FX情報の口コミ

No Regret -- you must not get away --



 瑞沢かるた部の空気が澱んでいるようだ、と二人を除き全員が思っている。
「先輩たちには、すごく失礼なんですけどー、エースの綾瀬先輩に私、一応勝っちゃいましたから」
 例外の一人、今年入学してきた田丸は新春大会で兄を破って優勝したその千早に十三枚差で勝った事を楯に、上級生の注意に耳を貸さない。口調こそへりくだっているが、その大会でA級に昇級した彼女は、三年の駒野や奏がまだ昇級出来ていないからと部内を引っかき回していた。そしてもう一人の例外である千早はそんな田丸にも、部員にも殆ど口を利いていない。
「田丸兄妹は『ウザい』かるたを取る」
 広いようで狭いかるた界だから、その話は瑞沢の部員にも何となく伝わってはいた。試合中のそれは作戦と言えるが、部室での慇懃無礼さは部内をバラバラにしていくだけの物だ。

 「……あれじゃ増長するばかりだよ。高校選手権の東京予選さえまともに戦えない。今のウチじゃ決勝で北央に勝つどころか、予選リーグさえ突破できないかも知れない」
 千早を除く二年三年だけでミーティングを開いた時、駒野が口火を切った。田丸を除くかるた未経験の一年生は、上級生と彼女、どちらに付くか決めかねて落ち着きがなく練習にも身が入っていないままだった。そんな状態で団体戦を勝ちきれる訳がない。
「一年の時言ってたじゃんか。僕らはまだチームになっていないって」
 それを言ったのは太一だが、駒野は名前を出さずに告げる。
「だよなあ。……綾瀬がきっちり、全力で叩くのが一番なんだよ。あいつ元から綾瀬と張り合う気満々だったし」
 西田が言うが、その千早は相変わらず塞ぎ込んでいて、かるたさえ取れない状態が続いている。

 田丸が「一年全員でレギュラー獲得を狙おう」と画策しているらしいとは聞いていた。だからこそ千早が浮上する必要がある、と彼も考えている。レギュラーを狙う事、それ自体は悪くない。ただ田丸の場合、それとは何か違う印象を受ける、とかるた歴が長い西田は感じ取っていた。
(……何て言うか、もし田丸がおれらと団体戦出ても、チームのためにとか思わないんじゃねえか? うちが負けても自分が勝ててりゃいい、みたいな……)
 確かに千早も昨年の予選決勝のように、自分の試合にしか目を向けていない事はあったが、牽引力という役割を担っている自覚はある。あまり誉められた事ではないが、試合後そのまま寝ているのを見ただけでも、千早が勝ち星を一つ上げたと分かり残り四人に力をくれるものだった。
「去年の富士崎戦でさ、綾瀬また寝てたじゃんか。けどあれで諦めねえ、諦めちゃダメだって思えた」
「綾瀬が寝てしまうのは、全力で戦ったからだって僕らみんな知ってるしね」
 昨年の全国大会決勝を思い出した西田に、駒野がそう返す。勝ち負けはともかく、エースの全力を無駄に出来ないと思わせるかるたを千早は取るからだ。

 「やっぱり、真島先輩の退部が相当ショックなんじゃ……」
 去年の「チーム」として強くなった瑞沢しか経験していない二年の筑波はそんな風に言うが、今それを言っても始まらないと三年生は内心思う。
「おれが入部した時も、田丸と似たような事言ってましたけど……おれも近江神宮で団体戦出たから先輩らの言うの、分かります」
 部室で千早が前年に倒れて以来ずっと、もう一人部員がいればと思っていたと言い、東京予選で五人、特に駒野が見せた姿からA級B級という事より、積み重ねてきた経験が大事なのだと知った。
「強い先輩が横にいるだけで、すごく気持ちが軽くなるんだって、おれ分かりました」
 生意気で済みませんでした、と筑波は言葉を継ぐ。とは言え、何をどう話しても結局、エースの千早が落ち込んだままでは現状打破が出来ないという所に全員着地してしまうのだ。

 「……大江先輩」
 同じく二年生で、現在その困った一年生たちの教育係になっている花野菫はそっと、一つ年上の大江奏に視線を送る。
「そうですね」
 その視線を受けて奏は小さく頷き返した。
「でもその話は、ミーティングが終わってからにしましょう」
 奏が小声で告げたそれに、菫も同じくらい声を潜めて「分かりました」と返事をする。

