No Regret another side 8
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太一の予定が空いている日を尋ねるメールを送って間もなく、新の携帯が着信を知らせてきた。 「はい、綿谷です」 メールで返信する代わりに電話を掛けてきた太一に、新は普段通りの口調で応える。 『もしもし、おれ。予備校ない日って書いてあったけど、予定何とも言えねえ感じだったから直接電話した。……で?』 「あ、うん。……いくつか話したい事あるんやけど、取り敢えずまず最初に、昔の事やけどさ。もしかしたら太一、昔おれが『卑怯』って言うたの引きずってるんでないかなって思って」 どう切り出そうか迷ったが、結局うまい言い回しも思いつかず、新はストレートに告げた。 『……んな昔の事、いつまでも引きずる程おれ暇じゃねえし』 太一の強ばったような声音が耳に届く。虚勢か意地かは分からないが、新はその事には触れず話を続ける事にした。 「ほやけど、おれに眼鏡返してきた時の太一、言い訳は一言も口にせんかったやろ。おれそこは潔いんやなあって昔も思ったんや。……まあ、あん時は眼鏡なしでかるた取った後やったで、おれもよう言わんかったけど。それに今の太一の努力とか、おれ凄い立派やって思ってるんや。成績落ちたらかるた辞めなあかんって状況で、勉強もかるたも続けてきたやろ」 『……』 太一は無言だが、耳を傾けてくれているのは気配で分かる。 「ほんでな。あの時太一、千早には言うなって言うたやろ。……もし。もしもや。太一が何か大事な事を千早に話すんやったら、その前に千早にそれ話して、昔の罪悪感とかを清算するべきやっておれは思ってる。ほうでないと、多分千早の真っ直ぐな目を受け止められんのでないかっての。……おれの口から言うんでは告げ口みたいやし」 それを踏まえて聞いて欲しい事がある、と新は真剣な口調で言葉を継いだ。 『決定戦の後で、おれ千早に好きやって言うた』 「……!」 新の口調はあくまでも穏やかなままだが、太一は心臓に氷を押し当てられたような気分になる。 『ほんで、ついこの前……バレンタインデーの時に、千早からも返事もろた。……好きやって』 「そ……っか……」 とても自分の喉から出たとは思えない、掠れた弱々しい声で太一は辛うじて相槌を返す。 「決定戦の後、千早がずっと様子おかしかったから、うっすら見当は付いてた。……よ、かったな、新」 『───太一。千早がそれ話すの控えてたのは、太一の事気遣ってたでやでの。医学部受験やし、多分高校選手権終わったら部活引退せなあかん、それまで太一の気持ちかき乱したくないんや、って言うてきてた。瑞沢の部の子とかにも色々相談してたそうや。ええっと、かなちゃんって子とすみれちゃんって子やったか』 「……」 太一の中の感情が目まぐるしく変化する。千早が新に告白の返事をした事への衝撃、他でもない自分を慮って周りに相談していたという事への当惑。 「ならもう、話聞いちまったんだ。それ以上話す事なんて何もねーだろ」 千切って投げつけるような言葉が思わず口から吐いて出た。 太一が感情を御しきれず不機嫌な口調で告げてくる言葉を、新は静かに聞く。 『これだけは掛け値なしの本音や。今の話聞いた太一が、それでもおれらと友達で居てくれたら、それは凄く嬉しい。ほやけど、それは無理やって太一が思うとしても、おれらは太一の決断を尊重して受け入れるつもりや』 「……そうかよ」 多分これが「友達」として交わす最後の電話になるのだろうと太一は思う。そう考えた時、新もまた同じ覚悟で今の話をしているのだ、と分かる。元来無口な方で、たまに話しても照れて言葉数が少ない新がここまで率直に自分の思いを口にしている。 (ケジメ、って事か……) 確かに今ここで電話を切ってしまうのは簡単だが、それは「逃げ」ではないのか、そうも思うのだ。 (……ここで逃げたら、おれはまた卑怯者に逆戻りだ。逃げないやつになりたいって、原田先生にそう言ったのはおれだ。だから……今、電話を切っちゃダメなんだ……) 「……新」 意を決して呼びかける。 「何となく見当付いてた事だったけど、やっぱり直接お前の口から聞かされたのはショックだ。それは認める。……おれ自身今後どうするかなんて、今すぐには何も答えられねーけど……考えるよ」 『……うん』 新は穏やかな口調を崩さないまま、太一の考えを邪魔しないよう短い相槌だけを返してくる。 「かるたを始めたのは確かにお前への対抗意識からだったけど、今はもう自分の意志で、かるたが好きだから。今までみたいに時間が取れないかも知れないけど、続けていくつもりだ。……原田先生を見てて、そう思えた」 『ほうか……』 話を続ける前に、太一は一度深呼吸をして心を落ち着けた。 「……ガキの時の事。千早には黙っててくれって言ったおれの言葉を今日まで守ってくれてた事、感謝してる」 『おれもの、かるたから離れてた時……太一ら会いに来てくれたやろ。嬉しかったし、勇気もろた。……ありがとう』 新の言葉は静かに太一の鼓膜に届く。 「ただ、お前から言われた『卑怯な奴』って一言は、今のおれがなりたいと思う『理想の自分』とか、なりたくてもなれない人間像だって理解したりする時のいい指針で、おれの原動力になってるんだ。