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さびしさに 



 敷いたままの布団の上から立ち上がり、新は下着とジーンズだけを取り敢えず身に着けて、押し入れの衣装ケースを引き出す。
「千早、好きなの選んでいいざ」
「やったあ! ……ジーンズも借りていい?」
 新が頷くのを見て、千早はよく新が着ているジーンズとラグランスリーブのTシャツを一枚取り出した。
「……新ってさ、昔もこんな感じの服、着てたね」
 借りたばかりのTシャツを身体の前に当てて千早が尋ねる。
「ほうやった?」
「初めて一緒にかるたした時だから、忘れられないよ」
 あの雨の日のかるたはいつでも心に浮かばせられるものだが、自分が何を着ていたかまではあまり意識していなかった。けれど千早にそう言われて新もはっきり思い出した。
「ほやったな。……ああ、おれのジーンズでは流石にウエスト緩いやろ。……ベルト、こんなんしかないけど」
 高校時代、学生服用に使っていた黒いGIベルトを手渡す。礼を言って受け取った千早は、早速新の服に袖を通し始めた。

 「わあ……やっぱり肩は余るんだねえ」
 千早も決して小柄ではないが、やはり男物を着るとそれなりにだぶつくようだ。Tシャツの肩を持ち上げたりしている様子を笑って見ていた新の表情が固まったのは、自分のジーンズを履いた千早の足首を見た時だった。
「脚、長いなあ……」
 身長で言えば新は千早より十センチほど背が高い。それなのに今、新のジーンズの裾から千早のくるぶしが覗いている。ウエストをベルトで締めた分股上が持ち上がっているのかも知れないが、それでも千早の股下の長さに新は嘆息するしかなかった。
(ほう言えば前、由宇に着替え借りた時も、千早には『つんつるてん』やったっけの……)
 あの時は丈を気にするだけの余裕がなかったが、襖を開けて入ってきた時の千早の姿は今でも目に焼き付いている。
「うーん……試合の席が壁際だと蹴っちゃう事あるし、一回戦とか人数多いから背中側気になるし、そんなに便利でもないと思うなあ」
 かるたバカに相応しい答えが返ってきて、新は小さく吹き出した。

 「あ、忘れとった。……これ、お土産。家の人と食べて」
 ガスの元栓をチェックしてもらったお礼として渡したいところだが、それだと千早はまた遠慮してしまうだろうからと、新はごく普通のお土産として紙袋を手渡した。
「わ、ありがとう。見てもいい?」
 頷くのを待って、千早は紙袋の中をのぞき込んだ。一つは新の定番お土産らしい羽二重餅の包みだと分かるが、その隣に小さな瓶が入っていて、何だろうと手に取ってみた。
「……あれ? 何か軽い」
 同じ容量のペットボトル飲料より軽い手応えに千早は首を傾げた。
「はは。それな、中身……粉わかめ、っちゅうて、ご飯に乗せたりするんや」
「へえ……どんな味だろ。晩ご飯の時にお母さんに渡そうっと」
 千早はにこにこと瓶の包装に視線をやっている。

 「……昔、って言うか、高校卒業するまでの話やし、おれ人の事なんか全然言えんけど……千早もおれにあんまり連絡ってして来んかったやろ? ……何でなんか、聞いても構わん?」
 住人が不在なだけの部屋にこれだけ寂しがるのに、東京と福井に離れていた頃の千早は五枚綴りの年賀状や、高一の東京予選までに送られてきた五十通ものメールはともかくとして、さほど頻繁に新にコンタクトして来なかった事が単純に不思議で、新は尋ねてみた。
「え? うーん……連絡しなかった、って言うか。聞きたい事一杯あるのに、上手く言葉になんなくて。何をどう知ろうとしても『どんな気持ち?』ってしか言い様がなかったりとか……かな」
 離れていたから逆に、千早は自分の気持ちを抑えていられたのかも知れないと呟いた。
「高校に入るまでは、新に電話したり連絡取るのは、新と対等に戦えるA級になってから、って思ってたし。……中二の時さ、原田先生が京都大会出ないか、って言ってくれたけど……」
 別会場という事もあって、試合の合間にちょっと顔を合わせるだけでは、大した話も出来なかっただろうからと千早は言葉を継ぐ。

 中学二年の京都大会と聞いて、新も思い出した。北央学園の須藤に気迫負けし、独り相撲のようなかるたを取った試合だ。
「なるほどの。……京都ん時は会われんくて正解やったかも知れんわ。……おれ、負けてイライラしとったし」
「……新も負けず嫌いだもんね」
 試合中のリラックスは目を瞠るものがあるが、負けた時の新は周囲に居る者の腰が引けてしまう程の怖い形相を浮かべている。
「離れてたで逆に自制が利くっちゅうの、何となく分かるな。おれもA級なるまでは、っていうのはあったし」
 千早や太一の事を思い出す事さえ、A級に昇級して祖父を元気付けてからだと考えていた時期もあった。
「今やで思う事かも知れんけど……その頃に顔合わせてたら、何かそこで満足しつんたかもの。会えたんやで、またいつか会う事もあるやろ、みたいな」
 もしかしたら千早との関わり方も今と全く違っていたかも知れない。
「それちょっとヤだなあ。私、前にさ。『め』の札って新みたいだって思ってた事あったし」
「『め』、なあ。……まあ、福井と無縁ではないけどの」

 やっと幼馴染みに会えたのに、その人かどうか分かる前に雲の中に月が隠れてしまった、という紫式部の歌。少し照れ臭く感じて、新はそんな風に答えた。
「私、真面目に言ってるのにー」
 案の定千早が上目遣いで睨んでくる。
「……ごめん」
「ちょっと逆説的だけど……今私達がこうしてる時間に辿り着くために、必要な事だったのかもっていう気もしてるんだ。……離れてた間の寂しい気持ちとか、色々」
 過ぎた時間を巻き戻す事が出来ない以上、今の一言が正しいかどうかは千早自身にさえ分からないが、寂しさをそう捉えようとする千早の気持ちは新にしっかり伝わる。新は手を伸ばして千早の手をそっと取った。
「……ずっと一緒に、かるたしよっさ」
 小六の千早が言ってくれたのと同じ言葉を千早に返す。
「うん」
 新の手を優しく握り返しながら、千早ははっきりと頷いてみせた。








written by Hiiro Makishima