Boyfriends, Girlfriend 2
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小さな折り畳みテーブルから少し後じさった千早は畳に手を付いて、深く頭を下げてきた。 「好きだって言ってくれてから、新は私に返事を催促なんかしないで、ずっと待っていてくれたし、太一も何も言わずに一緒に頑張ってきてくれたけど、太一の思いにも、何となく気付いてた。だけど……」 畳に付けた千早の手が小さく震えた。 「だけど、どれだけ真剣に考えても、どちらか一人に決める事が、どうしても私には出来なかった……ごめんなさい……昔みたいに、三人一緒にいたいって思いが自分の中で一番強いの」 新も太一も、少々拍子抜けがする気分だった。 (そうなるかも知れん可能性、おれかって考えた。……きっと、太一もや。……ほんな申し訳なく感じる必要ないやろに……) 「なあ、おい、千早……」 多分同じ事を思ったのだろう、呼び掛けようとした太一を千早の鋭い声が遮った。 「なのに……っ! それなのに、私は二人と離れたくないし、他の人に取られたくもないって、酷い事思った!」 千早のその声は叫ぶというより泣き声に近い。床に付けた両手を千早は一度きつく握り、そのままの姿勢で顔だけを二人に向けてきた。 「物凄く酷い、失礼な事だけど……私、付き合いたいの。……二人とも、と……」 「……え?」 太一と新の声が綺麗に重なった。 「……二股なんだって事も、普通じゃないのも分かってる。でも、それでも私……やっぱり三人でずっと一緒がいいって、そう……思ってる」 そこまで言い切ると、千早は口を閉ざした。 正面切って二股交際を、と言われるとは露ほども思っていなかった男二人は、咄嗟に言葉が出せず、気取られないように横目でちらちらとお互いを伺い見ている。 (……よ、予想外にも程があるだろうよ、千早……) (ほやけど、もし……太一が今の話受け入れるって言うたら、おれはどういう決断したらいいんや……?) 知る由もない事だが、太一も新も期せずして同じ事を考えていた。 (これがもし、千早以外の女が言ってきた事なら、嫌だ、って即答すんだろうな、おれも新も……) (……嫌とか言う前に、聞く気も起きんかったやろ……。多分、おれだけでのうて、太一も同じや) 二人が何も言えないで居るのは、面食らっているのも勿論あるが、今までの十数年間で培った倫理観───特別な物ではなく、ごくごく普通の───から抵抗を覚えているのも理由の一つだった。 ただその突拍子もない話を告げてきたのが千早であるというその一点が、二人の口が縫い合わされたようになってしまう一番の理由だった。 (……好きや、って気付いた時よりもっと前から……おれにとって千早は……) (知り合った時から、特別だったんだ。……嫌われたくない、誰にも渡したくないって思う、唯一の相手だったんだ) 自分が先に「この話から降りる」と言ってしまえば、千早は自動的に相手のものになってしまう。新も太一も、お互いを牽制はするが「自分達以外の他の男に千早を渡す気もない」という意見は一致している。 (……そして何より、千早本人が覚悟決めて言ってきた事だ……) (今日の事でおれらと縁切りになっても受け入れるって覚悟で、千早は言うたんや……) 「───分かった。……って、え? お前も?!」 二つの声が重なり、次の瞬間新と太一は目をまん丸に見開いてお互いの顔をまじまじと見た。 「……あの、私が言うのも変なんだけど……ふ、二人とも本当にそれでいいの……?」 言い出しっぺの千早でさえ、驚きを隠せない顔で問うてくる始末だった。 「いい、って言うかさ……前はおれ、おれたちは心のどっかで千早の事、二人のもの、って思ってるって考えてたんだ。心の距離って言った方が正確かもな。新が大学入るまで、物理的にはおれの方が近くに居たけど、新を出し抜いて付き合うとかって、昔のあの事みたいで出来なかったし」 太一が困ったような笑いをようやく顔に押し上げて答えてきた。 「あん時もおれ、『ちょっと分かる』って太一に言うたんやったの。ほやで今、太一が言うたのも、なんか分かるわ」 「昔のあの事」の意味を即座に理解した新も、小学生だった太一に告げたのと同じ言葉で返してきた。 「……昔の?」 新の眼鏡を探すと言って、一人先に裏山へ行っていた千早だけが、その意味が分からないと首を傾げている。話すべき時が来た、と太一はきちんと背筋を伸ばして座り直し、千早の方に向き直った。 「覚えてるか、小学校のかるた大会。……おれなんだ。新の眼鏡……隠してたのは。おれらに言った通り、新がパーフェクト続けてるの見て、負けるのが怖くて……。それに碌に札が見えてない新が、暗記時間だけで全部配置覚えてるのに気が付いて……おれは、こっそり札を動かしたんだ……」 それを告げる太一の口調は重い。だが今、こんな大事な話をしている時だからこそ、全て話しておかなくては、千早の申し出を受ける資格がない、と太一は膝の上できつく拳を握り、喉の奥に刺さった小骨のように長い間太一の心をちくちくと痛ませ続けてきた事を最後まで言い切った。 「千早」 太一が口を閉じると、今度は新が千早に向き直ってきた。 「千早がおれの眼鏡探してくる、って裏山行ってた時、太一は自分がしたんや、って嘘吐かんとおれに眼鏡返してくれたんやよ。……もし太一がそこらで拾ったとか言うてたら、おれ多分こっそり千早にバラしてたかもの。……まあ決勝前にいっぺん、太一でないかって千早に言うたけど否定されたし、言うても信じんかったかも知れんけど」 今度は太一が新の方に身体ごと向きを変えた。 「ああ、おれも覚えてるよ、それ。あん時『太一は心は狭いけど、そんな酷い奴じゃないよ』って千早が即答して。……だからどんどん後ろめたくなった。眼鏡返した時、新に『卑怯』ってバッサリ言われて良かったって今は思ってもいるんだ」 「……まあ、おれもガキやったしの。千早に黙っとく代わりに一言ぐらい言わんと気が済まんかったんや。ごめんな」 話し終わると、太一と新は顔を見合わせて一度頷き、また千早に真正面から目を合わせてきた。 「おれたちは、おれら二人と付き合いたいって千早の言葉、受け入れるって決めた」 「うん。他のもん相手やったら絶対無理やけど、おれらにとって千早は特別で、……おれにとって太一もやっぱ大事な友達やし」 きっぱりした二人の言葉に、千早はしばらく驚きを隠せずにいたが、真面目な顔をしている二人を見て、自分も表情を戻した。 「ただ、当たり前だけど質問もある。……まあいきなり答えろとも言わねえけどさ。おれもねえけど、おまえらもないだろ、経験って」 太一が聞いてきた「経験」が含む色んな意味に思い至った新は頬を真っ赤にしたが、彼はあくまでも真面目に聞いてきたのだからと、正直に頷いて話の続きを促した。 「いやさ、おれら男はこの際いいとしても、千早にとって『初めて』って事は……どうすんだよ、って話」 誰かと何かを共有する事において、唯一共有出来ないのが、それが何であれ「初体験」となる事柄だ。その「共有不可」なもので自分と新の間に不公平が生じるだろうという事を太一は問題にしたいようだった。 「おれは……千早が好きなように決めればいいんでないかって思う。相手も……何するかも。ほんな事ジャンケンやろうがかるたやろうが、おれら二人で決めるのも何か変やし」 男二人でどう決めようと、それも不公平や偏りを生むだろう。だから千早に決定権を持たせるのが一番全員が納得しやすいのではないか、というのが新の意見だった。 「……だな。うん。おれもそれに賛成だ」 |