Kindness
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「……ねえ、新」 日曜日、買い物に付き合って貰った新に向かって、千早が口を開いた。 「新ってさ、優しいよね」 「……何やの、藪から棒に」 「ん、いつも私がしたい事とか、行きたいとことか言ってもさ、断らないでしょ? 全然。……無理してたら嫌だし、申し訳ないなあって思って」 嫌だったら断ったっていいのに、と千早は言葉を続けた。 「私に付き合って行動するってだけじゃなくて、新ってよく『千早の好きな方でいい』って言って、好きにさせてくれてるよね。……太一なんかは割と口うるさいって言うか、『何々するな』って言い方してたけど……」 何故そこまで自分の好きにさせてくれるのか、と千早は問いたいようだった。 「……別に、無理はしてえんし、千早が楽しんでるの見ると、おれも楽しいで、よっぽどの事でない限り断る理由がないっちゅうだけやざ?」 それでも千早の探るような視線は変わっていない。 「えっとな? ……勿論おれにかって、絶対譲れんいくつかの事柄はあるんや。そこに触れる事言うて来たら、もちろん千早相手でも断るけど、千早がそう言わんやろうって事も分かってるんや。ほやでやろ」 その絶対譲れない事から比べれば、他の事柄にはそこまで強い拘りを持ってはいない。だから一見すると千早の申し出を無条件に受けているように見えるのではないか、と新は説明した。 「譲れない事って?」 新は頷いて、順番に話を始めた。 「まずかるたの事な。試合で譲ってくれとか、手ぇ抜いてくれって頼みは当たり前やけど絶対聞く気ないし。……おれかって何番勝負って時やったらまあ、一試合ぐらい譲る事はあるけど、そういうのは言うたら作戦やし。……ほんな頼み、絶対言わんやろ? 千早は」 「うん。言わない」 千早にしてもそんな事を誰かから頼まれても聞き入れたりしない。だから新のその一言はあっさり納得できた。 「他には?」 小首を傾げて千早は問いを重ねた。 しばらくの間、新は言葉を探すように口を噤んだが、やおら千早に真面目な視線を向けて話し始めた。 「もう一つは……千早の事。誰かに譲るとか、誰かに乗り換えろとか、ほんな話も聞き入れられる訳ないでさ。……唯一の例外は千早が自分の意志で言うてきたら……やけど、ほん時は言うてきた時点で千早自身の気持ちがもう、他向いてるって事やで……受け入れるしかない事やけど。……おれが諦められるかどうかはまた別の問題や」 「……それも言わないと思うよ」 「うん。ほやで千早にあれするな、これするなって言うほどでもな……かったんやけど。今話してて、一個だけ出来たかの」 新は千早の顔をじっと見つめてから、口を開いた。 「……さっきんたなに、太一とか、誰か他のもんと比べたりはせんといて欲しいかな。……おれはおれやし」 少しだけ厳しめの口調で新はそう言ってきた。 「ごめんなさい。……もう言わない」 確かに他の誰かと比べる言い方は軽率だったと千早は素直に詫び、新の表情もまた、いつもの穏やかなものに戻る。 「おれ自身は自分の事、ほんな優しい人間やとは考えてえんなあ。頑固やし負けず嫌いやし、実は結構口悪いざ、おれ。千早が言うんたな優しい人間やったら、もっと友達多くても不思議でないやろ?」 新のその言葉に千早は少し首を捻る。 「友達って、優しいからってだけで出来るもの? ……それも一要素って事は否定しないし、もちろん優しいから周りに人が集まるのも確かだけど、みちるちゃんなんか、普段はすごく優しいけど言うべきときはビシっと厳しい事言うよ?」 「……厳しい事言うのかって、優しさやろ? 千早の為思って言うんやし」 「うん。そうなんだけど……はぁ、何だか自分でも何が言いたいか混乱してきちゃった……」 両手で頭を抱える千早に新は笑いかけた。 「ほんならまあ、おれに関しての簡単な結論な? ……おれが千早にああしろとか、こうするな、って言わんのは、おれ自身、普段のまんまの千早が気に入ってるでや。……別に際限なく甘やかしてるつもりもないけど、今んとこ、ほんな風に言う程でないって事」 それを聞いた千早の顔がぱあっと綻ぶ。 「やっぱり、優しいな。……新は」 「……おれから見たら、千早の方が数段優しいって思うけどの。ほらまあ確かに、昔はヤンチャなとこあったけど、おれにとって一番のタイミングで、一番欲しい言葉くれてたのは昔っから千早やった」 優しさの表し方が自分と千早では違うのだろうと新は話を締めくくった。 「優しさの、表し方かあ……。別に私も、助けてあげようとか思って言った訳じゃないんだけど。昔にしてもさ」 「ほうやろの。……ほやけど、おれにとってはどんな言葉より、千早がサラっと言うた事の方が印象強いし。……あ、また平行線なってまうな、これ」 「平行線は覚悟の上だけど、新だっていつも、私が苦しい時に欲しい言葉くれたよ? 煮詰まってた私を、いつも楽にしてくれた」 「……かるたの事ばっかやがの、おれが言うたのって。……ほやけど多分、千早にやで言えたんやろな。千早のかるたにかける意気込みとか、そんなのを知ってたで言えたっちゅうか。……多分、他のもんが煮詰まってても、大変やなあ……でスルーしたかも知れんわ。千早みたいに、ちゃんと聞いてくれる、実行してくれるって保証もないしの」 そう考えると、自分の「優しさ」はどうやら千早限定で発揮されるところがあるらしい。そんな自分の考えに、新は苦笑を禁じ得なかった。 「新、なに困ったみたいな顔して笑ってんの?」 「いや、今話してて『千早限定の優しさ』ってどんなんや、って思っつんて。……言葉悪いけど、それって依怙贔屓って言わんか、とか。……まあ少なくとも公平ではないかなっての」 「あはは。……でも、私ちょっと嬉しいかも。新に特別扱いされちゃった」 おどけて笑ってみせる千早を見て、やはり優しさでは千早に敵わないと新は思う。 (素直さとか率直さとか、千早のそういうトコにはやっぱ勝てんなあ。……まあ、おれはおれなりに、そういう千早に何か返していくしかないけど……) 「……まあ、何て呼んだかっていいんやけどの。……どっちにしたかって、おれの言動が何か変わる訳でないし」 「私も別に気にしないかな。……ねえ新。手、繋いでもいい?」 返事をする代わりに新は千早の手をそっと握った。 「ふふ。やっぱり優しい。新」 「……何でもいいけど。……あ、信号青やし、急ごっさ」 照れ隠しのように言って、新は千早の手を引いて早足に横断歩道を横切った。 |