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選手権終了後の藤岡東高



 「ほやけど新は、かるたでは手加減した事ないんやろ? ……千早さんと昔……小学生の頃かるた取った時も」
 休み時間に新が相談した時、後輩達の「かるたへの本気度」を測るため告白した事を公表しては、と言っていたからだろう、由宇はさり気なく話題の方向を誘導してくれた。
「当たり前やろ。一番最初に取った時なんか、まだ百首覚えてえんかったけど、ほんでも全力やったし」
 後に白波会に行くようになって、太一や千早が見て分かりやすいよう、ゆっくり払って見せた事は何度かあるが、それは手加減とは別のものだ。
「ほやのに、『せ』に飛び出した早さはおれとほんな変わらんかった。……おれの陣の右下段やぞ?」
「えっ、綿谷先輩の右下段の一字をいきなり抜いたんですか?!」
 当時すでに新が五年連続日本一だった事を知っている後輩達も、それには驚きを隠せなかった。
「まあ左手やったけど、ルールかって曖昧にしか知らんかった頃やで、そこは目ぇ瞑った」
 新は小さく笑う。

 その後行われた校内かるた大会の決勝戦。眼鏡を隠され、また試合中宣言なしに札の場所を動かされてしまい、攻めが出せなくなってしまった。
「からかわれるのは我慢出来たかも知れんし、眼鏡隠されただけやったら、暗記時間に全部覚えてまえるで、何とかなったんやろうけど……」
 新は小さく溜め息を吐いた。
「おれの一番好きなかるたを冒涜するんたな事されて、めっちゃ腹立ったのに眼鏡ないで、どこに何の札が知らん間に動いたんか全然見えんくて、動けんのがまた悔しくての。……せっかく千早が『ここの誰にも負けん』って言うてくれたのに。……それが嬉しかったで『一枚も取らせん』って言うたのに。……じいちゃんから『かるた続けてれば心ん中で会える』って言われてたのに……」
 その状況を打破してくれたのも千早だった。自分が代わりに出ると名乗りを挙げ、試合の途中からいきなり取るという、競技かるたとしては無茶な事をやってのけた。そのお陰で太一とも友達になれたから、今は新も心を乱さずにその話が出来ている。
「……高校入ってからは、何でか公式戦で上手く当たれんかったけど……当たればもちろん全力で取るざ」
 千早に恋をしているのは本当だが、かるたで彼女に手心を加えるつもりは全くない。
「ほれにもし、千早がおれの手加減を喜ぶような奴やったら。……多分、好きにはならんかったやろうし、千早の方も強くなりたいって今ほどには思わんかったかも知れんの」
 だからそういう千早への最大級の敬意として全力で取り続ける、と新は落ち着いた声で言葉を紡いで、後輩達に今度は真正面から視線を合わせた。

 「……おれが何でこの話をしたかやけど。高校選手権の時、瑞沢も宿同じやったんや。……ほん時に太一と千早から、他校の先生方とかが仰ってた話とか、瑞沢がうちの部偵察中に受けた印象やらを教えてもらったでなんや」
 さっきまでの照れたような口調はすっかり消えている。表情も試合の時のそれに近く、後輩達はびしっと背筋を伸ばして座り直した。
「他校の顧問の先生方は、うちの部はおれのワンマンチームやって。それが悪い訳でないけど、もしおれが何かの理由で試合出られんような時、おれ抜きでも四人で勝つんやって気概が感じられんかったそうや。……ただ、ワンマンチームって評価自体はおれもそんな気にしてえん。みんなが強なってけば消えてまう話やでの。問題はもう一つの方や」
 新は後輩三人の顔を順繰りに見ていく。今日練習を休んだC級の後輩にこそ聞かせたい話でもあったが、まずはここに居る三人に伝えてしまおう、と決めて口を開いた。

