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 「……おれ一時期、かるたやめてたが?」
 新は穏やかな口調で話を続けた。
「……ほやけど戻った時、はっきり思ったんや。この先おれがかるたを止める事はないやろって。……年取って、選手からは退く時が来るかも知れんけど、それは『かるたとの関わり方』が変わるだけで、止めるのとは違う」
「うん」
 元来無口な新が迸るように紡ぐ「かるたへの思い」を遮りたくなくて、千早は短い相槌だけを返す。
「千早かってほうやろで、敵味方やっても一生どっかで繋がってるやろうって思うし。……あ、さっき所属どうするって千早聞いてきたけど、ごめんな、マジでまだ分からんのや」
「……白波会、来ないの?」
 千早が首を傾げて聞いてきた。
「大学の部が単独でかるた会になってたら、入部イコール所属って事もあるでさ」
「あー……そっか。そう言えば結構あるよね、なんとか大学かるた会とかって」
 千早が見知った範囲では、北央かるた会の須藤が大学進学後も同じ所属のままというぐらいだろうか。同じ東京都下だから移籍しなかったという事なのだろう。それに東京に出てきた新が住む場所によっては、白波会へ通う事が難しい可能性もある。
「……仕送りしてもらう身分やでさ、かるたの練習行きやすいとこがいい、とはやっぱ言われんし。ほやで所属の話はちょっと保留にさせての」
「うん、分かった。無理は言えないし。……けど、時間あったら絶対一緒に取ってね?」
 やはり新とかるたを取るチャンスは逃したくない、と千早はちゃっかり付け足す。新は小さく吹き出しながら、それでもはっきり頷き返した。

 「……本当に良かったんですか?」
 千早が駆けて行った後、その背中を見送った太一に菫がそっと問い掛けてきた。
「新のとこに話しに行けって言ったのは、間違ってないと思う。……さっき身代わりにするなって千早に言った通りだ。おれ自身、誰かをあいつの代わりにしようなんて思わないし」
 元々、「選んで頑張る」という考えの太一にとっては選ぶ対象を他の誰かに置き換えるという発想はない。
「自分の事言えば、私はそれでもいいです。先輩が綾瀬先輩をずっと見てたのと同じに、私も先輩を見てたから」
 太一のその姿勢に共感は抱いているが、同時に太一から「選ばれたい」思いも持っている菫は率直に告げる。
「花野さんは自分の事だからそう言えるんだろうけど、逆だったら受け入れられるのか? ……つまり」
「私が真島先輩の代わりとして誰か他の男の子と付き合えるのか、って事ですよね? ……それは私もしませんし出来ません。身代わりでもいいって思うのも、真島先輩にだからです」

 言葉を途中で引き取って、きっぱり言い切る菫を見ているうち、太一は中学時代の彼女、小倉香澄の事をふと思い出した。
(……最初はそんな風に思ってなかったけど……平井がニューヨークに行った後ぐらいから、だったっけな……)
「……花野さんが真面目に言ってるから、おれも真面目に答えるけど。……おれ、二度と誰かを逃げ道にしたくないんだ」
 当時、唯一の親友だった平井が親と共に渡米して、校内の順位を争う気が失せてしまった頃。トップに拘る母は相変わらず口煩くて太一の心を重くさせていた。唯一楽しかったかるた同好会も平井の転校と先生の定年退職で終わりが見えてしまったのも理由の一つだっただろう。
「おれ、中学の時色々あって、笑う事さえ忘れかけてたぐらいだったんだ。その頃付き合ってた彼女は確かにおれの唯一の癒しだったけど、同時に彼女の優しさに甘えて現実逃避してたとも思う」
 太一は菫にそんな風に中学時代について話した。
「だから、ごめん。花野さんが真剣に、身代わりでもいいって言ってくれてるのは分かるけど、受けられない。でもうちの母親に向かって、おれは自分になりたくて頑張ってるんだ、って言い切った。あれ聞いた時、おれ自身……ああ、そういう事か、って少し分かった気がするんだ。だから、ありがとう」
 恋愛感情は持っていないが、菫のその一言は本当に嬉しく、また「あの」母親に言い切れた菫の姿はあの時、とても眩しかったのを覚えている。
「……今は、感謝だけでもいいって思ってます。便乗した形でしたけど、私が真島先輩を見てる事、言えましたし……私も諦める気はありませんから」
 太一は少し困ったように笑いながら、強いな、と言葉を返す。その表情を見て菫は、いつか太一が自分に心からの笑みを見せてくれたらという思いをさらに強くした。

