No Regret -- you must not get away -- 2
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「適当に座ってくださいね」 菫は部屋に招き入れた奏と千早に呼び掛ける。奏は普段通り一言礼を述べてからラグの上に正座した。一方の千早は扉の側に突っ立ったまま動けずにいる。その無気力さに少し苛立った菫が座るよう、やや強い口調で重ねると、ようやく千早は二人と距離を取って腰を下ろした。 「千早ちゃん、単刀直入に聞きます。……真島部長との間に、何があったんですか」 いつもなら奏はこんな尋ね方はしない。しかし今の千早に口を開かせるには、多分こうでも言わないといけないだろう。新から告白された後の千早も心ここにあらずで人の呼び掛けが聞こえていなかったが、今のそれは真逆な沈黙だ。 「……」 千早は俯いたまま、かぶりを振るばかりで何も答えようとしない。 「綾瀬先輩、真島先輩が告白したのは、私が言った事のせいもあると思います」 そう言って菫はバレンタインデーに大きな声で好きだと二階から告げたと言葉を重ねた。 「それから私、言ったんです。真島先輩も好きな人に好きって言ってください、って」 「真島先輩の背中を押したのは私でもあるから、自分が逃げるわけにはいかない。そして逃げずに部をまとめていく事で、先輩が復帰してくれた時……いえ、たとえ復帰してくれなくても、心配掛けないように、安心できるようにと思ってるんです」 菫が言い切った時、千早の肩がぴくりと動いたものの、やはり何の言葉も発しなかった。 「千早ちゃん、もう一度訊きます。何が、あったんですか」 「……」 奏が再度問うが、やはり千早は首を左右に振るばかりだ。その態度に業を煮やした奏は一年前「伝える、伝わるはルールの向こうにある」と菫を強く諭した時のように、芯のある声で話し始めた。 「私や花野さんだけじゃなく、他のみんなも同じ意見だと思いますが、千早ちゃんがブレない限り私達はその背中を押し、支え、部を前進させていけます。一年生にも上級生への礼を説けます。確かに田丸さんの言うように競技には優勝劣敗がつきものですが、それ以上に礼を重んじるのが『かるた』ですから」 かるた、の一言で千早が堰を切ったように泣き出した。 「わ、私がずっと岩だった……! 岩だから、今まで一緒に頑張ってきてくれた、太一のいろんな気持ちを砕いて、粉々にしちゃったんだ……! だから、かるた……取れないよ……っ! 動け、ない……!」 泣きじゃくりながら零れていく千早の言葉で、奏は「かぜをいたみ」で自分の心情を吐露していると奏は気付く。 「そうやって泣くのも『逃げ』じゃないんですか。私のせいだ、って泣いて、そこから一歩も動かない。気持ちを砕けさせたって事すら受け止め切れていない。自分の言動の責任は、自分にしか取れません」 逆に菫は厳しい口調で言い返してきた。「逃げ」という言葉を耳にした千早が弾かれるように顔を上げてきた。 「……千早ちゃん、話してください。何があったのか。私達から絶対外には漏らしません。約束します」 まだ何か言いたげな菫を軽く制し、奏は三度目になる問いを発した。ようやく千早の首が縦にこくんと振られ、父が勝手に食べて失敗に終わったバレンタインデーの事から話し始める。 「あれが上手くいかなかったから、みんなで源平戦大会開いたよね。あれで太一がやっと元気出してくれたから良かったなあって思ってた。それで、新入生来る前にカーテン掛け替えようって部室行ったら、太一も勉強しに来て」 そこから先を話すのはやはり辛い。けれど菫の口から出た「自分の言動の責任は自分にしか取れない」という言葉と覚悟の前には、起きたことをありのまま話す以外ない、と千早はきつく握った拳で涙を拭い、話を続けた。 源平戦大会の話をしていた時、太一が「覚えてるか」と聞いてきた小学校時代のかるた大会。 「……新の眼鏡、隠したのはおれだ、って。新に負けたくなかったから、って」 「綿谷さんの、眼鏡をですか?」 「真島先輩がですか?」 