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 月末の東京駅、いつも試合に持って行くスポーツバッグを肩に掛けて、待ち合わせ場所に決めた入り口に立っている新の元に、やけに大きなバッグを担いだ千早が急ぎ足でやって来た。
「ごめん、新! 待った?」
「いや、そんなには。……て言うか千早、何でほんな大荷物なんや? 重とないんか?」
 代わりに荷物を持とうとした新の手を千早が押し留めた。
「平気だよ。嵩張ってるけど重くはないから。……あ、これ切符」
 その大きなバッグのポケットから列車の切符が入った封筒を取り出して新に手渡してきた。
「まあ、千早がいいんならいいけど……持つのシンドかったら、ちゃんと言いねや? 千早はそういう時やせ我慢するとこあるで」
 何を持ってきたのかは分からないが、せっかくの旅行なのだから荷物の量に疲れて楽しめないのでは勿体ないと新は言葉を継いだ。
「ん、ありがとう。じゃあ、行こう?」
 千早はにっこり笑って返す。確かに大きな鞄だが、言葉通りそう重い訳ではないらしい。他の乗客の邪魔にさえならなければ大丈夫だろうかと新もようやく表情をゆるめた。

 「ほう言えば何やかんやで聞くの忘れてたけど、抽選って何のやったんやろ? ……かなり確率低いやろに、運、って言うか引き強いんやなあ、千早」
 特急の座席に並んで腰を下ろし、新は聞いてみた。商店街やショッピングセンターの福引きは大抵年末にあるため、十一月中旬に当選発表があるような物の心当たりがないからという、好奇心ではあったが。
「やー、実は私も応募だけしてすっかり忘れてたんだけどね。やっぱり御用達だけあって、引きやすかったのかな?」
「千早の御用達って……思い当たるの一カ所しかないんやけど、おれ……」
 隣に座る千早の顔を見れば、その思い当たる一カ所でどうやら正解らしい。
(もしかして購入金額で応募口数増えるタイプの抽選やったんかの。……まあ、誘ってもろた立場で言う事でないか)
「あ、そうだ。新って卓球得意?」
 突然千早が妙な事を聞いてきた。
「いや……学校の授業でやった程度やけど。……何で?」
「ん、実はさ。この温泉旅行に一個だけ条件付いててね。宿の浴衣着て温泉卓球やってる写真を撮って送るっていう」
 ダディベアのコンセプトが「おっさんベア」だからか、それを公式サイトに送る必要があると今になって千早は言ってきた。
「……えー、ほんな後出しあるんか? ……まあ、そういう条件ならしゃあないの。卓球しよっさ」
 運動神経に優れた千早相手に卓球で敵うかどうかは分からないが、もう乗車してしまっているし、旅の恥はかき捨てとも言う。新は笑ってその話を受けた。

 二人を乗せた特急電車は海沿いを快走していく。もうすぐ十二月とはいえ、雲の切れ間から太陽が顔を覗かせると細波がきらきらと反射して目を細めないと眺めるのが眩しかった。
「……『雲ゐにまがふ沖つ白波』やな。昔もちょっと思ったけど、日本海と太平洋と、水の色から違うんたな感じするわ」
「私、日本海って見た事ないなあ。……羨ましいって言ったら新に悪い?」
 新が太平洋と日本海、両方を目にした理由の一つが家庭の事情での引っ越しだと知っている千早は探るように言葉を返してきた。
「なんも? ……すぐには無理やろうけど、何かの大会出るついでとかでも良かったら、福井の海案内したげっさ(してあげる)
 確かに二度の引っ越し当時は新にとって寂しい思いの方が強かった事だが、それでも千早や太一との絆が途切れる事がなかった事への喜びの方が今は大きい。
「ホント?! やったあ! ……けど、西である大会って、ぱっと思いつくのって近江神宮とか時雨殿ぐらいなんだけど……あと福井大会?」
「……それはおれも似たようなもんや。……ただまあ、時雨殿はおれ観戦しか出来んけど」
「あはは。いっそ女装して出る?」
 千早のその言葉には苦笑だけを返し、近年は北陸近辺で開催される大会も増えてきていると新は話を続ける。
「ただ、大会によってはA級やと逆に出られんのもあるけどの」
「え、何で?」
「……多分やけど、開催目的がかるたの裾野を広げるためっていうのもあるんやろ。ちらし取りだけの級もあるらしいけど、初心者が勧学館の空気とか体験するのにはいい機会やろうし」
 南雲会からも小学生が何人かエントリーしているという話は新も耳にしていた。
「そっか。……でも、何か楽しそう。東京でそういうのあったら、お手伝いとかしてみたいかも、私」
 千早らしい一言に新は相好を崩す。結局電車が降車駅に着くまで、二人の間でかるたの話が尽きる事はなかった。

