Reunion 3
|
「……あの、綿谷くん」 手洗いに立った新が席に戻ろうとした所で、正木明花に呼び止められて新は足を止めた。 「ん、何?」 「その……ごめんなさい。昔の事もだけど、茉奈ちゃんをうまく止められなくて……」 テーブルでの様子を見た限りでは、正木明花の方がまだ三人の気持ちを汲めているように感じた事もあり、新は気にしていないと答えた。 「茉奈ちゃんの携帯の、綿谷くんの番号とかも消すように言うね」 「や、そこまで無理にせんでもいいよ。……ただ、電話に出るか出んかは、おれが自分で決める。……ほんでいい?」 正木明花は無言で頷いてきた。 「……ほうやなあ、関本さん落ち着いたの見計らってでいいで、上手いこと話してあげてもらえると助かるかの。千早と太一も昔の事でやっぱ少し傷付いたらしいし」 正木明花が驚いたように顔を上げてきた。 「名人戦見たって電話の時な……おれら競技かるたの選手やが? それ知ってて電話掛けて来てんのに『かるたなんか絶対無理』って言われると、やっぱちょっと、の。……千早が昔ショックやったっていうのも、同じ理由なんや」 太一の件については「他の人も絡む話だから」と新は明言を避けて説明した。 「茉奈ちゃん、そんな事言ってたの? ……この前ね、綿谷くんとデートしたいなあとか言ってたけど、ちーちゃんとの事知らなかったにしたって、無神経すぎるよね、それって……」 その口ぶりからすると、日付の件は知らないらしい。 「えっと、これ話すかどうかは正木さん自分で判断してくれていいけど、実は同窓会の日時な、おれんとこにだけ来週の今日やって留守電入ってたんや。……ちょうど太一が電話してきてくれたで、おれ今日来れたけど……」 「来週って……それ、ホントなの?」 「うん。……実はおれらも今日、同窓会って言うより半分仕返しもあって来たんや。ごめんな」 新は苦笑混じりに種明かしをする。太一が聞いた日付と留守電の日時が食い違っていたため、同窓会に出るかどうかも含め三人で話し合った時にその理由を推測しあった事、今日の流れ次第では新の口からストレートに全て話すと言っておいた事を告げると、流石に正木明花も溜め息を漏らす。 「小学校の時さ、二人かって最初は転校生のおれに気ぃ遣って話しかけてくれたんやろうし、それは今も感謝してるんや」 「……ごめんなさい。ちーちゃんにあの時『笑うためにメモ取る人と話したくない』って言われて、凄くドキっとした……」 大学に入り地方出身者とも多く知り合うようになってから、余計昔の自分のした事が恥ずかしくなった、と彼女は頭を下げてきた。 「いいって。……もう昔の事やから。ほんならおれ、席戻るわ」 新がテーブルの方へ歩き出すと、正木明花は逆に手洗いへと消えた。 「ごめん、お待たせ」 新が席に戻ってしばらく経った時、関本茉奈の携帯がメロディを奏でる。 「あっと……ごめん、メール……って」 ディスプレイを見た彼女の表情に険しいものが混じったように感じ、太一はどうしたのかと尋ねてみた。 「あ、ううん。ちょ、ちょっとだけゴメンね。電話、掛けてくる」 関本茉奈は携帯を手にテーブルを離れ、メールの送り主に宛てて電話を掛けたかと思うと、すぐに携帯を閉じて店の出口の方へと向かっていった。 「あ、そやった……」 新は自分の携帯電話を取り出して、メール作成画面を呼び出して手早く短い文章を打ち込み、千早と太一にだけそれを見せた。 『さっき、正木さんがゴメンって。昔の事も含めて。日時の事は知らんかったらしいで、おれらの方はここら辺でいいかなって思うんやけど』 「……こんな感じで、いいやろか」 新は他の級友に見えないよう、素早く携帯を閉じる。 「ん、了解。……ま、そんでいいんじゃね?」 元から追い込みすぎを警戒していた太一はあっさり頷いた。 「……? ……千早、どしたんやし」 隣の席で千早が不意に耳をそばだてた様子を新が訝しむと、千早も自分の携帯を出してきて文章を入力させ、まず通路側に座っている新に画面を見せると、様子に気付いた太一は席を立ち、新の背後から画面をのぞき込んできた。 『明花ちゃんが茉奈ちゃんに、もう帰ろうって言ってる。茉奈ちゃんは嫌だって言ってるけど』 「……ちょっとそれ、手直ししていい? 千早」 新が千早の手から携帯を受け取り、その下に新しい一文を入力していく。 『さっきトイレんとこで、関本さんが落ち着いたら昔の事とかもうまく話してくれると助かるって、正木さんに言った。