保湿系トライアルセット

Remorse 10



 「……まずの、二人が福井まで来た理由やけど。先週の日曜、東京でかるたの大会があったんやと。……千早がそれに優勝して、A級に上がったって、おれに電話してきたんや」
 A級、と聞いて由宇は驚きを隠せなかった。新の転校が切っ掛けでかるたを始めたなら、まだ二人のかるた歴は精々三年ちょっとの筈だ。それでA級にまで上り詰めたというのは、あの千早という子に余程才能があったのか、或いは───
「新にまた会うために、頑張ってきたんやの……」
「……うん。ほやけど、じいちゃん死んでから、おれはもう二人の友達で居たらあかんって思ってたで、もうかるたはやってないで電話せんといてって言うて、切っつんた。……多分ほんで、気になって福井まで来たんやろの」
 小さな溜め息を吐く新に、由宇は「聞いていい?」と問うた。
「……二人の友達で『居たらあかん』っていうのは、何でやの? かるた止めても友達は友達やろ」
「今やったらおれも、その質問に『うん』て言えるけど、昨日まで……て言うかさっきまで、おれと二人はかるたが縁で友達になったんやで、かるたを止めつんたおれが、二人の友達で居る資格ないって思ってたんや。かるた続けてたら会える、って約束を真っ先に裏切っつんたんやでさ」
 新の答えを聞いて、由宇はなるほどの、と短く相槌を打つが、表情は納得しきっていないようにも思えた。

 「バイト終わって桜並木んとこチャリで走ってたら、二人とすれ違ったんやけど、おれやって気付いた千早が追い掛けてきて、おれの服掴んだもんやで、チャリごと土手の下に転がっつんて。……ほん時土手の上から太一が千早の名前呼んでたで、おれもやっと、一緒に転げ落ちたのが千早やったんやって分かったんや。ほんでさっき、二人連れて服借りに行ったって訳やけど」
「……結構、無茶なとこあるんやの。誰も怪我せんくて良かったけど」
 由宇が口にした感想は至極もっともな話だ。新もそれに苦笑で返す。
「さっきちょっと言うたけど、そん時はおれ、二人の友達ではもう居られんって思ってたで、早いとこ帰って欲しかって、太一にもわざと古傷抉るんたな事言うた。……ほやけど風呂から出た千早が書いてきた手紙探し始めたのに、急にまた三人でかるたしよう、っちゅうて札混ぜ始めた」
 新はその時千早が言った事、自分が感じた事を正直に話す。そして生まれて初めてかるたの札を足蹴にした事も。酷く心が痛んだが、目論見通り太一が千早を引きずって帰っていった、と話して一度言葉を切った。

 「二人が玄関出てくのは私も見たし、ほやで様子見に来たんやけど……札持って追い掛けてったら、女の子の方……千早さんやったっけ。走って戻ってくるとこやった」
 今度は由宇が千早とのやり取りを静かに話す。
「日本で一番は世界で一番、って……昔あんたが良う言うてた事やったっけの。千早さん、取り柄がない自分でも世界一になれるもんがあるんならなってみたいって思った、って落ちつんた札拾いながら言うて。札の扱い方見て、ああ、この子は本気でかるた好きなんやって、私にも分かったぐらいや。本気で友達のあんたを心配して、こんな田舎まで来たんやって。……ほやで、もう黙ってる事出来んかった」
 由宇はもう一度、断りなしに新の事情を話してしまった事を詫びる。
「いや、いいんや。由宇が謝る事でねえし。おれもやけど……多分、千早らも、お互いに約束に変な縛られ方してたんやと思う。かるた続けて、いつか会おうって言うのと、色々詳しい事話すのはA級になってからやっていうのと……ごっちゃにしてたんや」
「……分からんでもないけどの。大事な友達やで、再会するんなら目標達成した時やって思うのも」
 新に限って言えば、とにかく巡り合わせが悪かったという面も多い。勿論、本人が固く思いこんでいた事と、周囲の考えが合っていなかった面も多々あるが。