 「着いたあー!」
 駅の改札を抜けた所で千早はうん、と伸びをする。
「……ほんで、宿まではどう行くんや?」
 特急を降りる時にいち早く千早の鞄を網棚から下ろして肩に担いだ新が問うてきた。
「んー。もう教えちゃってもいいかな。……新、私のバッグちょっと貸して?」
 鞄のポケットから折りたたんだパンフレットを取り出して、はい、と新に手渡す。
「あ、送迎バスあるんや。楽でいいの、迷わんし。……って、何か凄そうな旅館やけど……」
 観光用のパンフレットだから、勿論宿が一番魅力的に見える写真を選んでいるのだろうが、それでも客室の雰囲気や露天風呂の写真を見ると結構な上宿に思える。
「……まあほら、卓球の写真とかってタイアップみたいな企画だし。それでタダならお得なんじゃない?」
「まあ、ほうやな。こんな事滅多に経験出来んし。……千早、ありがとう」
 自分の誕生日に合わせて色々考えてくれた事なのだから、その心遣いは素直に受け取るべきだと新は思い直して礼を口にする。
「や、そんなお礼とかいいってば……抽選で当てたってだけなんだからさ……」
 照れたのか千早は早口で返すと、駅の外に止まっていた送迎バスの方へと歩き出した。新は小さく笑った後、肩に担いだバッグを軽く揺すり上げてからその背中を追った。

 送迎バスの車内では、旅館の従業員が慣れた口調でこの地を舞台にした文学作品について話してくれている。共同浴場で無邪気に手を振ってきたり、ラストシーンの描写を聞いているうちに、流れる涙も構わずに主人公が乗った船に手を振るその姿が、新の頭の中で髪を結い上げた千早に置き換えられてしまい、慌てて何度もかぶりを振る羽目になってしまった。
「……新、大丈夫? ……車酔いする方だったっけ……?」
「いや、何でもないで。……心配させつんてゴメンな」
 そう口にするのも何となく罪悪感を覚えてしまう。
「何ともないなら、良かった。……素敵な話だけど、その後ってこの主人公と踊子って、もう会えないんだっけ。私だったら見送れるかどうか、分かんないなあ……」
 千早の口から出た一言は、新にとって少し意外だった。
「……昔、おれが福井帰る時に『かるた続けてたら会える』って言うたのに?」
「あの時も言ったけどさ、私達にはかるたがあったから。新が名人目指してる以上、絶対どこかで会えるって思ってた。……けどこの話の二人はそういうのがないでしょ。……だから、自分ならちょっと自信ないかなあって思うの」
 そう言われれば新にも納得がいく。
「もう会えんって思ってたで、実際おれの方が泣いつんたもんな。……おれ、かるた取ってる最中に泣いたりしたの初めてやった」
 祖父からかるたの厳しい指導を受けても泣かなかった新だが、千早や太一ともう会えないと泣き、千早が言ってくれたその言葉が嬉しくてまた泣いた。千早は踊子と自分を重ねたようだが、新は主人公が涙した場面を自分の経験と重ねてしまう。
「千早の言うたのが結局一番大当たりやったな。かるた続けてたで、今おれらこうしてるんやし」
「……ふふ。そうだね」
 前の席の背もたれに隠れる位置で、新は千早の手にそっと自分の手を重ねた。





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written by Hiiro Makishima