携帯の番号も消させるって言ってきてくれたけど、そこまでせんでもいいって。……おれが電話に出るかどうか決めればいい事やから』 「ちっと長すぎるんじゃねえ? ……借りるぞ、千早」 今度は太一が文章の手直しを装って、さらにその下に文を追加した。 『帰る帰らないで揉めてるって言うんなら、新と千早、二人で先帰れ。関本がくっ付いて行けないような理由でな。おれは白波会行くからって二人の後で抜けるつもり。原田先生に初心者見学のお願いもして来るから、百パー嘘って訳じゃねえけど?』 「……なるほど。ほやな、この方がいいわ」 文章の手直しというポーズを崩さない口調で、新は了解した事を太一に知らせた。 「……それはそれとして、おれ折角やし見てみたい場所あるんや。千早、付き合うてくれるか?」 「いいけど、どこ?」 唐突に話題を変えた新に、千早は小首を傾げて問う。 「……あの部屋」 「うん」 今の新の「強さの源泉」であり、千早にとっては夢の始まった場所。千早が頷くのを受けて、新は二人分の会費をテーブルに置くと級友達に向かい、自分と千早はこれで失礼させてもらうと告げる。 「なになに、もしかしてデートとか?」 級友の一人が話題に食らいついてくれたおかげで、新は逆に返事がしやすくなる。 「まあ、そんなとこやろか。太一、近いうちに電話するわ」 「おう、了解。まあ白波会で先に顔合わせちまうかもだけど」 太一はからからと笑う。 「実際その方が話早いかもの。ほんなら、みんなお先です。久しぶりに会えて楽しかったわ。またの」 「ごめんね、お先。また会おうね」 先に席を立った新が千早に手を差し出すと、千早はちょっとはにかんでからその手をそっと取った。テーブルからどよめきが上がるが、新はそれをうまく聞き流し、千早と手を繋いだまま出口に向かう。 「千早は、無理に何か言わん方がいいやろの」 千早に嘘を吐かせるのも嫌だが、関本茉奈が自分より千早に敵意を向ける可能性の方が大きいだろうからと、出口近くでまだ揉めている二人との話は自分が前に出る事にした。 「……正木さんら、ほんなとこに居ったんか。なかなか二人戻って来んってみんな気にしてたざ? ……あ、おれと千早は寄る所あるで、これで失礼させてもらうって、みんなには言うてあるで心配いらんざ」 「あ、ごめんね綿谷くん。気を遣わせちゃって。……さっきの話、頃合い見て伝えておくから」 正木明花は手洗い前で話した事で落ち着いたのか、あっさりと新の話に頷いてきたが、その彼女を関本茉奈がきっと睨み付ける。 「あのっ、綿谷くん。わ、私もそろそろ帰るんだけど、途中まで一緒に行っていい?」 太一の読みは的確だ、と新は内心舌を巻く。 「……おれと千早、付き合ってるってさっき言うたが? 野暮は止めてや」 新が行き先について具体的な事は全て伏せたまま答えると、関本茉奈の顔に朱が走った。それが彼女の想像によるものか、野暮と言われたせいなのかまでは流石に分からなかったが。 「行こっさ、千早」 手を繋いだまま新は先に立って歩き出す。ほとんど千早を引きずるような勢いで店のドアを抜けて表に出た途端、新の口から長々と溜め息が漏れた。 「はぁ。……まあこんで一応、何とかなるかの」 正木明花が自分達の側についてくれたため、多分関本茉奈もこれ以上は新にちょっかいを出しては来ないだろう。 「……まあ来たら来たで、今度は何も手加減せんだけやけど」 「新、今はその事考えるの、やめよ?」 繋いだ手にそっと力を込めて千早が話しかけてきた。 「……ほやな」 千早に言われた通り、新はその考えを一度頭から追い払う。手放した途端、ふっと肩が楽になったように感じた。 「見に行こうよ。……新と初めてかるたした、あの部屋」 「うん。……ははっ」 唐突に新が笑い出し、千早は目を丸くする。 「あー、ゴメン。あの日の事色々思い出してたらさ、うちの母ちゃん昔言った事、大当たりやったなー、っての。……覚えてるか、初めて部屋でかるたした後で、母ちゃん帰ってきてびっくりしてたやろ?」 「あ、思い出した! 『ガールフレンドちゃん』だ! ……あはは、確かに大当たりだね。……私帰る時もさ、新のお母さん外まで出て見送ってくれて、またおいでーって手を振ってくれてたよね」 新の言葉から記憶の細かい所までが鮮やかに千早の脳裏に蘇る。二人は笑い合い、懐かしいアパートへの道をゆっくりと歩いて行った。 |