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 その日の部での練習を終え、大学のメインストリートを歩き出した新の上着が千早に軽く引かれた。
「……ん? どしたんや、千早」
 いつも一緒に駅まで歩くのだから、殊更そんな風にしなくても呼び掛けられればすぐ分かるのに、わざわざ上着を引っ張ってきた理由が新には今ひとつ飲み込めない。
「あの……さ。えっと……げ、月末って、新は、何か予定とか……入ってたり、するのかなあって……」
「いや、今んとこは何もないけど。……何?」
 これが十二月に入れば流石に年明けに行われる大事な大会を見据えての調整も必要になるが、十一月の後半に入ったばかりの今の時期なら、まだそこまでギリギリではない。
「……お、温泉行かない?!」
 何度か大きく深呼吸をした後で千早の口から出たのは意外な一言だった。

 「……え?」
「や、あの……じ、実は抽選で当たっちゃったんだけど……その」
「凄いな、抽選当てたって。……あ、話途中で遮っつんてゴメン」
 新は片手で謝る仕草をして、話の続きを促した。
「えっと、だから、あ、新の誕生日が近いから……どうかなって、思って……。そ、その……ふ、たりで……」
 お終いの方は完璧に俯いて真っ赤になりながら千早は言葉を継いできた。
「……あ、ほう言えばもうじきか。コロッと忘れとった。……えっと……う、うん。ほれやったら……、行こっか」
 千早に負けない位赤い顔で新は辛うじて頷き、それを見た千早の肩からふっと力が抜けた。

 「はー……き、緊張したあ……」
 千早は大きく息を吐き出すが、それは新も同じだった。
「……おれもや。……ちなみに、どこ?」
「あ、伊豆だって」
「……よかったー……」
 どこの、何の抽選だったかは分からないが、もし芦原やその周辺と言われたら頭を抱える羽目になるところだった、と新は安堵の息を吐いた。
「あ、そっか。新の地元も温泉地だっけ。駅名にも温泉付いてるし」
「うんまあ、それもやけど、行き先もし芦原やったら旅行っちゅうより帰省みたいやし、知った顔だらけんトコで千早と旅館泊まったら、多分うちの近所めちゃくちゃ大騒ぎんなるやろうで、行けんかもってちょっと思った」
 それに何より実家の両親が「それなら家に泊まればいい」と言い出しそうな気がする、と新はまだ赤い顔をしたまま頭を掻く。
「あはは。……じゃあまあ、宿とかは当日のお楽しみ、って事でいい?」
 千早が折角誕生日の記念に誘ってくれているのだからと、新は即座に頷いた。
「伊豆かあ。……富士山、見えたらいいのぉ。おれ実は数える程しか見てえんのや、富士山」
 中一の春休みに、佐藤先生の自宅に泊めてもらった時こそ間近で雄大な富士山を見ることが出来たが、子供の頃東京に出てきた時は大好きな祖父と離れた寂しさで景色など見る気にもなれなかったし、福井に戻る時は夜の移動だった。その後大会に出るために関東に来ても、南雲会の大人が運転する車に相乗りで早朝や深夜の移動だったため、新が富士山を目にした機会は実はそう多くなかった。
「そうなの? ……お天気いいと、いいね」
 新の話を聞いた千早は空を仰いで「晴れろ」と念を込めるように呟いた。

 大学の最寄り駅で新と別れて家路についた千早は電車の中でゆるゆると息を吐き出した。
(はー……一緒に行こうって言うだけで、すごく緊張したあ……)
「……あ、プレゼント用意しなきゃ」
 新に温泉の話を切り出す事にばかり気がいっていて、形のあるプレゼントを買う事をすっかり忘れていた。一体何を贈れば新は喜ぶだろうかと考えてみるが、どうもいいアイデアが浮かばない。
(私の誕生日の時は、ダディベアのTシャツとか貰ったんだよね。そう言えばヒョロくんに相談したとか言ってたっけ。……私も部の先輩に相談してみようかな?)
 千早が知る限り、新は自分の服や持ち物にそこまで強い拘りがあるタイプではない。母に契約を頼んだら選ばれてしまったという「ごっついピンク色」の携帯電話も、機種変更せず使っているし、練習着を始めとして着ている物にも特段お気に入りのブランドがあるという感じではなかった。唯一、普段から掛けている眼鏡に関してだけは、主に実用面での意味でだが拘りを持っているぐらいだ。
「とりあえず帰り道、ちょっとお店見て回ろうかな」
 品物を見て、新の顔がふっと浮かぶような物があればそれがいいかも知れない、と千早は駅から自宅までの間にあるメンズファッションの店の場所をいくつか思い出しておき、後は電車の揺れに身を任せて窓の外に視線を向けた。

