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No Regret -- you must not get away -- 3



 「……今思い返すと、新学期入ってからの真島先輩って……何かちょっと、違ってたように思うんです。もちろん、振られれば誰だってショック受けるから、相手と顔合わせたくないって思うのは無理もないんですけど、それとも違う感じっていうか」
 それこそ受験勉強を口実に部活動自体を休んでも良かったのに、太一は部でかるたを取っていた。千早と試合を組まれても、ちゃんと取っていた。それが逆に不思議だと菫は二人に言う。
「そうですね。……新歓の原稿も一緒に作ってました。空元気だったのかも知れませんが……」
 部長としての責任感からそうしていたのか、千早が自分を責めないように普通に振る舞っていたのかは奏にも何とも言えない。千早の話では、告白を断られた太一は短く「うん」とだけ言って部室を後にしたという。つまり千早の言葉を一度は受け入れたと考えていい。
「た、退部届け……出したよね、太一。かるた部の紹介始まる前に。……あの時、一年生の後ろに、居た。でも、かなちゃんと交代する直前に……出ていったのが見えたから。……見えた、から……追い掛けた。私が、追い掛けて……! 退部なんかイヤだ、やめちゃイヤだ、って……!」
 そう千早が言ってしまった時、太一の顔から作り笑いが消えた。

 「……お前はおれが、石で出来てるとでも思ってるのか、そう言って……キスしてきた。今はかるた出来ない、百枚全部真っ黒に見えるって……」
 菫はそれを聞いて、ついに自分の感情を抑えられなくなった。
「綾瀬先輩、残酷すぎます! バレンタインの時、真島先輩に笑ってほしいって泣いてましたよね。あれで私、自分の勝率はゼロだって、そう思ったから真島先輩に言いました。言って、諦めようって。バレンタインが不発だったのは先輩のせいじゃないですが、代わりに、って企画した源平戦大会、優勝賞品が真島先輩のキスって言ったのも綾瀬先輩です!」
 源平戦の結果が千早と同点首位なら、太一も内心、期待はした筈だ。千早にキスをしても、千早から受けても、太一にとっては同じだから。そんな期待を抱かせ、過去の自分の狡さまで懺悔しての告白は断った。それだけなら太一もいずれ消化出来た事なのかも知れない。

 けれど退部した彼を追い掛けてまで千早が口にした慰留の言葉は、太一の傷口をさらに抉るようなものだ。追い掛けてきたのがよりによって告白を蹴った千早だった事自体、それまで辛うじて彼が保ってきた平静さを粉微塵にした筈だ。
「身勝手すぎます! 鈍感すぎます! それなのに、泣いて蹲るばっかりで! そんなのって卑怯すぎます!」
 マスカラが流れるのも厭わず、菫は千早に言葉をぶつける。奏は彼女が落ち着くのを黙って待ちながら、考えを巡らせた。
(さっきの眼鏡の話……恋ではないにしろ、真島部長はその頃から千早ちゃんを好きで。だから努力してきた。卑怯じゃない人間になろうって。……一人で大会に出たのも、そのためで。そうなれて、やっと言えると思っていたから)
 良くも悪くも、太一のかるたの原点は「千早と新」だ。菫がそうであるように、太一もまた千早の目に自分だけを映して欲しい、と千早を支え、励まし、頑張ってきたのは間違いない。その真剣な告白を受けずに追い掛けた行為は太一にとって、恋愛対象として視野には入れないが、かるたはこれまで通り一緒に取ってほしいという都合のいい話になる。
「……ごめん。ごめんなさい。菫ちゃんの言う通りだよ。……私が、身勝手すぎたんだ。小学生の時、新にしたのと同じ事を、また太一にもして……。なのに、どうしていいか分からない……」

 「さっき花野さんが言いましたけど……そうやって泣くのは逃げや卑怯、というより自己憐憫です。真島部長を傷つけた自分には、綿谷さんの告白を受ける資格がない、そんな風に思うのも、やはり逃げているんです。……問題と向き合う事から」
 奏が落ち着いた、だが厳しい声で告げた。その言葉に泣いている千早の身体が一瞬竦んだ。
「綾瀬先輩は、綿谷さんの告白の意味に気付いたから、真島先輩に『ごめん』と言った。それはもう、なかった事には出来ません。してもいけません」
 ようやく涙を拭いた菫が後に続いた。自分の言葉を取り消したいなら、心からの誠意で行うしかないと言葉を継ぐ。
「だけど先輩が、綿谷さんに答えを返したら、もう取り消せません。それから後に、やっぱり真島先輩と……ってなれば、真島先輩を苦しめたのと同じ事を綿谷さんにもするのと同じです。そうやってフラフラ揺れるのも、二人に失礼です。それでまた先輩は、自分が悪いんだって泣くだけのつもりですか」
 小学校の時、自分の迂闊な言葉が他人を傷つけると痛感したとついさっき自分の口から言ったでしょう、と菫もまた、奏と同じくらい強い意志が感じられる声音で言い切った。

