、ひ、一人で行けるからっ」
 今までにも、太一に腕を引かれて場所を移動した事は何度もあった。けれど今、新の見ている前で太一に腕を引かれる事に、千早は何故か酷く抵抗を覚え、太一の手を慌てて振り解き、きゅっと唇を噛んで新の前から駆け出した。

 「綿谷先輩?」
「……え? あ、ああ……ごめん。行こ」
 久しぶりに顔を合わせた千早の態度を、新はどう受け止めていいのか考えあぐねていた。
(……どっちにしたかって、おれの気持ちは伝えてもた。今んなって、気まずいで取り消すとか言える訳ないし、言うつもりも、ない)
 去年の挑戦者決定戦の後に言った通り、あくまでも「千早の気が向いたら」として告白した事は自分でもよく分かっている。もちろんその言葉は本心だが、いくばくかの「建前」が含まれていて、男としての本音の部分ではやはり千早からイエスと言われたい気持ちが自分の中にあるのも否定出来なかった。その本音と建前での矛盾が、元々言葉数が少ない新の口をさらに重くさせてしまっていた。
(拒否なんか、戸惑ってるだけなんか……それさえ、おれには分からん……)
 一番好きな千早の内面さえ掴めずに、こうして懊悩するしかない。今になって、周囲から「鈍い」と言われていた事を新ははっきり自覚する。
(ほやけどさっき、千早……太一の手、振り払ってった。ただ、おれの前からも慌てて走って行っつんたで、やっぱ……どっちか分からんな……)
 千早が太一の手を振り切った事は、もしかしたら自分の目を気にしてくれたのかも知れない、そう思うと少し安堵出来た、があの硬い態度と走り去る様子は、もしかしたら千早の答えは自分の望まない物なのかも知れないという不安も同時に新に抱かせた。
(……あかん、かるたの試合前や。頭切り替えな……)
 自分達の予選会場に入った新は、握り拳で自分の胸を強く叩き、考え事を一旦意識の外に締め出した。

 「さ、まずは予選突破だ。みんな、気合い入れてけよ」
 瑞沢が割り振られた試合会場で、太一は部員に檄を飛ばす。
(今のおれは、部長なんだ。……個人的な事なんか考えてる暇、ねえんだって……)
 そうは思うものの、さっきロビーで新と出くわした時の千早の様子はなかなか太一の意識から離れてくれない。二人して赤面したまま、ろくに何も話せない様子には見覚えがある。名人戦の応援でこの近江神宮に来た時、新の姿が会場にない事を訝しんだ千早が携帯電話一つ掛けるのに緊張しきっていたのとよく似ていた。
(……だから、決定戦の時、千早と新の間に何かあった事ぐらいは、おれにだって分かってる……)
 ただ太一の口から、二人に何かあったのか直接千早や新に問うた事はない。状況の予測は出来ているが、自分も千早が好きだから、知らない間に二人の関係が進展したと聞かされる可能性がゼロにならない限り、積極的に尋ねる気になれず、だが一方で現状はどうなっているのか気になってしまい、常に千早から少し離れた所に自分を置いて、彼女の様子から二人の現状を推し量ってばかりだ。
(さっき、ロビーから離れた時だってそうだ。おれは……新の前『だからこそ』、千早の手を引いて行きたかったんだ……)
 実際太一が掴んだのは千早の「手首」だ。それは太一が自分に課した制約だ。千早の「手」を繋ぐのは、彼女の気持ちが自分にあるとはっきり分かってからだ、と。だが当の千早は掴んだ手を振り払った。千早のその行動も、新の前だからだと思うと、太一はとろ火で全身を焼かれているような気分になってしまう。

 「……真島部長?」
「え、ああ、悪い。気合い入れろって言ったの、おれなのにな」
 太一は七人で円陣を組む。
「……おれたち三年にとっては、これが最後の高校選手権だ。『次』なんかない。だから、みんな……全力で行くぞ!」
(そうだ、もう『次』なんかない。……おれにとっても、これが多分、最後の……)
 その先に続く言葉を、太一はわざと考えないことにした。
「千早、お前はうちのエースだ。一回戦から、攻めていけ。……いつも通りに」
 さっきまで上擦っていた千早も、円陣を組んでからはこれからの試合に向けて集中を高めだしているのが分かる。
「もちろん」
 今は「この」千早が居るだけで十分だ。太一はそう頭を切り換え、両隣に居る千早と西田の背中をパン、と叩いた。





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written by Hiiro Makishima