 「ほんで結局、あんたはどうするって決めたんや? ……戻るんか、南雲会?」
「……正直、まだ分からん。……ただ、やっぱおれ、二人の友達でいたいって思ってる」
 新はコタツの天板の上で組み合わせた、破いた手紙とメモの山を指先でそっと撫でた。
「破いつんたで読みづらいけど……。会えん分だけおれが千早にとって、かるたの神様になってまうって書いてあった。ほやけどこっちのメモに書いたる事は、どれも友達としての言葉や。……綺麗な便箋に書いた手紙より、まんじゅうの包みに書いたメモの方が……嬉しかったんや。何倍も」
 新は小さく溜め息を零す。俯いていた彼には、由宇が少しだけ複雑な視線をメモに向けたのは見えていなかった。
「かるたの事は……迷うの。おれ自身、長いこと『じいちゃんのために』って思ってた所大きかったで。目標とか、目的とか……今はちょっと分からんくて」
 祖父が倒れる前も、「自分がかるたを頑張ると祖父が喜ぶ」というのは新にとって大きなモチベーションだった。大きくてざらついた手で頭を撫でてくれるのが大好きで、誇らしくて、もっと頑張ろうと思っていた事だけに、今は何を目標にしていいのか新自身よく分からない。
「ほうか。……そればっかりは、新が自分で見つけなあかん事やもんの」
 そう告げると、由宇は腰を上げた。
「……帰るんか?」
「何やの、帰ったら嫌なんか?」
「誰もほんな事言うてえんやろが。着替えのお礼言わなあかんって思っただけや。……ありがと、助かった」
「別に? ……ほんならの」
 スタスタと由宇は玄関から自宅に帰って行った。

 「……相変わらず、よう分からんなあ」
 福井に帰ってきてすぐの頃も思ったが、由宇が優しかったり自分を突き放したりと、どこで切り分けているのか新は未だによく分からない。心底困ったときはちゃんと話を聞いてくれるのは間違いないが、新が浮上しかけると、あっさり立ち去ってしまう。
「……おれが甘えてるだけかの。今日の事やったかって、本当はおれがちゃんと話しとくべき事やったし……」
 天板の上の破けた手紙とメモの山を、新は丁寧に封筒の中にしまい直して自分もコタツから立ち上がる。
「ほやけど由宇に言われた通りや。これから先どうするかは、自分で見つけなあかん。……太一と千早に対してもや。……酷い事しつんたし、とにかくまず謝らんとあかんな」
 二人の友達で居たいと思うなら、最初の一歩は今日の事を二人に詫びる事なのは間違いない。

 「電話……は二人の予定とか分からんしなあ。……昔、由宇に言われたの今更実感するわ……おれの頭ん中って、ほんとにかるたの札しか詰まってえんかったんやなあ……。顔見て謝る以外の方法がなーんも思いつかん……」
 勿論直接会って謝るのが一番なのは確かだが、東京までの距離は高校生の新には厳しい。
(……厳しい距離なのは、千早と太一にとっても同じやったのに。……自分に気持ちの余裕ないったかって、あんな事していい理由にはならん……ごめんな、千早、太一……)
 走り出した電車を自転車で追うという、普段の新からは考えにくい事をした後だからか、ようやく自分から精神的余裕が失せていたという事実を客観的に見る事が出来たような気がする。
「……ほう言えば、じいちゃんからイメージの大切さ教わってから、おれ『心をリラックスさせんと』ってあれこれやってたけど……考えてみたら、何々せなあかん、って思う時点でリラックスしてえんわ。……千早や太一とかるた取った時の事思い出してる時は、おれ……ほんな小難しい事考えんくても楽しいって感じてたんやし……」
 性格、というより祖父の介護の間に染みついた「思考の癖」とでも言うべき物だろう。家族皆が───半身不随で自由に動けずもどかしかっただろう祖父も含めて───何かしらを犠牲にして頑張っている時に、自分だけが何か楽しみがあったりする事に、引け目を感じてしまい、楽しさを感じる事にすら理由を付けて、自分の中で折り合いを付けていたのかも知れない。

 何だか久しぶりに気持ちが軽くなった気がする、と新は押し入れを開け、仕舞い込んでいたかるたの取り札の箱をそっと段ボールの中から取り上げた。蓋を持ち上げる指が少し震えたが、思い切って蓋を開くと角が少し擦り切れた札がざあっと畳の上にこぼれ落ちた。
「……一年近くも放ったらかしてもたの……」
 東京で初めて白波会に行った時「百首も歌が覚えられそうにない」と半泣きになっていた千早に、原田先生が優しく言葉を掛けていた事を思い出す。
『百人友達が出来たと思って、仲良くなりなさい』
 千早と太一を真っ先に数え、新にとっては百二人。随分と後回しにしてしまったなと思いながら、新は畳の上で山を作った札をそっとかき混ぜた。
「また競技としてのかるたに戻れるかどうか、今はまだ分からん……。正直言えば、色々思い出しそうで怖い。ほやけど、やっぱ、おれにとって二人とかるたは切り離して考えられん友達や。……いつかまた会うた時ぐらいには、取れたらって……思う」
 指先が触れた「ちは」の札を慈しむように眺めながら、新は呟いた。










written by Hiiro Makishima