……だから、忘れる事はしないし、したくないと思ってる」 言われた当時はただひたすら突き刺さるだけの言葉だったが、あの日帰宅してかるた大会前後の事を色々思い返す事も出来た。 『新。……おれさ、すげえ嫌なガキだったよな』 「まあ、会うたばっかの頃は、ほうやったの。……ほやけど、話するようになってからは、おれ……太一の事いい奴やって思ってたざ。いっぺん仲間になれば、物凄く仲間思いなんやなって」 太一は友達だから、新は当時感じた事を包み隠さず答えた。 「ほれに、小学校の時さ。……おれに直接ごめん、って言うてくれたのって太一と千早だけやったが。クラスの他のもんは、太一がおれに話しかけるようになって、そのまま右へならえみたいな感じやったやろ。そこだけでも、やっぱ太一は立派なんやって思うしの」 『……そっか。サンキュ。……って、千早がお前に謝るって、何を……』 「ああ、教室で新聞配達の事とかポロっと言うてもたやろ? 自分が引き金引いてもたんでないかって気にしてたらしいわ」 『あ……』 太一が言葉を詰まらせた。 『ごめんな、新。あの時だって……新聞配達してるお前の事、千早が凄いって言ったのが気に食わないからって、おれが便乗して余計な事言ったのが原因だよな……』 「……いいんや。あの日の事きっかけに、おれは自分の夢を千早に話せたし、太一ともチームになれたしの」 新はあくまでも静かに話していたが、不意に真剣な口調に切り替えてきた。 『太一。……おれ、太一にはすげえ感謝してる。ほやけど、千早の事だけは別や。誰を敵に回したかってもう遠慮はせんし、おれの彼女やって堂々と言う』 「……っ、分かってるよ、んな事……」 新のはっきりした口調に気圧されたような気がして、太一はそんな自分に苛立つ。 「お前や千早との付き合い方、おれも考えるってさっき言ったろ。……けど、おれも千早が好きだ。だからチャンスがあればお前にも遠慮はしねえ」 『うん』 至極あっさりと新はその言葉を受け入れている。それが千早から返事を貰った事による余裕なのか、と考えかけて太一はその考えを頭から追い払った。 (……余裕とか、そんなんじゃねえよな。それならわざわざおれに、こんな話してくる必要もねえ。千早に近づくなって言えばいいだけの事なんだ。……おれが二人との付き合いを止めるとしても受け入れるっていう、その覚悟と千早への信頼が言わせてる言葉なんだ……) 「とにかく、ちゃんと考えてみる。……今はそれしか言えねえ」 『分かった。長話んなっつんたけど、付き合うてくれて、ありがとう』 じゃあな、と言って電話を切った。 「はー……言(ゆ)った……言っつんたなあ」 千早は自分の彼女だと最初に宣言したのが太一への電話だという事が良かったのか悪かったのか、新には何とも言えない。それに太一に話す時期を考える、と言っておいた事については結果的に守れなかった。 「何にしても、千早には知らせとかんとな……」 新はメール画面を呼び出して、太一から電話が掛かってきた事、自分達の事などを話した事、今後の友達付き合いについては太一もしばらく考えると言っていた事などを書く。 『それとなく時期を見て、って部分が出来んかったのはゴメンな。でも話さなアカン事は全部言ったし、千早の事もおれの彼女やって伝えられた。後は太一自身の問題やから、おれらは太一が答え出すまで信じて待つしかない』 その話で聞きたい事があったり、そっちで動きがあったらいつでも知らせて欲しいと締めくくって送信ボタンを押した。 「……こういう時は、離れてんのって……キツいなぁ。一番顔見て話したい事やのに……」 新はバイト代が振り込まれる通帳と、翌月以降の大会開催日程が記されたプリントを取り出して並べ、腕組みをして考え出す。 「あかん、次のバイトん時に店長に聞こ。店長やったら旅行サイトとかも知ってるやろし」 そんな事を考えていたら、千早からの返信を知らせる着信音が短く鳴った。 『一番大変な役目引き受けさせちゃってゴメンね。太一に私の事、彼女って言ってくれたってホント? ちょっと照れくさいけど、嬉しい。太一が何か言ってきたら、すぐ新にも知らせるね。 あ、あと一応、うちの学校の行事予定書いておくね。定期テスト憂鬱だけど頑張る! そしたら春休み。どれかの大会で新に会えたらいいなあ。 ◇千早◇』 メールを読む新の表情が和らいだ。すぐに返信機能を呼び出して文章を入力する。 『大変な役目とか言わんでいいよ。元々おれが彼氏として言うべき事やったんやし。定期テストはお互い頑張ろうとしか言えんけど。 あ、まだ細かいこと全然何も決めてないけど、春休み中に大会関係なしに出来れば一泊で東京行こうかなって考えてる。バイト先の店長に相談して、なるべく安いとことかの情報もらわんと詳しい事連絡も出来ないけど、おれも千早に会いたい。 ……それと、決定戦の時に南雲会の人が撮ってくれてた写真が何枚かあったんで送ります。あんまり良く撮れてないけど、笑わんといての? 新』 自分達の事を公表するしないの話で後回しになっていた、千早からの「新の写真が欲しい」という願い。長い一日が終わろうという今になってようやくそれを叶えてあげられる、と新は小さく笑って画像を添付したメールを送信した。 |