 少し前、「あの一年生をどう諫め、どう纏めたらいいか」と菫から相談を受けた時、太一の退部についてもう少し掘り下げてみようという話が二人の間で出ていた。
「……千早ちゃんがあんな状態なのは、真島部長との間に何かあったからだと私も思います」
「でも先輩、男子がいると話しにくい事もあるじゃないですか。私達と綾瀬先輩だけで話してみるのがいいって、私思うんです」
 千早に配慮している言葉を聞いて、奏は彼女が大きく成長したと改めて実感する。
「花野さんは、本当に強くなりましたね。去年の今頃とは別人のようです」
「別人、かも知れませんよ。私、あんな風に告白したの初めてですし」
 少し照れた口調で菫がバレンタインデーに二階の窓から太一に向かって「好きな人に好きと言ってください」と告げた事を話すと、奏は驚いたようにしばらく菫の顔を見ていたが、やがてにっこりと微笑んだ。

 「すごく、素敵な言葉ですね。誰かの背中を押すような告白は、誰にでも出来るものじゃないと思いますから」
 人が誰かに想いを告げる時、その主体は「自分」だ。そして相手も自分を見てくれるようにと願うものでもある。だから菫がそう言える勇気が素晴らしい、と奏は感じていた。
「……綿谷さんの告白でも、主体は自分にありましたね。……千早ちゃんに答えの全ては委ねていますが」
「でも『もし気が向いたら』で人生まるっと預けるなんて、相当な覚悟ですよ。それにあの言葉、ほとんどプロポーズじゃないですか」
 決定戦の後「一緒にかるたしよっさ」という新の言葉に込められた意味を考えた事がある、という奏の言葉を引き合いに出して菫が答えた。ただ奏がそれを考えたのは、席を外していたが当事者になり得る太一に話すかどうか、決めかねていたからだが。
「ええ。照れてしまったようでしたけど、潔い言葉でした。……あんな風に言えるのも、やはり本気だからでしょうね」
 少し羨ましいですね、と奏も言葉を返す。

 新の名が出た事で二人は本題に戻った。時間を作り、他に話が漏れないような場所で千早と話すべきだと思い、結局それが問題の根本を知る一番の早道だと考えてきた事だけに、まとまるのは早かった。そして話すのは早ければ早いほどいいという意見にも二人は一致を見せる。
『たまには女の子三人でお喋りしませんか?』
 場所については少し話し合った末、菫の自宅でと決まってすぐ、奏は千早の携帯に宛ててメールを送った。やんわりとした誘いだが、場所はもう決めてある、と奏が送るメールにしては押しの強い文言が書き添えてある。
「大江先輩、強気……あ、でもそうですよね。ほら去年、私が部室から逃げ出した時、『伝える、伝わるはルールの向こうにある』って、あんなにはっきり怒ってくれましたもんね」
 あれで自分は部室に戻る勇気と、自分の言葉を挽回できるのは自分しかいないという決意を持てた。そう菫は告げた。
「私も、部室に戻ってきた花野さんが『まだ百首ちゃんと覚えていないから』って言っていたのをよく覚えてます。……あれで筑波くんも、肉まんくんや机くんの話をちゃんと聞くようになりましたから」
 二人は小さく笑い合い、しばらく部室に顔を出していない千早の教室に向かった。

 「千早ちゃん」
 奏の呼び掛けに千早の背中が竦んだ。
「さっきのメール、見てくれましたか?」
 千早は無言で頷くだけで、それ以上の反応を返さない。その手を奏はしっかり掴んで立たせ、背中を押すように教室から出させる。廊下には菫が待ちかまえていた。
「行きますよ」
 奏から千早の鞄を受け取った菫が否も応もない、きっぱりした口調で千早に告げ、奏と二人で千早を挟み込むと一緒に背中を押して玄関で千早の靴を出してきた。その千早は他律的な動作でのろのろと靴を履き替え、また二人に押されながら正門に出る。
「もしもし、綾瀬さんのお宅でしょうか。私、千早ちゃんの友人で大江と言います。今日ちょっと、部の集まりがありまして、帰りが少し遅くなると思いますので、お電話させていただきました」
 奏は自分の携帯から千早の自宅に早手回しな一報を入れて、また歩き出す。

 「あの……かなちゃん、菫ちゃん。……私、今……そんな」
「気分じゃない、ですか? それは認められません。部の空気が悪いのは、先輩のせいでもありますから」
 厳しい口調で千早の言葉を遮り、はっきりと菫は告げた。奏も厳しい目を千早に向けている。今日まで誰も面と向かって言わなかった「自分のせい」という直截な言葉に今の千早は逆らう事が出来なくなった。
「行きましょうか。花野さんの家の方にも、先に報せますか?」
「大丈夫ですよ。葵がよく友達呼んでますから」
 他校にいる双子の弟を例に、菫はあっさり答える。
「だったら良かったです。別に大騒ぎする訳じゃないんですけど、ご迷惑になっては心苦しいですし」
 本題は着いてから、と奏たちは当たり障りのない会話をしながら菫の家に向かう。その道中、千早はずっと無言のまま、背中を丸めてとぼとぼと付いていくだけだった。






Next


written by Hiiro Makishima