菫と奏が同時に声を上げた。高校に入ってからの、努力家で仲間思いな太一しか知らない二人にとって、にわかに信じがたい話のようだった。 「うん……少し話逸れるし、ちょっと長くなるけど……二人には、話す」 外に話を漏らさないと二人が言ってくれたので、千早は小学生時代の話を少しだけ詳しく話す事にした。太一が現在の太一になった原点だから避けて通れない話だ。そして千早自身にも、考えなしに口にした言葉がどういう影響を与えるのか初めて大きな後悔を抱かされた出来事でもあった。 「転校したての新を私、どっか教室以外で見たように思って、それが気になってずっと考えてた」 顔を歪めて千早は話す。六年生全員に与えられる「百人一首暗記」の課題。 「それまで百首覚えてたのは、太一だけだった」 前日の放課後に転校生の新が百首一気に暗唱したという担任の話でクラスの賞賛を集めた中、千早が思い出したままを口にした、「新聞配達」という言葉は注目度はそのままに、正反対の同情や憐れみといった目を新に向けさせてしまった。周囲から机を離されたまま黙々と食事をしている新の姿で、「思った事をすぐ口に出しすぎ」という姉の言葉を痛感させられた。 新と初めてかるたを取った次の日、「新と話すならお前もハブだ」という言葉通り、教室の隅に押しやられていた自分の机。よそ者と話すのをやめたら千早のハブは解除してやってもいいと言う太一に、かるたなら新は誰にも負けないと言い返した自分。方言を気にして殆ど喋らなかった新が「一枚も取らせんよ」と、しっかり顔を上げて太一に言い切った事。 「……じゃあ勝負だって太一、言ってきた」 新が返した言葉通り、校内かるた大会でもし一枚でも抜かれたら新は卒業まで除け者のままという条件だった。 「当時の実力知らなかったにしても、それって綿谷さんにばかり不利な話じゃないですか」 ずっと太一を追い掛けてきた菫から見ても、その勝負はあまりにも不公平だと思える。そう言葉を返してきた。 「そうですね。部長から見れば、自分じゃなくて、決勝までに当たった他の誰かのマグレでも条件はクリアできますし」 菫の意見に奏も大きな反対を見せていない。 「……実際は、どうだったんですか? 千早ちゃん」 「新は、自分の言葉を証明してた。本当に誰にも一枚だって抜かせなかった。……決勝までは」 「それが、さっき言っていた眼鏡の事、なんですね」 千早は頷く。大会自体は決勝戦に千早が乱入した事で全員敢闘賞という扱いになり、そこからは三人で白波会に行くようになったから、眼鏡の一件は太一から打ち明けられるまで千早は知らないままだった。 「……それを、太一は言ってきた」 話さなければならない事はむしろこれからだ。膝の上に置いた手が震えるのを千早は感じ取った。 「私、言った。酷いじゃん、狡いじゃん、って。だけど太一はそれに何も言い訳しなかった。ただ『うん』ってそのまま認めてた。……卑怯じゃないやつに、なりたかったんだ、……好きなんだ、って……言われた」 その言葉を聞いた菫が少し身体を固くした。自分の言葉が背中を押した理由の一つだと覚悟していても、やはりその単語を他でもない千早から聞かされるのは辛い。 「でも千早ちゃんは……受けなかったんですね。真島部長の、告白」 それは部室での様子を見れば分かります、と奏はそっと声をかける。千早はそんな奏に小さく頷き返した。 「……なんで、って。抜け駆けして試合に出た時みたいに。なんでなんで、って……考えてくうちに、じゃあ新が言ったのはどういう意味なんだろう、って。……一緒にかるたしよっさ、って言った意味」 千早も生涯を懸けようと決めたかるたを「一緒にしよう」と言った新の真意。 「きっと新は、一緒に生きていこうって言ったんだ。……だから、だから私は……ごめん、って……」 千早もその結論に辿り着いていたと知った奏は、太一の告白を千早が断った事には驚かなかった。ただ、今の千早がかるたさえ取れないと泣くほどの出来事は、むしろそれより後に起きたのだろうと思う。退部届を出すまでの太一があまりにも普段通り振る舞っているように見えたからだ。 |