201X1201 7
|
「……う、ん……?」 目蓋を持ち上げた新は枕元を探り、寝る前に外した眼鏡を掛けると時計の文字盤に目をやって溜め息を漏らした。 (明るさが違うでか、枕が変わったでか知らんけど……えらい早よ目ぇ覚めつんたな……) 昨日の「運動量」を思えば、今朝はちゃんと起きられるかどうかさえ怪しいと目を閉じる前は思っていた。それを裏付けるかのように、隣で千早はまだ深い寝息を立てている。 「……よう寝てる」 千早を起こさないよう、そっと新は布団を抜け出して寝ている間に乱れた浴衣を直し、丹前を羽織る。静かに障子を開けて窓際に置かれた椅子に腰を下ろすと、ぼんやりと窓の外を眺めた。 「十二月の朝って、こんなんやったっけ……」 新にとって見慣れた朝の景色は重い灰色の雲が立ちこめた冬空だっただけに、昇る朝日が空の色を変えてゆく景色は新鮮に感じる。 「……ほやけど寒いのは寒いか……」 ぶるっと身を震わせて新は部屋に戻ると元通り障子をぴったり閉めた。 「ん……んー……」 障子の開け閉めで冷たい空気が触れたのか、千早が大きく伸びをして目を開ける。 「……おはよ」 「おはよぉ……ふぁ、今、何時……?」 気の抜けそうな声で千早が時刻を聞いてくる。 「まだ結構朝早いざ。……寝足りんかったら、二度寝したかって大丈夫やよ?」 苦笑いを堪えきれず、新はくつくつと笑いながら今の時間を答えた。 「んー、やめとく……起きるー……」 「……めちゃくちゃ声眠そうやけど。朝風呂でも行く? 目は覚めるやろ」 ようやくもぞもぞと布団から抜け出て来た千早の浴衣は寝乱れて襟が大きく開いてしまっていて、新は慌てて顔を背ける。 「ふわぁ……。やっと頭すっきりしてきた……って、わ、ごめん」 やっと気が付いた千早が襟を合わせ、ほっとした気分で新は視線を戻す。 「新ずいぶん早起きしたみたいだけど……ちゃんと寝たの?」 大浴場への通路を歩きながら千早が聞いてきた。 「寝たざ? 起きたのかって、千早起きるほんのちょっと前やし。ほんでも窓から外見てたで、目は覚めたかの」 「……疲れてないの? 昨日かるたと卓球もしたのに」 千早が口にした「も」の意味は分かるが、新は意図的にその一音を頭の中で省く事にした。 「大きい大会で五試合も六試合も取る方がきついしの。卓球ぐらいやったら、どって事ない」 「それもそっか」 千早もそれであっさり納得してくれ、内心新は胸をなで下ろす。 「出る時間、合わせる?」 「ほやな。……どうしよ、朝やし十五分ぐらいでいいんか? もちょっと長い方がいい?」 千早は片手を頬に当ててしばらく考え込み、結局十五分でいいと答えてきた。 「十五分なら、身体が覚えてる長さだしね。昨日の配置とか思い出せばちょうどいいかなあ」 「風呂ん中は素振り禁止やでの?」 電車の中でという「前歴」がある千早をからかうように言うと、千早はべっと舌を出して返してくる。小さく笑い合ってから大浴場の暖簾を潜った。 浴室に続くガラス戸を引き開けると、中の湯気が押し寄せて新の眼鏡を一瞬曇らせる。 「うち帰ったら眼鏡の曇り止めまた塗らんとあかんな。……いてっ」 かけ湯を使うと、新の背中にピリっとした痛みが走った。 「あれ……どっかで引っ掻いたんか……?」 (……あ、そうや。……千早や、これ……) 昨夜、千早から零時ちょうどにおめでとうを言われた後、何だかんだで我慢出来ずにもう一度千早を抱いた。流石に四度目ともなれば新の方に余裕があり、その分千早は何度も高みに押し上げられて、新の背中に必死にしがみついていた。 