 「瑞沢の二年生……今C級やけど、その子は物凄く観察力に優れてるんや。持ち物とか試合中の態度とか、独り言まで全部メモした物を、三年の駒野くんが分析する。前の年なんか、そのメモで明石第一女子のメンバーが得意そうな札まで読み切ってたらしいざ。……ほんで、その二年の子がミーティングで言ったそうや。あれではまるで『綿谷新ファンクラブ』や……っての。実際、他の先生方もおんなじ事言ってた、って太一と千早から教えてもろた」
 C級とD級の後輩が俯く。
「おれが言うのもアレやけど、そういう入部動機やったとしても、それは別に構わんのや。……それ切っ掛けにして、かるたを好きになって行くんならの。ほやけどかるた二の次とか、負けたらおれに慰めてもらえるとか、ほんな考えやったら、いつ退部したかって構わんし、おれも引き留めん」
 負けた後輩を甘やかしたりもしないし、ましてやステディな関係になるつもりは全くない。それをはっきり知ってもらうために千早の話を持ち出した、と新は言葉を継いだ。
「おれや由宇が卒業するまでに、教えられる事はいくらでも教える。一つでも上の級行って欲しいで、指摘とかも厳しくなるやろ。近江神宮でも言うたけど、部は来年もその次も続いていかなあかんもんや。ほん時、後から来たもんに教えてくのは、お前らやから。今この場で決めれとは言わんけど、おれが今日話した事、全員ちゃんと考えて欲しいんや」
「……はい」
 後輩達が答える。即答してきたのはB級の後輩と、個人戦当日に「退部しても構わない」という部分だけは一度言われていたC級の後輩だった。D級の後輩はやはり、穏和な新が厳しい口調になったためか、気後れして返事が一拍遅れた。

 「さっき偵察の話ちょっとしたやろ。大会終わってから、千早からメール貰ろたんや。後輩の子の取ったメモの一部とか。自分ら四人の性格とか、得意札まで読んできてる……本当は部外秘にしたかった情報やろうに」
 それを送ってくれたのは、団体戦終了後の宿で新が「まだまだ反省点が多い」と言ったからだろう。チームを強くしたいという新の思いに、千早は一肌脱いでくれたのだ。
「その後輩って子も、入部したのは太一……瑞沢の部長目当てやったんや。ほやけど太一がかるたに本気なの知って、その視界に入りたい、って練習ようけ頑張ってるんやって。帰りの新幹線ん中で、自分の目標は太一とラブラブになる事や、負けて泣きつく子を太一は絶対選ばんから、って千早に言うたんやと」
「……すごい子やの。確かその太一って人、村尾さんに勝った事もあるのに、その子は簡単な方選ばんかったんやの」
 由宇が感心したように言葉を返した。
「ほうやな。……千早を経由してにはなるけど、その子にも情報提供のお礼言えるように、頑張らんとの。……さっき由宇が経験者のリストくれたけど、未経験でもかるたに興味持ってくれる人やったら、みんなも声掛けてみてくれるか?」
 今度は後輩の返事がきれいに揃う。新は短く礼を述べて、今日の部活はこれで解散だと告げた。

 「……これで、少しはいい方向に変わるといいのぉ」
 後輩達が帰った後の部室で、新は呟く。
「信じるしかないの、それは。……あ、っと……」
 札を片付けようとした由宇の手から、読み札がざあっとこぼれ落ちた。慌てて拾い上げると新もそれを手伝い、札を重ねて由宇に手渡した。
「ありがと」
 枚数を確認し終えた由宇は、一番上に積まれた札にちらりと目を落とす。
『今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな』
(……さっきの『こひ』は私がわざと出したけど……その私にぴったりな歌が偶然一番上やとか……)
 ただ自分には、この歌を詠んだ道雅とは違い、「言ふよし」はいくらでもある。それに由宇自身がその話を「人づて」にする気もない。大事な事だからこそ、その方法があるうちは自分の口から伝えたい、そう思う。
「さてと。悪いけど私先帰るわ。……お先」
「あ、うん。今日は色々、ありがとう」
 新の言葉を背中で聞きながら、由宇は部室を後にした。









written by Hiiro Makishima