(Cannot to)Replaced 1
|
関東地方で開催される大会の受付。千早達瑞沢かるた部も全員で申し込みをしてあり、部員達は級ごとに分かれて自分の対戦カードの記載に間違いがないかチェックしていた。 「……あ……」 少し離れた所に立っている黒いTシャツを着た後ろ姿が見えた千早が小さく息を飲む。気配で気付いたのか、その人物がくるりと振り返った。 「あ……おはよ」 振り返ったのは紛れもなく新で、彼もまた千早や太一に気付いて短い一声を上げた。 「早いな、新。……って、おい千早? な、何やってんだお前」 新が振り向いた途端、千早がさっと太一の背中に隠れてしまう。これまでにも千早の挙動が妙だった事は何度かあったが、ここまで極端な行動は付き合いの長い太一ですら初めてだった。 「……荷物、置いてこようぜ。行くぞ、千早」 新が何か言おうと口を開きかけていた事に太一は気付いていたが、あまりにも千早の態度が不自然すぎて多分まともな会話にならないだろうと判断し、他の部員と合流して控室へと足早に移動した。 「……話、しなくて良かったのか? 新と」 試合が始まれば気持ち的にも時間的にもゆっくり話す余裕はなくなる。相手が新でなくとも、開会式前のこの時間ぐらいしか、まとまった話など出来ないだろうと思って太一は聞いた。 「……いい。……太一といる方が、楽だもん……」 そう答える千早の目は太一を見ていない。 (つまり、おれは新ほどには意識されてないって事なのか。……男として……) 自身もずっと好きだった相手から男として見られていないという事実は太一の胸に深く突き刺さる。 「……おれは、新の代わりなんかじゃ、ない」 そう告げる太一の声は千早が今まで聞いたどんな声より不機嫌さに溢れていた。 「そんなつもりじゃ……」 「じゃあどんなつもりだよ」 太一に鋭く遮られて千早は言葉を継げなくなってしまった。 「あの、いいですか」 見かねたのか後輩の花野菫が話に割って入ってきた。 「私、決定戦の後ずっと広間に居たんで、綿谷さんが綾瀬先輩に告白してたのも、全部聞こえてたんです。真島先輩、黙っててすみませんでした」 菫はずっと太一に隠していた事を詫びる。 「綾瀬先輩が自分で考えなきゃいけない事だから、言えませんでした。でも今の先輩は、答えを出す事から逃げてますよね。それで『楽だから』って真島先輩にくっついてますけど……それって、真島先輩にも綿谷さんにも失礼すぎます」 菫は厳しい目で千早を見上げている。彼女に割って入られた事で冷静さを取り戻せた太一が静かに口を開いた。 「千早、行ってこい。新とちゃんと話してこいよ。何かうまく行かなくてもさ、おれここに居るから」 千早は太一を、そして菫や他の部員の顔を見回す。暖かく厳しいその表情を見て、千早は気付く。いつもこうして仲間から優しく支えてもらっていたのだ。それに返せるとしたら、自分もそこから逃げずにいる事だ。 「ごめん、みんな。……ちょっと行ってくる。試合始まるまでには戻るから!」 千早はくるりと踵を返し、急ぎ足で受付へと取って返した。 受付に戻ると、幸い新はまだそこに居たが、場所を移動しようというのかどこかへ歩き始めていた。千早は急いでその背中を追い掛ける。 「新」 「……なんか忘れ物?」 新は足を止めてくれたが、表情は硬いままだった。 「ううん、そうじゃないけど……」 千早は言葉に詰まる。 「あの、さ。大学……行ったら、新……。えっと、その。しょ、所属はどうするの?」 どこから話を始めていいか迷った千早は、新が拒まないだろうと思うかるたの事から聞いてみる事にした。 「……決めてえんけど」 けれど新の受け答えはひどく素っ気ない。 「そ、っか。な、夏……ざ、残念だったね。そっちの学校。せっかくチーム作ったのに」 あわあわと言葉を継いでいる千早に、新は溜め息を零す。妙に慌てた感じでかるたの話をしてくる不可解さに加えて、さっきの千早の態度から、彼女は太一が好きなのだろうと思っただけに、今ここで話しかけてきた千早の真意がさっぱり掴めなかった。 