 恋愛の事は一旦置きますが、と前置きして今度は奏が口を開いた。
「千早ちゃんはチームのキャプテンです。部を作った時自分からそのポジションに就きました。……それなら果たすべき役割があります。責任があります」
 奏は千早の顔にしっかり目線を向けてさらに言う。
「今までは真島部長がその役割を一手に担っていましたが、部長が居ない今は……部長の事を知っている私達六人がそれぞれ、部長の代わりに果たすべき事があるんです。花野さんはそれをよく分かっているから、逃げる訳にはいかないという覚悟があるから、新一年生の教育係に名乗りを上げてくれました」
 ただ強いだけがキャプテンではない。現状を自分が招いたと言うのであれば、泣くことよりもまず、「自分がすべき事」をしっかり考えて欲しい、考えられないならそれこそキャプテンを名乗る資格がない、と締めくくられた話に千早は顔を上げられないでいた。

 「私は翠北会に所属していますから、肉まんくんの話を机くんと一緒に聞いた事があるんです。元クイーンの山本由美さん。周囲の期待が重くて、潰されそうになっていた時もあったそうです。でも……元クイーンという重い肩書きから逃げられない、と感じた時。由美さんは逃げないと決意した、そう教えてくれました」
 奏の言葉に、そう言えばと菫が返してきた。
「原田先生が教えてくれたんですけど、真島先輩がB級で二回準優勝した時に、白波会のルールとは違うけどA級に昇級するか、って聞いたそうです。綾瀬先輩たちが待っているからって。でも真島先輩はそれを断りました。逃げないやつになりたいって」
 「逃げる」に関連した話として、奏は二年前の東京予選で駒野が一試合抜けた時の事を話す。彼は一度逃げ出しはしたが、自分の意志で戻ってきて、みんなに頭を下げた。
「さっき千早ちゃんは自分の心境を『かぜを』に喩えて話しましたけど、花野さんもずっと思い悩んできたんですよ、千早ちゃん。真島くんに対して本気だから、振り向いて欲しいって」
 和歌に精通している奏は優しい声で続きを口にする。

 「かぜをいたみ、は確かに、波が砕けている風景を見て、自分一人だけがこうして思い悩んでいるのかなあ、という歌ですが……」
 よく聞いて下さい、と奏は一度間を取った。
「千早ちゃん、岩が砕く事が出来るのは『波の表面』だけです。いいえ、激流になれば岩だって砕きます。……そして波は、砕けても元の海へ戻っていきます。……それに、もしその岩が深い深い海の中にあれば、水はその岩を優しく包むだけです」
 それでも「真島太一」という波がいつ戻ってくるのかは、奏にも分からない事だった。
「大江先輩、深いですねえ……」
 砕ける波と深い海が誰を差しているか、恋愛事への勘が鋭い菫には尋ねるまでもない話で、感心したようにそれだけを返す。その二つを引き合いに出さずとも、太一と新の告白はあまりにも対照的なものだ。それも菫は良く分かる。
「私はそこまで『思い悩んで』たとは思ってないんですけどね、さっきの綾瀬先輩の話で、ちょっと思った事があるんです」

 千早と奏の二人に「いいですか」と断って、菫は「ちょっと思った事」を語り始めた。
「綾瀬先輩を周りの人達はよく『天然』とか『素直』とかって見てますけど……それって『その人が綾瀬先輩にどういう感情を持ってるか』で決まる、というか変わる事なんじゃないかって」
「どういう、感情を……?」
 ようやく千早の口から小さな問いが紡がれる。菫は頷いて続きを話していく。
「先輩を『天然』と思う人なら、何か言ってもまあ仕方ないやと受け流してくれるけど、そうじゃない人……先輩にいい感情を持ってない人は話を真面目に聞いていないとか、相手が傷付く事を平気で言う、そんな風に受け止めますよ」
 逆に元から千早に対して好感を抱いていれば、欠点すら魅力なのだと思うものだろう、と言うと、奏が頷いた。
「……あばたもえくぼ、ですね。人は感情というフィルター越しに他人を見ますから」
 そう奏は受け答え、千早に視線を送るが、彼女は再び俯いていた。






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written by Hiiro Makishima