「……朝っぱらから何思い出してるんやし、おれ……」 少し雑念を払った方が良さそうだ、と新は湯船に身体を半分ほど沈めながらさっき千早が言っていた、昨日のかるたの初期配置を思い出し、湯の上にイメージの札を並べる。 「やっぱ攻めがるたやの……ガンガン強気で送って取りに来てる」 イメージの札を移動させながら、決定戦の後、自分の問いに対して淀みなく言い切った千早の姿をふと思い出した。 「まあ、おれも自分のかるたで戦うだけや。強い相手に通用せんかったら、もっと磨けばいい」 そう心が定まると、全身に力が漲ってくる。新は顔を上げて窓の外に視線をやった。すっきりと晴れた冬晴れの太陽が眩しい。 「……あ、いいタイミングやったな」 大浴場を出ると、隣の扉からちょうど千早が顔を出した。 「あは、ホントだ。外もいいお天気だし、気持ちいいね」 千早の表情も外の晴れ間と同じくらい明るい。新の表情は自然と和らいでいく。 「あ、ねえ新。朝ご飯浴衣と洋服、どっちで食べる?」 「ん? どっちでも構わんよ? まだ時間だいぶあるやろし、部屋戻って考えてもいいんでないんかな」 じゃあそうしよう、と千早は軽い足取りで廊下を進む。新も少し歩みを早めてその後ろ姿に追いついた。 「千早は朝飯ってご飯とパン、どっち多い? いつもは」 廊下を進みながら、ふと思いついて聞いてみた。 「大抵はご飯だよ。お母さんがお父さんのお弁当作るし。……パン食べる時は……あははは」 誤魔化すような笑い方で、千早の朝食がパンになる時の理由は新にもおおよその見当が付いたが、突っ込まないでおいた。 「新は和食だっけ?」 「……ほや。まあ和食ったかって、ご飯は炊飯器やし、味噌汁前の晩に作ってまうで手間ではないけど、こっち出てきてから、母ちゃん凄いんやなあって思うようんなったの。朝のあの短い時間であんだけ色々作れるとか」 冷蔵庫の中に卵や納豆を買い置きしておけば、一応それらしい朝食にはなるが、まだまだ母のように効率的には出来ない、と新は呟く。 「だねえ。私も見習わなくっちゃ。……今度さ、何か作ったら味見してもらっていい?」 「うん。……千早の手料理か。楽しみやの」 「……変なプレッシャーかけないでー! ダメモトで! ダメモトでお願いー!」 慌てて言いつのる千早に笑って頷き、部屋へと戻っていった。 「結構時間経った気したけど、ほうでもなかったんやな。何もせんとぼさーっとしてるのって、なんか慣れんな」 腕時計を填めながら新が口を開く。敷きっぱなしの布団だけは簡単に畳んで押し入れの前に積んでおいたが、それでも大して時間が潰れる訳でもない。そんなに量はないが、退屈しのぎに荷物の整理でもしようと新は自分の鞄を側に引っ張ってきた。 「……これは紙袋の方に入れた方が崩れんやろうし」 キャンディの花束を、千早が持ってきた紙袋に入れる。と、指先に固い物が触れた。 (あ、カード) 昨夜は気が付かなかったが、バースデーカードが同封されている。新はその封筒だけ紙袋から抜き出して袂に入れ、朝起き抜けに陣取っていた窓際の椅子に腰掛けて封を切った。 『ハッピーバースデー、新! 私も直接お祝いが言えて、すごく嬉しいです。 ずっと一緒にかるたしようね 千早より』 気取った所が何一つない文言からは、混じり気なしの千早の気持ちがそのまま伝わってくる。新は席を立ち、客室で同じように荷物の整理をしている千早を背中からそっと抱き締めた。 「千早。……カード、ありがとう」 「ど、どういたしまして。……新みたいに、ちゃんとした文書けてないけど」 「いいんや。おれは、千早の書いたやつの方が好きやざ」 気取らない文章なのに思いが伝わるのは凄い事だと新が言うと、千早は頬を紅くして新の腕に手をそっと添わせてきた。 |