 太一と菫が話しているのを遠巻きにしていた奏と駒野、そして西田は思い思いの感想を言い合う。
「……花野って、結構根性あるよなあ……」
「でも本当に良かったんでしょうか。真島部長は千早ちゃんに行ってこいって言いましたけど、部長だってやっぱり、千早ちゃんに分かって欲しいって思ってるはずです」
 以前から太一の思いに気付いていた奏はやはり、千早はもう少し太一の事も考えていいのではと思うようだ。
「……かなちゃんが、綾瀬に真島を見ろって推すのは、どうして?」
 駒野が意外な事を聞いてきた。
「えっ? それはだって、同じ部員ですし……伝わらないのって、やっぱり苦しいじゃないですか」
 奏がそう答えると、駒野は「それは綿谷にも同じ事が言えるだろう」と問いを重ねる。
「当たってるかどうか僕にも自信はないけど……。かなちゃん、『自分がずっと応援してきた相手だから』真島と綾瀬がくっついて欲しいって、思ってない?」
 駒野の一言に西田がどういう意味だと少しきつめに聞き返してきた。
「もちろん推測でしかないけど……『考え続けてあげて』って真島の事話したのってさ、綾瀬に自分を投影させてるように思う事が時々ある気がするんだ。……自分の理想みたいなのを綾瀬と真島で見たいっていうかさ」
「……確かに、あの二人が進展したらいいな、とは思ってましたけど……千早ちゃんに自分を投影なんて、していないと思います」
 奏はきっと駒野の顔に視線を据えた。彼はそれを正面から受け止め、言葉を継いでいった。

 「それなら、真島の事を考え続けろって言ったのと同じように、綿谷新の事も考えろって言わなかったのは、どうして? 彼だっていい加減に言った訳じゃないと思うけど」
「……それは……私、綿谷さんの事はあまり知らないですし……」
 奏はつい視線を落としてしまう。
「あー……ちょっとだけ分かったかも、おれ」
 西田は腕組みをしてしばらく言葉を探してから、口を開いた。
「おれは小六の時、府中であった団体戦で三人と戦った。……綿谷とは全国大会の決勝で二年連続して対戦してるから、顔見知りではあったけど、それだけだ。けど綾瀬たちはあの団体戦の前から友達付き合いしてる仲で、そこには三人にしか分からない出来事なんかもあるはずだよな」
「うん。三人の歴史を知らない僕らが、自分達により近しい間柄だからってだけで片方ばかりプッシュすると、綾瀬の判断に偏りを持たせてしまうかも知れない。……だから」
「考え続けてあげて欲しい、と言うなら『二人の事を』と言うべきだったんですね……」
 ようやく奏も、駒野の言わんとする所が飲み込めたのか顔を上げて答えてきた。

 「……けどさ? 机くん。綾瀬って基本、天然バカだけど案外、軸はブレない奴だぜ。元々うちの部作ったのも、畳の上で綿谷に会いたかったからだろ。……まあ強欲だから、全国優勝とか若宮詩暢に勝つとか、目標はどんどん増えてってるけど」
 千早は難しい事を考えるのが苦手だが、物事の本質や「曲げてはいけない部分」については理屈抜きに気付いているように思う、と西田は締めくくった。
「うちをかるた強豪校に、ってサラっと言ってたのには真島も頭抱えてたっけ」
「……そう言えば、ありましたね。あれって確か、筑波くん達が入部する前の話でしたっけ。今では何だか懐かしいです」
 西田の言葉に駒野と奏は揃って苦笑混じりの顔で答える。そこに千早が一人で戻ってきた。
「あ、お帰りなさい千早ちゃん。……話、できました?」
 千早はこくりと頷く。
「……ごめんね、かなちゃんにも心配かけて。今は『一緒にかるたしよう』ってだけでいいって、新、言ってくれた。……考えて答えが出る事なのかさえ、私には分からないけど……考え続ける。……太一の事も、新の事も……自分の事も」
 西田が最後に言った通りの千早の一言に、奏は柔らかく笑う。
「そうですね。そうしてあげて下さい。……そろそろ、開会式ですね。行きましょうか」
「うん。本気出していこうね」
 千早の言葉に奏たち三人は力強く頷き、太一たちに合流して会場へと歩き出した。






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written by Hiiro Makishima