 電車を降りた千早は早速携帯を取り出して、贈り物のセンスがいいだろう女性の先輩と、男性目線で贈られて嬉しい物を教えて欲しいという事で、入部時に色々力になってくれた男性の先輩にも同じメールを送信する。
「あ、そうだ」
 自分の誕生日の時、新はネットで「誕生花」を検索したと教えてくれたのを思い出し、千早は手にしたままの携帯に単語を入力して新に以前見せてもらったサイトをチェックする。
「……って、どんなの?」
 新の誕生日を入力して出てきた「蓬菊」という見慣れない花の名前に千早は首を傾げる。
「よもぎ、って言うと『かくとだに』だけど……まさか誕生日にお灸プレゼントする訳には……」
 高校時代に奏から教わった歌の解説を思い出して、しばらくぶつぶつと言っていたが、気を取り直して今度は「よもぎ菊」を画像検索してみると、確かにどことなくヨモギに似た葉と、ミモザのような小さな黄色い花が咲いている写真が何枚か表示された。
「あ、結構可愛い感じ」
 画像を見ているうちに、ふとアイデアが浮かび、千早は急ぎ足でキャンディーショップに飛び込んだ。

 丸いポットや仕切られたカーゴの横を早足ですり抜け、背の高い缶に立てられて売られている、透明で長いスティックが付いた小さめのキャンディが置かれたコーナーへと向かい、そこから黄色のキャンディだけを選び出してレジに向かう。
「……他のフレーバーもあるけど、いいの?」
 赤やピンクのキャンディ程には人気がないのか、黄色だけを選んだ千早に店員が一応声を掛ける。
「はい、黄色だけで」
 千早は意に介さず、イエローのキャンディ十二本の代金を支払って店を出た。
「後は……うーん。帰ってお母さんかお姉ちゃんに聞いてみよう」
 キャンディを丁寧にバッグに仕舞うと、今度こそまっすぐ自宅へと飛んで帰った。
「ただいまぁ。……ねえお母さん、造花とかのパーツっていうか材料って、どこで買えるか知らない?」
 ダイニングに飛び込むやいなや、千早は夕食の支度をしていた母に質問を投げかけた。
「え、造花? ペーパーフラワーとか、そういう感じ? ……多分、手芸店にあると思うけど。大学で何か作るの?」
「ううん、そうじゃなくて、新がもうすぐ誕生日でね。男の子に花束でもないだろうから、キャンディを新の誕生花に見立てようって思ったんだけど、葉っぱはどこで買えるかなあって」
 かるた一辺倒の娘から意外な質問を受けた母が、ようやく納得の表情を浮かべ、知っている中でも規模の大きい店の名前をいくつか千早に伝えると、千早は手早くそれをメモに書き付けて「ありがとう!」と大きく笑んだ。

 「でも千早、キャンディって言っても新くんだって男の子でしょ。何か他のプレゼントは考えてあるの?」
 流石にそれだけでは子供っぽすぎやしないかと千恵子は少し心配になって聞いた。
「うん。まだはっきり決めてないけど、売り場で見た時に新の顔が浮かぶものがいいかなって思ってる。腕時計とかもいいかなあとか」
「……千早、あんたさ。異性に時計贈る意味って、分かって言ってんの?」
 いつの間に帰宅していたのか、姉の千歳は妹の顔をじっと見ながら聞いてきた。
「うわ、お姉ちゃんお帰り。びっくりしたー。……って、時計って何か意味あるの?」
 首を傾げながら問い返してくる妹に、千歳は呆れたように溜め息を漏らす。
「そんな気はしてたけど、やっぱ知らないで言ってたんだ、あんた。……ま、いいか。多分向こうも知らないだろうしさ? 知っててもあんた達二人はどうせ、かるたかるたって言うんだろうし?」
 ダディベアじゃなければ何でもいいんじゃない、と千歳は言い置いて自分の部屋に入っていった。
「お姉ちゃんの言うのも分かるけど、千早が一番、新くんの事は分かってるだろうから、お母さんは千早が言った選び方でもいいと思うわよ。大事なのは気持ちだから」
「うん。ありがと、お母さん」
 母におやすみを言って千早も部屋に引き上げた。





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written by Hiiro Makishima