「話、ほんだけ?」 もし、今思った通り千早が太一の事を好きなら、こうして二人で話すのはいい事ではない。そう思って新は短い言葉を千切るように口にした。 「え、あ……待って、新。さっき、ごめん。それ、言いたくて……」 自分があんな態度を取った事をどう話せばいいのか分からず、千早の言葉もはっきりしない物になっていく。 「……別に。……太一待ってるやろ、早よ行きね」 新もこれが精一杯だ、と千早に背中を向ける。そのTシャツの裾がぐっと引っ張られ振り返ると千早が必死な顔で新の服を掴んでいた。 (……千早は謝りたいだけかも知れんけど……おれの事、振るんやったら、いっそバッサリ言うてくれたらいいのに……) 「太一と何かあって、代わりにおれんとこ来たんやったら、やめてくれん?」 そう告げる新の声は太一に負けず劣らず不機嫌そうなものだ。千早の目が大きく見開かれるが、両手は相変わらず新のTシャツをしっかり掴んだままだった。 「そういうんじゃないし、そんなつもりもないよ……。だけど、ごめん。さっき顔見た時、どうしてだか怖いって思って……。それでみんなの所行ったんだけど……太一と菫ちゃんに、怒られた。……当然だよね」 しょげかえって必死に言葉を紡ぐ千早からは、いつもの弾けるような元気さがすっかり消えている。その正直すぎる反応を見ているうちに、どうしても怒りきれなくなった自分が居る事に新は気付き、長々と溜め息を漏らした。 「……すみれちゃん、って……瑞沢の部の人?」 ややあって、意外な事を聞きだした新の声音は普段通りのもので、千早は少しだけほっとした気分で頷く。 「あ、うん。一年下なんだけど、花野菫ちゃんっていうの。同じ白波会だよ」 千早が口にした苗字で新もそれが誰かはっきり思い出した。二年の夏の近江神宮で、学校が共学か、彼女はいるのかと新を質問攻めにし、他の女子部員に引きずられていったのを、太一と二人で唖然としながら見送った記憶がある。 (去年太一に聞いた時は、初心者やって話やったけど……白波会にも入ってたんか。熱心やなあ……) 新の思索は千早が言葉を継いできた事で一旦途切れた。 「菫ちゃんね、去年の決定戦の後に、新と私が話してるの……聞こえてたんだって。だけどそれは、私が考えなきゃいけない事だからって、私にも太一にも何も言わないできたの。……菫ちゃんもずっと、太一の事見てたのに」 「へえ、ほうやったんや……」 (……って、あれ? 今千早、決定戦って言うた? ……って事はまさか、おれが千早に好きって言うたのを聞いてたって事か?!) 告白を聞かれたのは照れ臭いが、今の言葉を聞く限りでは、その菫という子が正しいと新も思う。彼女が太一を好きなら、千早を諦めさせようと自分の告白を利用する事だって出来た筈なのに、千早に自分で考えさせようと黙っていた姿勢には公正さがあった。 「……おれ見て、怖いって思ったのは何で?」 もしかしたら無意識に、千早を怖がらせるような表情を浮かべでもしたのかと思って新は問うた。 「ん……怖いっていうのとも、多分ほんとは違う。もしかしたら、今までなかった事だからどうしていいのか、分からないのかも。自分がどんな顔したらいいのかとか、返事してない私の事、新が怒るんじゃないかとか……」 今の自分に即答出来るのは、「気が向いたら一緒にかるたをしよう」と言ってくれた事にだけなの、と千早は酷く申し訳なさそうに告げてきた。 (今までなかった事、かあ……。言われてみれば、おれかってそうや。一方的に千早の事怒ったり出来んやろな……) 子供の頃は幼馴染みの由宇や、太一、そして当時の千早など全てを同じに好きだと思っていたが、今は千早に対してだけ、その「好き」の意味が違うという事を新もはっきり自覚している。そしてこうして話した事で、千早の中ではまだその違いがはっきりしていないらしいと分かり、ようやく新は小さく笑みを浮かべた。 「今は、ほんでいいざ。……気ぃ向いたら一緒にかるたするってだけでもの」 千早が弾かれたように顔を上げ、新に視線を合わせてきた。新は静かに頷いた。 |